12. 第1章 第12話 『高級ドレスアーマーと、初めての亀裂』
「まずは、目立たず強くなること……正解?」
「うん、あってるかな? 亀裂に一人で行きたいんだ」
烏丸さん達に言われたことを思い出す。
目をつけられているのも、いずれ知られるのも、仕方がない。
僕は世間知らずだった。変質した『器』スキルへの、世界の異常な期待もなんとなく頭では理解した。
全てがばれる前に。探索者ギルドに、国に、排斥されないくらいに。
都合よく使われるだけの存在にはならない程度には、強くなる。
そしてそれが、雪奈姉の治療のための魔晶核入手の唯一の手段に直結するはずだから。
「こんなこともあろうかとぉ~……。ふひ、言ってみたかっただけ」
ゲーミングチェアをくるりと一回転させて、すっと差し出された黒地にローズレッドのハートがエンボス加工された封筒。
「E級偽装クラン……て言っても『ゴーストID』使って私の人形たちがたまに実績を積んである『迷子の子猫』のクラン証。それと、攻略期限が今日の24時な落札済みF級亀裂の入場許可証。さぁ……れっつごー」
「え、えぇ!?」
あまりのとんとん拍子というよりも、準備万端っぷりに目を白黒させる僕。
「やっぱ、やばぁ。戸惑う姫、かわゆすぎか……細かいことは、移動中にインカムで話す。おーけー?」
「お、おーけー」
「……ふへへ。契約、成立。よろしくね、黎ちゃん。あ、でもやっぱ、その前に!!」
ずるずると、滑り落ちるみたいに椅子から降りる亜夢さん。
ごそごそと机の下に潜り込むと、よれよれの頭陀袋の中から、ものすごくお洒落な黒に紫の装飾が施された一抱えはある厚紙の箱を次々取り出す。それを積み重ねて、直視するのも恐れ多いとばかりに顔を背けて、でも目だけは横目に僕をしっかり凝視しながら、ずいっと差し出してきた。
「……それ、着替えて」
「え? これって……服?」
「黎ちゃ……黎姫は超絶S級美少女。でもさすがに、その服はやっぱ……ない。ていうか、それで戦ったら秒で死ぬ。サイズは、ぴったし……安心、して」
確かに、歩けば転びそうなダボダボのズボンとサンダルで戦えるわけがない。
適当にサイズの合うジャージとスニーカーでも買おうかと思っていたけれど。
なんて考えていたら、またも猛烈な悪寒と、今度はズキリと刺すような痛みが鎖骨の間の彩晶石から。
ひょっとしてこれ、し、紫雫が怒ってる?
なに、何がいけなかったの、用意しようとしたのが適当な服だったから?
目の前の圧力と、内側からの痛みと寒気に押されて、何も言わずに僕は箱を受け取るのでした。
◇ ◇ ◇
僅かに頭の上でピコピコ動く、猫耳型の骨伝導ヘッドホン。
マットブラックの機体に、微かに紫色のLEDラインが明滅するサイバーファンタジー仕様は、亜夢さんが首にかけていたのと、色違いのお揃いっぽい。
『黎姫、聞っこえってる~? 亜夢ちゃんの完璧なナビゲーション、開始しちゃうよぉ』
ほんの少し前まで地下室で対面していた時のダウナーっぷりとは打って変わった小悪魔テンションな亜夢さんの声が、ヘッドホンから軽快に響いてくる。
「う、うん。聞こえてる。けど亜夢さん、さっき『落札済み』って言ってたよね? 亀裂の攻略権利って、ギルドのオークションでしょ? F級だって最低何十万単位のお金に、保証金と、正規のクランライセンスが必要って聞いたことがあるんだけど……僕、そんな大金払えないよ!?」
僕は街を歩きながら、小声で慌てて問いかけた。
底辺採掘者だった僕には、自由にできる貯金も伝手もない。そんなお金をどこから工面したのかと焦る僕に、亜夢さんは呆れたような、でもどこか得意げな笑い声を返してきた。
『ふっふ~ん、素人ギャザラーちゃんはこれだから! そこで亜夢ちゃんの天才的頭脳と、"ハズレ亀裂"の出番ってわけ!』
「ハズレ、亀裂?」
『そ! F級亀裂って発生から1ヶ月くらいでスタンピードを起こすでしょ? 人類生存圏にあるのに誰も攻略しなくて、期限まで1週間を切ると、焦ったギルドが逆に報償金を出して攻略をお願いする"逆オークション"になるの。だから、報償金が上がり始める直前なら、保証金も免除でほぼゼロ円落札!』
「ゼロ円……! でも、なんでそんなギリギリまで売れ残るの?」
フリフリ揺れる、黒と紫のフリルが何層にも重なったアシンメトリーなひらひらミニスカート。
その前後を、必死で押さえながら歩くのに全神経を集中させつつ、亜夢さんによるためになる話をちゃんと……ちゃんと聞かないとだけどぉ。
