22. 第1章 第21話 『初めての報酬』
促されて、僕……ううん、『私』は部屋の隅にあるATMのような『魔力抽出装置』から伸びる器具の先端を、鎖骨の間の彩晶石に押し当てた。
ダンジョン発生以前の異世界ファンタジー小説なら、モンスターからドロップした『魔石』を換金するのが定番だけれど、現実になったこの世界は少し違う。そういう空想の中の魔石にあたるのは魔晶核だけれど、それを持っているのは一握りの特別なモンスターだけ。
僕たちPRISMAは、倒したモンスターの魔力の一部を彩晶石に吸収する。そして、溜め込んだその魔力エネルギー自体をこうして吸い出してもらって、売却するんだ。
特殊なスキルでもない限り、彩晶石に溜まった魔力は探索者自身には使い道がないから。
一時期、蓄積魔力で、魔力のステータスが伸びると信じられた時期があったけれど、20年近くにわたる検証の結果、なんの関係も無いって証明された。
僕の彩晶石の奥で息づく紫雫の魔晶核の欠片が反応するようなことも無く。
ピピッ、と電子音が鳴り、モニターに数字が表示される。
【魔力売却額:200,000円】
「わぁ……」
思わず声が漏れた。ギャザラー時代には考えられない額。ソロで独占したとはいえ、たった1回の探索で……。
「F級の亀裂なら、5人パーティーの合計で大体それくらいですね。そして次が、こちらの鉱石ですが」
攻略者と記載された新しい探索者カードを誇らしい気持ちで手渡すと、結衣さんが手元のタブレットを操作し、コンテナの魔鉄鉱をスキャンする。
その間、どんな亀裂だったかを報告していると、結衣さんの目元がピクピクと引きつり始めた。
「重さ約20キロ。魔力密度高め、不純物少なめの上級品。今の相場でキロ1万5千円ですから……これだけで30万円ですね」
「さ、さんじゅうまん……っ」
元の『僕』の月収を、この石一つでも超えてしまった。感慨にふけり、指先が微かに震える。
その『私』の手を、結衣さんがガシッと力強く掴んだ。
ビクッ。
結衣さんのすべすべとした手の温もりを感じた瞬間、鎖骨の間の彩晶石の奥で、チリッ……と、微かな熱が爆ぜた。
紫雫の気配。まるで、他の誰かに触れられるのを嫌がるような、不機嫌な熱。
私が少し身をこわばらせたことに気づかず、結衣さんは泣きそうな顔で私に詰め寄った。
「黎ちゃん! そ・れ・よ・り。今のお話!! まさかこれ、一人で……ソロで獲ってきたの!?」
「は、はい……」
「馬鹿馬鹿馬鹿っ! いくらアタッカーの力に目覚めたからって、まだレベル1だったんでしょう!? 命知らずにも程があります!」
結衣さんがバンッ、と机を叩く。
「アイアンアルマジロばっかり出る亀裂なんて、武器がボロボロにされる最悪の『ハズレ』! そこまで美味しい素材も期待できない。だからほぼゼロ円落札になる今日まで誰も寄り付かなかったのに!」
「あはは……でも私、お金もないし」
「だからそれがおかしいの! なんでソロで行くの! クランに所属できたなら、そこでしっかり安全マージンを計算して、パーティーで連れて行ってもらわなくちゃだめでしょ!?」
「ぅ……ごめんなさい」
「いい? 普通に美味しいF級亀裂なら5人パーティーで入って、1回の総売上は預託保険の返還分を含めれば150万円はかたいの。そこからF級亀裂の落札相場75万円や経費を引いて、1人頭13万円くらいは黒字になるんです。武器やスキルの買い替え貯蓄、不測の事態での治療費、それに休息期間。入りも大きいけれど、出ていくものも比例して大きいアタッカーからしたら決して多いとは言えないけれど。それでも、命がかかっているんですよ?」
私の身を心底案じてくれているのが伝わってくるから、何も言い返せない。
「こほん。それと、道中の『魔晶石』はどうしたんですか? 亀裂発生から3週間くらいだし、モンスターに全部食べられちゃってた?」
