13. 第1章 第13話 『S級魔装の正しい(?)使い方』
蠱惑的な紫雫の声とメッセージは、わずかな時間で消えてしまった。
けれど、その一瞬は僕の心を確実に鷲掴みにしていて、恐ろしい、それなのにもっと、もっとあの甘い声を聴いていたい。この声でもっと語り掛けてもらうために、全てを投げ出したい……! そんな危うい引力を残していった。
「ここは亀裂の中。気を抜いたら駄目だ……!」
僕は首を振り、意識をしっかりと集中させる。
まずは武器。とにかく戦える準備をすぐに整えなくちゃいけない。
紫雫からのミッションを思い出す。
『魔装を3種類創造すること』。
「とりあえず無難に、剣、かな」
病室では烏丸さんたちを誤魔化すために小さくてなんの変哲もない短剣を創ったけれど、今はそんな枷はいらない。今の僕にできる全力で、最高の武器を創る。
でも、多少成長したと言っても、僕の魔力は『5』。
紫雫のくれた特別のお陰で、普通は10年に1程度しか伸びないはずの魔力ですら、これからもきっと成長できる。
そんな確信はあるけれど、今はまだ数年で攻略者の道は諦めるようなF級探索者の平均程度でしかない。
そんな僅かな魔力で、まともな武器が創れるのか……と不安に思った、その時だった。
鎖骨の間の彩晶石の奥底、虹色の輝きに包まれた薄紫――紫雫の魔晶核の欠片から、官能的なまでに濃密な魔力がドクンッと脈打ち、滲み出してきた。
「え……っ!?」
紫に煙る靄のような、圧倒的な高濃度魔力。それが意思を持っているかのように糸を編み、僕の右手に寄り集まってくる。
僕自身の魔力は全然減ってない。
血管を甘く焼き焦がすように指先へと注ぎ込まれるのは、官能的な熱を帯びた紫雫の魔力。
これなら。
想像する、創造する。
まっすぐに伸びた、剣を。
ダンジョンの壁に向かってツルハシを打ち下ろす僕たちギャザラーを横目に、奥へ、奥へと。
モンスターを間引きながら進んでいったアタッカーたちの武装を思い描く。
「できた……!」
右手に感じる確かな重さ。
20年前までは歴史の中か空想の世界でしか使われることのなかった、殺戮することを目的とした力の象徴。
鋼が鈍い輝きを放つ、西洋風の両刃の直剣。片手持ち用のブロードソード、であってるのかな?
初めて手にするアタッカーの武器に血が騒いで、僕は思わず、手近な巨岩に生えていた極小サイズの魔晶石の結晶に駆け寄り、剣を振り下ろした。
以前とは比べ物にならない身体強化に後押しされ、風を切る音とともに、薄赤色に色づいた水晶の塊に刃が吸い込まれるように叩きつけられる。
ガッシャーーーン!!
「ふ、ふぇぇ!?」
かつての僕が1時間かけてやっと付け根をなんとか砕いていたF級の魔晶石。
それが、夕陽色の空を反射しながら、煌めく粉塵となって視界いっぱいに宙を舞った。
掘り起こすとか、かっこよく切断して採集する、なんてレベルじゃない。
跡形もなく粉砕して、粉微塵にしてしまったんだ……。
ズッッズーーン!!
挙句の果てに、魔晶石が生えていた高さ5メートルはある一枚岩の付け根が、剣がぶつかった衝撃で大きくえぐれるように消し飛んだ。自重を支えきれなくなった岩の手前半分が、巨大な塊となってこっちに倒れ込んでくる。
危うく下敷きになりかけながら、なんとか後ろに飛び退いて難を逃れたけれど。
「なにごと!?」
自分の身体とは未だに全く思えない、白魚のように細く可愛い小さな手と、握りしめた直剣をまじまじと見つめる。
白銀の長い睫毛に彩られた虹色の瞳が、鋼の刀身に映り込んで見つめ返してくる……可愛いなぁ。これが僕じゃなくて、手をつないで歩く恋人だったら……。
なんて、悠長な現実逃避をしている隙を、F級とはいえダンジョンのモンスターが許してくれるはずもなかった。
ゴロ、ゴロゴロ。
ゴロゴロゴロ……ッ!
