25. 第1章 第24話 『城壁の外の現実、私が戦う意味』
中世ヨーロッパの城郭都市のように、富士魔導特区の外側を囲う純白の近代城壁。
死守すべしと定められた内と、半ば放棄され緩衝地帯と定義された外。
内側の最外縁部に建てられた倉庫の屋根を蹴り、私は警報が示す先を一目見ようと城壁の上へと駆け上がる。ギャザラーだった頃なら亜夢さんに注意を促された通り、一目散に逃げていた騒動の中心を、今は自ら望んで見に行こうとしている自分がいた。
11個ものF級亀裂を連続攻略したことでレベルは8に達し、魔力強化による身体能力も跳ね上がっていた。
その羽のような軽やかさに密かな歓びを覚えながら、緊急時に探索者が移動するため設けられている足場を使い、数十メートルはある防壁の縁にひょいと飛び乗った、その時だった。
城壁から僅か500メートル先、切り開かれた樹海の緩衝地帯の先で、今まさに亀裂が崩壊した。
示す色はE級の橙色。人命、重要施設へ直接の影響なしと判断され、探索者の攻略対象から外された、都市外の亀裂。
厚紙を力ずくで引き裂くように、虚空が縦に割り開かれる。
橙色の激しい放電現象があたりを席巻する。
そして、世界が反転した。
固まった溶岩の大地を這い回る、苔に覆われた剥き出しの樹木の太い根。
かつての青木ヶ原樹海の光景を現在まで残していた大自然が、時ならぬ氷雪の大地へと置き換わっていく。
亀裂崩壊による世界の侵食。
数瞬前まで確かにそこにあった現実すべての消滅と、異質の現出。
亀裂が内包していた世界が、現実を上書きしていく。
こうして亀裂の崩壊、スタンピードによって出現する異界は、それぞれに異なる法則が支配する不連続な飛び地を形成する。それらを放置すれば、現出した異界領域の内側に溜め込まれていた魔力の後押しにより、周辺の現実環境をも侵食し、広がり、新たなモンスターを生み出し続けるようになる。
アウゥゥーーーン。
切り裂かれた虚空から、冷たい風と共に狼の遠吠えが響く。
スノウ・ハウンド。奇しくもついさっきまで私が相手をしていたミラージュ・ハウンドと同格の狼系モンスターだ。
16年前に新設された、ほぼ一般人のみで構成される日本政府麾下の特異災害対策統合部隊(特災隊)。
彼らの装甲車が横一列に展開し盾となる後方、あるいは各車上から、重機関銃による斉射が開始される。
魔力を含有する魔晶石を混ぜ込んだ銃弾が、驟雨となってスノウ・ハウンドに襲い掛かる。
機械制御された銃弾の嵐の只中を、まっすぐに突っ切らんと迫りくるモンスターの集団。
人の匂いを、気配を、目指して死をも恐れず迫る怪物ども。
残り400メートル。
モンスターにも知能があると確信させる整然とした陣形を組み、前衛をつとめる獣たちが後続の仲間を守る盾となる事で銃弾の嵐の中を駆け抜けたスノウ・ハウンド。
その先頭集団がやっと事切れて氷の大地に躯を晒し、転がった。
残り300メートル。
まだ、数十を数えた敵の半数は生き残っている。
左右に斜めの陣形を維持し、後退しながら銃撃を繰り返す先頭車両群。
残り200メートル。
巧みな後進射撃でモンスターとの間合いを保ちつつ、城壁側へとおびき寄せる車両群。
その特災隊車列前方へ、城壁の中ほどに展開された機関銃座からの援護射撃が加わる。
無数の弾丸が撃ち込まれ、生み出された氷の大地には青灰色の毛皮を血に濡らすスノウ・ハウンドたちの死骸が点々と転がっている。
敵、残すところあと3匹。
亀裂攻略と違い、崩壊し、スタンピードとして出現したモンスターは靄となって消える代わりに死骸を、素材を残す。
氷雪地帯もまた、いまだ残っている。
中央に見える、亀裂核(宝箱)。
あれを処理しない限り残り広がり続けるのが、崩壊した亀裂跡地。
その活用の是非、故意のスタンピード(亀裂崩壊)誘発、世界中で議論が尽きない問題であり……野心の矛先でもある。