「あ……えっと……」
私は盛大に視線を泳がせた。確かに食べ尽くされていたのも大きいけれど、残っていなかったわけじゃない。
ごめんなさい結衣さん。今まで必死に採掘していた魔晶石は、紫雫の大鎌の余波で全部木端微塵にしちゃいました……なんて、口が裂けても言えない。
「ま、まぁ、とにかく! 今回の報酬は、魔力売却と合わせて50万円です。税金や手数料を天引きした手取り額ですから、安心してくださいね」
はぁ、と安堵のため息を吐く結衣さんの前で、私は50万円という数字を頭の中で反芻していた。ギャザラー時代の約3か月分の手取りを、たった1日で。
「でも本当に……よく生きて帰ってきてくれましたね、黎さん」
結衣さんが再び優しく微笑む。
「そうだ、攻略者向けの説明もしなくちゃ。……サポーターの重要性についてはご存じですか? 『陽だまり鉱業』にはいらっしゃらなかったと思いますが」
「サポーター……」
「はい。亀裂の中には入りませんが、ドローンやセンサー越しの死角の監視、危険察知をしてくれる『命綱』です。空間収納持ちがいなければ、亀裂に一緒に突入させるコンテナの遠隔操作とかで戦利品の運搬補佐もしますし、将来的に手を出すなら動画配信の管理もサポーターの仕事です。ギルドとの折衝や経費管理は、クランによりますね。非覚醒者の専門事務職を雇う事の方が多いかな」
今回は紫雫のミッションの関係で仕方がなかったけれど、亜夢さんの勧め通り助けてもらっていたら、どれだけ違っただろう。
「もちろんタダじゃありません。大手クランが一般サポーターチームを複数抱えるためには攻略の都度、各自最終手取りの10~30%の拠出。個人につく一流専属サポーターなら、その経費を処理したうえで、総利益の25%はインセンティブを支払うのが一般的ですね」
結衣さんの言葉に、私はハッとした。
そうだ、今回だって亀裂の確保とか偽装クランの用意、亜夢さんにいろいろしてもらってる。
烏丸さんとの接触なんていう想定外のピンチでも、センサーを偽装するとか助けてくれてたんだ。
駄目だなぁ……全然気がついてなかった。
ドレスの代金だって、近いうちにちゃんと払わなきゃ。
いくらするんだろう、これ。紫雫が修復してくれて本当に良かった。
私が内心で気を引き締めていると、ヘッドホンから軽快な声が響いた。
『気が逸れると思って黙っていたけど~、今回私に報酬はいらないからね? パートナーって認めてもらうためのアピールタイム、的な? まぁ、今後のことは今後で♪ 亜夢ちゃんの有能さをとくと思い知ってから考えればいいのだぁ』
相変わらずの調子に、私は思わず口元を緩め、結衣さんにしっかりと頷き返した。
「ありがとうございます、結衣さん。……大丈夫です」
「黎さんがそう言うなら。……さぁ、こちらがお渡しする明細と、ギルドカードへの振り込み完了通知です」
受け取ったカードの重みに、私は胸の前でぎゅっと両手を握りしめた。
50万円。
亜夢さんに本来のサポート費用を支払って、衣装代を返済していくとしたら、もっと手元に残る額は減るだろう。それでも、今の私にとっては途方もない大金だ。
……これなら。
今まで月1回しか受けさせてあげられなかった、雪奈姉の治療。
このペースで潜り続ければ、一番望ましいとされていた『週1回の高濃度魔素カプセルの利用』に、手が届く。
1回あたりの補助金の条件も変わらないって、それだけはちらっと覗いた封筒の中の書類に書いてあったから。
「雪奈姉……っ」
ようやく、私は……雪奈姉を助けるための、本当のスタートラインに立てたんだ。
たとえそれが延命でしかないとしても。稼いだ時間の中で、必ず、根治手段を……A級UM以上の魔晶核を、手に入れてみせる。
握りしめたカードの硬い感触が、私の決意を静かに後押ししてくれていた。




