19. 第1章 第18話After-幕間 『観測者(ハッカー)は姫の舞に見惚れる ※第三者(亜夢)視点』
暗い地下室を、無数のモニターが放つ冷たい光が照らしている。
ピンクと白のゲーミングチェアの上で、私は膝を抱えるようにして丸まり、メインモニターに映し出される映像を食い入るように見つめていた。
「ふひ……やば……まじで、やばい」
乾いた唇から、無意識にそんな声が漏れる。
サイケデリックな色で塗装された飲料缶を、袖の布越しに両手で抱え込む。
長すぎる袖から覗く私の指先は、怖れと興奮で微かに震えていた。
モニターに映っているのは、つい先ほど私が手配したF級亀裂で初陣を飾った『神代 黎』の戦闘データだ。
約束通り後追いでのデータ確認。音声も切ってある。
黎姫に渡した猫耳ヘッドホンにこれでもかと組み込んでおいた、今の時代であっても各種規制や技適を軽々とぶっちぎる超高性能センサー群。そこから収集した映像、生体データ、そして魔力波長のログ。
それらの数字は、どう控えめに計算しても『狂っている』としか言いようがなかった。
「突入時のレベル1、魔力5、干渉力2。これはギルドの監査部からぶっこ抜いたデータと完全に一致してる。なのに……」
画面上に波形として表示される、黎姫が戦闘中に放った魔力の出力グラフ。
アイアンアルマジロを大鎌で跳ね飛ばした時。
そして何より、あのボスアルマジロに対して上空から巨大な『棺桶』を蹴り落とし、着弾した瞬間の出力。
「瞬間的な魔力密度が、計算上の……余裕で数万倍超え? あり得ない。こんなの、F級探索者じゃなくて……最低でもA級のバケモノアタッカーの出力だよ」
黎姫の『虚ろなる器』が変異したスキル、『万華の魔装姫』。
それが強力な武装を生み出すスキルだということは分かった。でも、ゼロからあんな超絶魔力密度の魔装を創り出し、さらにあんなデタラメな破壊力を生み出すなんて、物理法則はおろか既知の魔力法則もガン無視だ。
「……黎姫自身の魔力回路。それに重なって何か……『別の何か』にオーバーライドされて(乗っ取られて)る? あるいは、2系統の魔力回路持ち? 魔法使い系なら『多重魔導』スキル関係とか――ない、ないよね」
爪を噛みながら、生体データのログを追う。
「レベル1なのは間違いない。スキル枠の開放はランクアップの時……ていうか、EだのAだのなんていうランクの定義そのものがスキル枠の開放されるレベルを基準に決められているだけ。なら、F級で1個しかないスキルにそんな効果が? 化け物性能の魔装を自由に造って? 神がかり級の美少女に変異して? それにまだ何か黎姫は隠してる。その上で、S級魔導系スキル効果? ……いやいやいや、S級スキルだとしても効果盛りすぎ。ないないない」
戦闘中、彼女の心拍や筋肉の挙動が、本人の意思とは無関係に強制的に補正されている痕跡。
「これ……これが、ヒントのはず。『武器戦闘術』とか、『大鎌術』みたいな……ご都合主義スキルが内包されてる? だから大鎌なんていう色物武器を使ってる?」
一応、そういうスキルもないわけではない。限られたスキル枠とは別に、武装が持つ特殊効果――スキルと言い換えてもいい――をいかに外付けで増やすかはアタッカーに限らず、彩光者(PRISMA)の能力限界をむしろ最も決定づける要素の一つ。スキルに限らず、呪いの装備なんて呼ばれるものの中には、武術の達人みたいな動きを勝手にさせるものも極稀にある。
「違う、もしそんなものなら、そもそも最初からもっとうまく……戦えてるはず。よくわからない武器をはじめに作っていたのとも合わない」
間違いない。彼女の中には、あの異常な魔力と出力の源と、違和感だらけの動きの原因となる『未知の存在』が巣食っている。
それこそが、黎姫の『器』を満たしたもの。
『器』が満たされた時点で、彼女の中に何かがいて、目的を持っている事はわかってた。それに協力するのも取引、契約の一環。
