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18. 第1章 第18話 『ご褒美と、紫晶の夜想曲』

 世界が砕けていく。


 夕焼けに染まる空が。西日を放つ太陽が。そして、凄まじい質量爆撃でクレーターのように抉り取られた渓谷の断崖が。

 きらきらと輝きを放ちながら赤い宝石の薄片となって剥離し、優しい羽毛のように降り積もり、溶けるように消えていく。


 激痛のピークを越えて、喪失感を伝えてくるようになった身体はピクリとも動かせず。

 ただ、ぼうっと。

 何も見えない、闇をのぞかせる砕けゆく世界の外側を眺める。


 身体には落下と遠心力を乗せた渾身の一撃が、ボスの急所を刺し貫き、その巨躯を割断した感触が今もはっきりと残っている。空中で黒い靄へと変じながら、落下する僕の背後に置き去りになる、確かに生への執着を感じた敵の姿。



❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖

【Mission Clear】

 亀裂攻略、おめでとう。

 魔装もまあ、及第点をあげるわ。

❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖



 攻略した亀裂は徐々に砕け散る。


 その時に、この閉じた空間の中に内在した魔力、モンスターや地形、構成するすべての一部が凝縮されて、亀裂核(宝箱)を生み出す。

 今もほら、すり鉢状の大穴となった渓谷の底に突き立つ、魔装の『棺桶』の隣に薄赤色のルビーでできた歪な鍾乳石みたいな亀裂核が生えてきてる。


 配信や動画の映像でしか見たことの無い憧れの光景を、最後のすれ違いざまに負わされた傷で半分ふさがった視界に、焼き付けるように収める。


 それはそうと、ものすごい魔力が彩晶石に流れ込んでいる気がするのだけれど……こんなの聞いた事がない……。

 僕の彩晶石が蓄積する魔力が増えている感じはしないから、もしかしなくても紫雫……?



❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖

 うふふ。わたくし今、気分が良いのよ。

 だから、報酬。

 い・い・こ・と♡ ね。

❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖



 赤くほどけてゆく世界の中心に、物理的な歪みすら伴う薄紫の圧が生まれる。


 さらさらと、紫のツーサイドアップを靡かせて。

 ゴシックドレスの裾は乱さず、妖艶なアメシスト色の眼差しで僕だけをまっすぐ見つめて歩み寄る、美貌の怪物。

 よく見ればその姿へ、僕の彩晶石から伸びる魔力の糸が繋がっている。


 視線が絡み合い、彼女の透き通るような白い肌に浮かぶ艶やかな微笑みの唇を目にすれば、胸の奥から湧き上がる狂おしい情欲の炎が脳髄を甘く炙る。


「紫雫……!!」

『うふふ、良い子、いいこ』


 湿り気を帯びた冷たくやわらかな接触の後に、内側から蕩かすような甘い温もりが口腔内を舐り尽くす。

 たった1秒の繋がり。


 けれど、生涯の全てを、この魂の全てを、捧げたくなるほどの激烈な熱を僕に宿す……濃厚な口づけ。


「ぁ……」


 名残惜しさと、虚無に叩き落とされるような喪失感と共に、消えてしまった薔薇の香りを求め、手を虚空に彷徨わせる。

 紫雫、しずく……!

 消えてしまった。あんな一瞬だけの触れ合いで、この腕に抱きしめる事もできずに。

 抱きしめてもらう事もできずに。



 強烈な想いに焼き焦がされて、気が付かなかった。

 身体が訴える喪失感へと至っていた激痛が、綺麗に消え失せている。

 身体が、動く。

 視界が、正常に戻っている。


 刹那の空中邂逅の末に、絶大なる大鎌の一撃で甲殻を貫通したボスが散華するのを置き去りに、崩落した岩壁に叩きつけられ転がり落ちて、全身ズタボロで辿り着いた穴の縁。

 棺桶の質量爆撃をしたせいで倍近い深さに渓谷が掘り下げられていたのもいけなかったのだけれど……。


 服まで直っているし……もはや回復というよりも、修復や再構築と言われた方が納得できるほどに、僕の身体は完全に元通りになっていた。

 その事実にますます、紫雫が言う通り僕は、『私は』、彼女のモノなんだって自覚する。

 でも、それが不思議と不快でも不安でも無くて、ただただ、心地よい。



▶▶ PRISMA STATUS ―――――――――――

 スキル『万華の魔装姫』 第1魔装が登録されます。

 名称を設定してください。

――――――――――――――――――――――



「あれ? ステータスウィンドウ?」


 隣に横たえられていた相変わらずほとんど重さを感じない大鎌を手に、色とりどりのアメシストの薔薇が美しい棺桶に歩み寄る眼前に、紫雫のメッセージじゃなく、PRISMAとしての一般的なステータスウィンドウが控えめに表示される。

 確か、スキルオーブを彩晶石に取り込んだり、スキルの変化が起きた時の現象――だったかな?