巨大なカボチャくらいの大きさの真ん丸な鋼の塊が1つ、地面に突き立つ巨岩を器用にカーブして避けながら、猛スピードでこちらに突き進んでくる。
あれは確か、『アイアンアルマジロ』!
背中の甲羅が様々な金属でできていて、こうして転がりながら体当たりを仕掛けてくるモンスターだ。
あの甲羅は、達人並みの剣の腕前や特別な魔法金属でできた武器でもない限り、低級探索者の普通の武器を容易くへし折ってしまう。F級で満足に魔法を使える探索者なんて、希少。
そんな武器破壊型モンスターの代表格の一つであるこの敵、それこそがこの亀裂が『不人気』になった最大の理由だろう。要するに、武器の修理代で完全に赤字になるからだ。
じゃあ壊れないようにと、わざわざ巨大なハンマーなんていう魔鉄鋼の塊でも用意しようものなら、その材料費でF級探索者じゃ破産する。
凄い速さで、地面の礫を跳ね飛ばしながら迫ってくる質量。それを恐れず、しっかり見据えて……。
確かな魔力による強化のお陰で、F級モンスターの速度になら、経験不足の上に不慣れな身体でもなんとかついていける。
「こ、ここっ!」
一歩横に避けながら、えいや! と、バットみたいに思い切り剣を振り抜いた。
ガキィィィィンッッ!!
「いぃっったあぁぁぁあいっ!?」
痛い、いたいいたいいたい、泣きそう! ていうか涙出てる! 視界が歪んでる、お星さまが飛んだ!!
手首から、華奢な腕を伝って肩まで。
さながらコンクリートの壁を全力で金属バットで叩いたみたいな、えげつない衝撃と痺れが突き抜けた。関節も抜けそうな衝撃で、ずっきんずっきん脈打っている。
あぁぁ……しかも、せっかく作った剣が見事に先端から3分の2くらいの所でポッキリとへし折れてる。
でも恨み言を言っている場合でも、痛みに蹲っている場合でもない。
きっとすぐにUターンして襲い掛かって来るぞと、慌てて横をすり抜けていったアイアンアルマジロの方を見ると。
鋼の球体が中途半端に解かれ、硬いうろこに覆われた尻尾をだらしなくはみ出させて、柔らかい動物の腹のあたりが隙間から覗いている。
今のうちにトドメを、と恐る恐る近づくけれど、ピクリとも動く様子がない。
よく見れば僕の剣が当たったと思しき頭のあたりの外殻が、クレーターもかくやとばかりにベコベコに陥没している。
すり足気味に近寄る僕の前で、その全身がさぁぁっと黒い靄となって解けていく。
後には何も残っていない。転がってきた轍が硬い地面に残っているだけだ。
「たお……した?」
痛む腕をさすりながら、何が起きたのかを考える……。
今の変容した世界には、覚醒者には、おとぎ話みたいな『スキル』が当たり前に存在する。
でも、ゲームみたいに『剣術』とか『槍術』みたいな都合よく技術や理の理解、体の動かし方まで親切に補正してくれるスキルは、『ほとんど』発見されていない。
だから、武器の扱いや戦い方を教える道場が、現代ではかつてないほど繁盛している。
「そっか……刃筋を立てるとか、そういう基本もできてないのに、変な角度でバットみたいに思いっきり剣を叩きつけたから」
折れた剣をじっくりと見る。
たぶん、斜めから当たったんだと思う。ねじ切れたみたいに砕けた断面の下は、剣自体がひどく歪んでいる。
「魔装の能力……なのかな。素人のデタラメなスイングでも、僕自身の膂力を遥かに超えたすごい破壊力を生み出してくれて……」
それで、あの硬い金属の殻の上から、中身ごと撲殺しちゃったんだ。
僕は恐る恐る、紫雫のミッション画面を開く。
魔装3種類の1個目は、これでクリアかなぁ……なんて、期待しながらそーっと覗いたのだけれど、悪い予感は見事に当たっていた。
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論外。
やり直し。
そもそも魔力の練りも甘い、ただの鋼のような剣?
わたくし、舐められてるのかしら。
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うん。真っ赤な文字で、でかでかと書かれてたや。