もっともその大半は純粋に攻略者の絶対数が不足しているが故の、必然の成り行きなのだけれど。世界中どこでも、放棄されたかつての人類の生存圏は存在する。
消費は大きい。
けれどPRISMAでなくとも、D級以下のモンスターであれば、十分に対処できることの確かな証明。
そして、彼らを支える武装こそ、採掘者が広大な『深淵』(固定ダンジョン)へと日々潜り、収集してくる素材で生産されたもの。
「私がやってきた事の……意味」
生活の向上のみならず、人の命を守る。
不足するPRISMA、攻略者の数を補う圧倒的多数な一般戦力の下支え。
初めて直接目にする彼らの雄姿は、底辺だった私の人生にも意味があったと、静かな肯定を返してくれていた。
残敵掃討完了。あとは、亀裂核を処置してお終いだろう。
一度亀裂崩壊によって変化した土地は勝手に元には戻らない。
自然の流れに任せるか、人の手で無理やり姿を再び変えるか。
「お待たせ。行くね」
『りょ~かい』
明日行くはずだった市街地に重なるE級亀裂へと、私の脚は自然と向かっていた。
それを何も言わずに受け入れ、急な予定変更にも回収役の人形を先回りさせてくれる亜夢さんに、私は心の中で頭を下げていた。
◇ ◇ ◇
――二日後、夕方。
「14個目、攻略完了!」
すっかりE級亀裂の攻略も安定してきた9日目。
その間、紫雫から新しいミッションは出なかった。
その代わり、ドレスにモンスターの返り血を1滴でもつけたら、お仕置き(体が勝手に恥ずかしいポーズをとる)とか。
魅せ技みたいに、派手な動きで大鎌を扱う(失敗すると交戦は終わったのに、その場で大鎌を使ったダンスを踊り続けさせられる)とか。
他にもいろいろ、理不尽な常時縛りを黙って課されていた。
割と遠慮なく紫雫はダメだしとばかりに身体の制御を乗っ取るし、そのたびに得も言われぬ快感が襲ってくる。
だから亜夢さんに変な人って思われないように、嬌声を上げないように、我慢するのが大変だったよ……。
でも、そんな力づくの指導のおかげで、普通に鍛錬したんじゃ年単位でも到底たどり着けなかっただろうくらい、私の大鎌の扱いと体の動かし方は洗練されることになったので、それが報酬と言えばそうだったのかな。
だって……えへへ。
▶▶ PRISMA STATUS ―――――――――――
[氏名]神代 黎 / 女性(幻想体)
[階級]F級(赤) 『もう少し、もう少しね』
[Lv]2 ⇒ 9 ▲ 『次はご褒美を考えてあげないとね』
[魔力]5 『焦らないの』
[干渉力]4 ⇒ 18 ▲ 『もっと、もっとっ、華やかに、艶やかに、踊りましょう?』
▽スキル
◆赤:万華の魔装姫
◇橙・黄・緑・青・藍・紫:未解放
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『じゃあ、結衣さんの所に行って~換金だねぇ。予約、入れておくよ』
レベル9。私が、レベル9!
E級になれば……と、言うよりも、ランクがそもそもそうやって決まっているのだけれど……レベル10はスキル枠の2つ目が解放されるレベル。
今日はスキルオーブのオークションとかの情報も教えてもらうために、これまでの買い取り金の受け取りと合わせてギルドに行くんだ。
勿論買うわけにはいかない、ていうか、手が出ないだろうけどね!
『黎姫~、ぉ~い。たまに興奮してエッチィ喘ぎ声上げてる、黎姫~~。どした~、ステータスみてきもちくなっちゃったぁ? あれ、黎姫実は、へ・ん・た・い? ♡』
「ふぁぁぁ!? 亜夢さん、な、ななななな、何を言ってるのかなぁぁ!? ぼく……あふん、私はそんな事」
『いや、今も喘いでるしぃ?』
ぅ~、紫雫ぅ~~。
しかも亜夢さんには全部ばれてたっぽいし、うーー。
穴があったら入りたい。