A級以上判定で知られているのは、神懸かりに、悪魔憑き、2人だけ。
今のご時世、世界の情報はダンジョン発生以前よりも手に入りづらい。だから秘匿してるのは、当然他にもいるだろうけれど、その源泉になりうる特異スキル系統『器』。ギルドが血眼になって探すのも頷ける、爆弾のような特異点の一つ。
等級を問わなければ、極稀だけれど、どの国にも多少は保有者はいるスキル。
もし、その『未知の存在』が暴走したら? 私は知識として知っている、その海外での実例を。
いや、日本国内だって本当は……蒼梟の連中の……。
計算高いハッカーとしての私の理性は、『今すぐこの娘から手を引け』と警告音を鳴らしまくっている。
――でも。
『この身体で操作する』マウスで、ボス戦のクライマックスの映像を、何度目か分からないリピート再生モードで画面に大写しにした。
夕陽を背に、空から一直線に落下していく白銀の少女。
虹色の瞳は絶対に閉ざさず、見開き。
身の丈を超える巨大なアメシストの大鎌を身体で抱きしめ、ぐるんぐるん。
遠心力と体重、落下の勢いまですべてを乗せた刃身一体、渾身の斬撃。
夕焼けの空を一閃する圧倒的に美しく、暴力的な紫の残光。
高速の交錯の中で的確に穿つ急所。
外殻の脆弱な一点を貫き、等級詐欺じみた超硬度の甲殻に刃を貫徹させた黎姫。
ボスがそのまま綺麗に両断され、血と魔力の結晶が弾け飛んで黒い靄へと変じる中、流星のごとく地面に墜落する彼女の姿は……。
「…………美し(ふつくし)すぎる」
気づけば、私の目からボロボロと涙がこぼれていた。
怖い。恐ろしい。得体の知れないなにかを宿した――幼い女神。
脳髄を直接焼かれるような、産声を上げる圧倒的な美と力の証明がそこにあった。
「あんなの、見せられちゃったらさぁ……」
日本第3位のクラン『蒼梟』。
悪い噂には事欠かない、あのクラン。
裏の汚れ仕事を――知りすぎたせいで追われる身になった。
そもそも、自分という存在自身を、滅茶苦茶にされた。
憎い元凶、恨みの在り処。
今は、まだ。
「黎姫なら。私の本当の目的を。お願いを……いつか叶えてくれる」
人知れぬ闇の果てで、人形の目を通してしか世界を見られない、引きこもり。
そんな私の人生に、突然、太陽みたいに強烈な光を放つお姫様が飛び込んできた。
「推すしか、ないっしょ……こんなの!」
ゲーミングチェアからガタッと滑り落ちるように立ち上がり、両手で自分の頬をバチンと叩いた。
意識を、外向きに切り替える。
ニヤリと、小生意気な笑みが浮かぶ。
「黎姫の中の化け物がなんだってぇの! それを込みで、それ込みだからこそ、亜夢ちゃんはオールイン(全賭け)したっしぃ。ギリギリの崖っぷちを歩くお姫様の手を引いて、落ちても戻って来られるように、迂回路ぼこすか掘っといたげるのが……最高のサポーター、亜夢ちゃんの役目じゃん!」
スキルの強度を上げる。
『何処からか汲み上げられる』魔力をもって、繋がる無数の人形全てが情報をもたらし、その全てを端末として情報を処理する。
「さぁて、黎姫の害になりそうな連中は片っ端からブロックブロック。でもギルドのサポートはやっぱ、ないじゃすまないしぃ。うぅん、こいつらは蒼梟ともつながってなさそう。『上』とも『外』とも関係なし? よっし。黎姫、案外もってるねぇ。ごみ溜めみたいなこの世界で、悪くない『人』の運じゃ~ん。まあ、一番は亜夢ちゃんだけど~にゃはっ♡」
いろんな感情全部、全部、詰め込んで。
この胸の高鳴りの燃料にしてやる。
「黎姫……亜夢ちゃんのこと、絶対に特等席で最後まで、夢を見させてね? ――『待ってるから』」
ヘッドホンから亀裂の攻略を終え、息をつく黎の安堵の声が聞こえてくる。
「おろ、黎姫の防具なんかヤバ気なことになってるぅ? あは、意味不すぎぃ。あのロリババァも興味持ちそうじゃん」
一つ、深呼吸をして、いつもの通信回線を開いた。
私の推し(おひめさま)の邪魔は誰にもさせない。




