21. 第1章 第20話 『受付嬢(コンシェルジュ)』
「ふんすっ、よいしょ……っ、よいしょ……」
指定されたギルドの予約者専用通路を、僕は息を弾ませながら歩いていた。
黒と紫のフリルが幾重にも重なったアシンメトリーなオーバードレス。頭にはサイバーパンクな猫耳ヘッドホン。そんな華奢な白銀髪の美少女が、無骨で真っ黒な『魔鉄鉱』の塊(約20キロ)をうんうん唸りながら抱きかかえて歩く姿は、控えめに言ってかなり異様だったと思う。
すれ違う人がいなくて本当に良かったと安堵しながら、ふらつく足取りで指定された個室の前にたどり着く。
「怜……いえ、黎さん、なんですよね?」
白い清潔感のある通路に面した、マットな質感の扉。それを内側から開けて顔を出したのは、『陽だまり鉱業』で底辺採掘者をしていた頃からお世話になっていた受付嬢、白鐘 結衣さんだった。
セミロングの黒髪を揺らし、タイトスカートのギルド制服を完璧に着こなす、モデルのようにメリハリのある二十代半ばの女性。
「はい。……こんな姿になってしまいましたけれど」
「いえ、いえいえいえ! その、こんな言い方、黎さんはお嫌かもしれませんけれど……」
結衣さんの視線が、僕の白銀の髪から、露出した華奢なデコルテ、そしてガーターベルトが覗く絶対領域へと吸い付くように這い回る。
「……っ、最高です! 同性……女性でもひれ伏したくなるというか、PRISMAの変異なんて言葉じゃ片付けられない、人類の至宝レベルの美貌ですよ……!」
「あ、あの、結衣さん? 眼の奥が、すごくギラギラしてるんですけど……?」
ギャザラーの仕事中、モンスターの不意の襲撃で片腕が千切れかける大怪我をし、併設病院に緊急搬送された時のこと。
いつ返せるかもわからないからと固辞する僕を宥めて、高価な中級(C級)ポーションを使ってくれたのも彼女だった。
インセンティブ目当てで高ランク探索者の取り合いをするような受付嬢も多い中、零細の僕たちにも親身になってくれた優しいお姉さん……のはずが、今はちょっと圧が怖い。
結衣さんはずいっと顔を寄せ、興奮気味にまくしたてる。
「それにそのお洋服、『幻創・華筐』のドレスですよね!? クラン『幻創の箱庭』のトップブランドの防具だなんて、どなたからのプレゼントですか!? ま、まさか彼氏とか……でも、女性になったのは昨日って聞いていますし。怜君、いえ、黎さん的にそういうのはありなのかしら。でもでも元々可愛かったし……」
と、そこで急に深刻な顔つきになって。
「まさか……まさか! あの頃から男性に囲われて……いえ、そんな気配はなかったけれど、良くない人に捕まってあれやこれや、陽だまり鉱業の皆様や私も知らないところでされていたとかないですよね、よね!? あぁ、もしそうだったら後悔してもし足りない……ううん、その可能性はないはずだわ。だとすると、やっぱり当時から男性からの求愛、純愛を受け取っていたという線も」
「あ、あの、結衣さん? 大丈夫……ですか? ていうか、やっぱりって何!?」
ズイズイと迫りくる結衣さんに、僕は重い鉱石を抱えたまま後ずさる。
魔力残量が多少戻ってきたとは言っても、華奢なこの腕には重いよ。
『ふっふ〜ん。見ただけでブランドもわかるなんて、この受付嬢やるわね。黎姫の可愛さを引き立てる神コーデだし、当然だけどぉ♪』
通信の向こうでダウナーな雰囲気から一転、誇らしげにドヤ顔をしている亜夢さんの姿が目に浮かぶ。っていうか、これ本当に凄いお高い服だったんだ……。
「はっ、大変失礼しました! 尊いものを前に限界を迎えてしまって……それに、重い物を持たせっぱなしでごめんなさい。どうぞ中へ。買い取り品は、そちらの専用コンテナへお願いします」
我に返った結衣さんに促され、僕は個室の奥に設置された厳重な保管コンテナに魔鉄鉱石をそっと収めた。
いつもなら、地下の騒がしい一般窓口で何時間も待たされ、採掘した低ランク魔晶石を計量されるだけだったのに。
ふかふかのソファがある個室に通されるなんて、やっと駆け出しのFランクとして正しく再出発できただけのつもりが、想像を超えて僕を取り巻く世界が変わってしまったことを実感させられる。
「色々とご事情は伺っています。私たちコンシェルジュには厳しい守秘義務も課されていますので、ご安心ください。それと、もし黎さんがお嫌でなければ、以後は私が『準専属』として担当させていただくことになるのですが。どなたか別に意中のコンシェルジュ――皆様からすると受付嬢という呼び方の方がなじみがありますね――がいる、などご希望があればお申し付けくださいね?」
準専属。それは一人の受付嬢が限られた複数の個人やクランを担当こそする制度。一応、公的には受付嬢という言葉は存在しなくて、探索者たちが勝手にそう呼んでいるだけで本当はコンシェルジュ。
とにかく、準専属は一般窓口からは外れる形態で、普通はA級以上の有望な探索者しか得られない特権だ。つまり結衣さんの昇進にもなる……のだけれど、一緒に担当する他の探索者って誰なんだろう? 一昨日も普通に一般窓口で対応してくれていたけれど。
ちなみにこれが『専属』ともなると、S級やA級上位の探索者個人。あるいは、最上位層のクランと1対1の契約を交わすことになるらしい。
「結衣さんが担当してくれるなら、僕……私は、すごく嬉しいです」
「ありがとうございます! ……ふふ、男性でも『私』という言葉は使われますし、黎さんにはとても似合っていますよ」
確かにそう……だよね。童顔小柄だったから、『俺』っていうと粋がっているみたいで嫌で、いつまでも子供みたいに『僕』を使っていたけれど。紫雫に矯正されて、という以前に、そこまでおかしくはなかったかも。
女性となった身体に対する、男性としての自分を逆に意識しすぎていたのかな。
たった2日で女性になった事実を完全に受け入れられたわけがない。でも、ほんの少しだけ、心が軽くなった気がした。
「それでは早速、初陣の査定を始めましょう。まずは、魔力売却から」