 眼前でひとりでに開く棺桶の蓋。

 中は暗い紫色のベルベット地で内張りされている……のは僕が創造した通りだけれど、底面がガラス張りみたいに、一枚のアメシストの薄板に変わっていた。


 催促するように、甘い痺れを伝えられた右手。

 大鎌をそっと前に差し伸べれば、すっと。凪いだ湖面に葉が落ちるように優しい波紋を広げながら、大鎌が棺桶の底に沈み込むように収納されていく。


「鞘(さや)みたいな感じかな? 創造したコンセプトにもぴったりだし、うん、これも紫雫に『ありがとう』だよね」


 どうやら、本当の意味で二つで一つの魔装になったらしいことを理解する。

 盾という用途に加えて、ここから大鎌を出し入れしよう……なんて煮詰まった考えで創ったら、紫雫がご満悦になったのだけれど。わざわざこんな空間収納(アイテムボックス)みたいな専用の改造までしてくれるなんて、よっぽど気に入ったみたいだ。


 砲撃機構を組み込もうとして魔法が使えないから断念したり、刃を3枚に増やして自滅しかけたり。

 色々と試行錯誤を繰り返した甲斐があったよ――。



 それで、名前……名前かぁ。

 目の前に浮かび続けるシステムウィンドウを注視して、考える。

 えっと、アメシスト(紫水晶)の刃だし……『アメシスト・サイズ&コフィン』とか? いや、もっと実用的に『紫の大鎌と盾』でいっか。


 僕が内心で考えたその時。


「ふぁぁぁ……だ、だから、紫雫。お願いそれは、んもぉ」


 脊髄を走る甘い痺れに思考が無理やり霧散させられる。


 その上、ピキッ、と。

 紫雫の物らしいミッションのウィンドウではない。PRISMAが普通に使えているはずのステータス画面にヒビが入り、禍々しい赤紫色にバグって、勝手に書き換えられていく。

 いや、うん。よく考えたら、紫雫ってば、すでに僕のステータス画面にいっぱい落書き(メッセージ)を書きこんでたね?



▶▶ PRISMA STATUS ―――――――――――

『却下。センスが壊滅的ね』

『貴女とわたくしの魔装は、ただの物品じゃないわ』

『舞台で踊る貴女を彩る、極上の楽器よ』


 スキル『万華の魔装姫』 第1魔装が登録されました。


【名称】 紫晶の夜想曲(ししょう の ノクターン) 

【内包武装1】 大鎌:終夜の紫刃(しゅうや の しじん)

【内包武装2】 棺桶:微睡みの薔薇柩(まどろみ の ばらひつぎ)


 ※以降、内包武装2の即時展開が可能となります

――――――――――――――――――――――


 紫雫、やっぱり僕の心の声も聞こえてるよね。


 それにしても、紫雫って実はちょっと中二病?

 有無を言わさぬ強制登録。でも、なんだか紫雫の強引さが嬉しくて、僕は苦笑いしながらウィンドウを閉じた。


「さ、それじゃあ帰ろう」


 出現した亀裂核にそっと手を添えると、赤い宝石の鍾乳石は罅割れ、砕けていく。

 中から現れたのは、暗鋼色をした魔鉄鉱の塊。


「持つと重そう……」


 よいしょっと両手で一抱えはある重量物を抱き上げて、ぅ、魔力が枯渇したままだから重たい。

 素の力は以前の僕並みなうえに、体格はか弱い美少女になっているから、ふらふらとよろめいてしまう。


 まだ隣に佇む大鎌を収納した棺に近づけて……あわよくばこれも収納してくれないかな~なんて。


 けれど、底面のアメシストの薄板はスンッと、澄ました冷たい表面を微塵もゆるがせることなく、鏡のように重量物を抱えてうっすら紅潮した僕を映し出すばかり。


「ダメか~。対の大鎌専用、なんだね」


 明日香さんが持っていた、空間収納スキルはパーティーに一人は欲しい。でも、限られたスキル枠を埋めるのはアタッカーにはもったいない。そんな便利スキル。

 そうそう都合よく、抱き合わせではもらえないよね。


 諦めて重い塊を抱きかかえ、棺を彩晶石に吸い込むと、空間が裏返るように反転して僕は亀裂に侵入したビルの外に立っていた。背後では何事も無かったかのように傷一つない、建物の外壁が広がっている。



「やぁ、黎さん。また会えて嬉しいなぁ」


 そんな陽気に見せかけて全然笑っていない、男性の声に迎えられて。


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