『ここ5年位で魔力測定器の精度が上がって、亀裂の中の性質が外から予想できるようになったからね。「収益性が低い」とか「めんどっちぃモンスターがいる」って情報が事前に買えちゃうの。つまり、みんなが避けた不人気で稼げない残りカス!』
「うぅ……なるほど」
『お金と実績がないうちは、そこは覚悟してね~。にゃは♡ ……って、黎姫たん、聞いてるぅ? 反応薄いと亜夢ちゃん、拗ねちゃうぞ~? ついでに、黎姫の恥ずかしい写真ばらまいちゃうぞ~? 今の社会どこにだって、家の中にだって、“目”はあるんだぞぉ、おもらし黎姫たん……あ、だめ、この湿度最高な映像記録は私の宝物にする。誰にも見せてやらぬ!』
とんでもないことを言われてる気がするけれど、正直、僕はそれどころじゃなかった。
「き、聞いてる、聞いてるけど……っ。スースーするの! すれ違う人たちに、すごい見られている気もするし……! これ、パンツ見えちゃってないよね!?」
『あははっ! 黎姫、かわゆすぎ! せっかくの神コーデなんだから、堂々と歩きなよ~。それに、黎姫ガン見しないとか、無理でしょw それこそ冒涜っていうかぁ』
太ももまである透け感の強い白のサイハイソックスに、ガーターベルト。肌の露出面積はそこまで多くないはずなのに、まだ心が男な僕視点で見たら、この『絶対領域』をちら見せしている感じは逆にすごくエッチで……恥ずかしくて死にそう。
黒とミッドナイトパープルのオーバードレスも、両サイドにひらひらと垂れているだけで前後は覆われていないから、正面や後ろから突き刺さる視線を隠してはくれない。
肩出し(オフショルダー)の華奢なデコルテに、深い紫色のコルセット風ビスチェで、ほんのり胸のふくらみも強調されている。
女の子がこんなにも周囲の視線に敏感になる生き物だっていうのを、嫌っていうほど実感させられた。
『んでんで、今日は本当に亀裂の「中」でのサポートはいいのぉ? サポーター無しでのソロ攻略はお勧めしないにゃよ?』
「うん。今日だけはごめん。いろいろと初めてで、試したい事とかもあるから」
『ん~~。わかった。無理は言わない~。でもでも、困ったら即通信ON! おk? リアタイは言われた通りやらないけど、即リカバリーに入れるように、記録と観測はしっかりしておくし。待機、してるからね』
「わかったよ。ありがとう」
指定された座標。外には人気も無い富士魔導特区の外れ、雑居ビルの白い外壁。
そこに、高さ3メートル、横幅1メートルほどの空間の歪み――名前の通り、のたうつような亀裂が、縦に口を開けていた。
空間が重なり合った幻影みたいに、今はまだビル自体に物理的な影響はない。
この位置なら中の人が亀裂にうっかり接触することもないから、中では今も、普通に人が働いているはず。
色はF級の証である薄赤色。もうこの世界では日常の一部になった光景。
亀裂の上部には7個の光の球が輝いている。
入場可能人数の上限を示すそのインジケーターが一つも減っていないということは、まだ誰もこの亀裂に入ったことがないという何よりの証拠。
『クラン証と、彩晶石のスキャンをお願いいたします』
亀裂の前を封鎖する簡易バリケードに備え付けられた、監視カメラ一体型のモニターから合成音声が鳴る。
さすがに全国で続々生まれるすべての亀裂に有人の警備を配置するのは不可能。だから、スタンピードが発生しても被害が少ない辺境やハズレの亀裂には、こういうAI制御の無人管理システムが置かれるらしい。
亀裂が攻略されて消えれば、移設して再設置される使いまわしの機材。
今となっては周辺住民への避難勧告も、普通は崩壊の前日になってようやく出される程度。
僕はモニターの前に立ち、首元の黒いチョーカーから繋がる銀のチェーンに指を添える。
チェーンの先は、僕の鎖骨の間に埋まる『彩晶石』を綺麗な輪っかで縁取っている。
おかげで、PRISMAの証である彩晶石が、特異なハートになった形とあわせて、まるで計算されたペンダントトップの宝石みたいに見える。
これも亜夢さんの趣味(と実用性)だろう。
僕の彩晶石の魔力波長と、亜夢さんが用意した偽装クラン証が無事スキャンされると、入場許可を示す緑の光と共に簡易バリケードが開かれた。
「じゃあ……行ってくるね」
『気をつけてねぇ~』
僕は猫耳ヘッドホンの通話を切り、静寂を取り戻した空間で、ゆっくりと深呼吸をした。
ツルハシを持った採掘者としてではなく。
今日、僕は人生で初めて、攻略者として亀裂に入る。
薄赤色の空間の裂け目へ、黒いレザーブーツで踏み出す。
地続きで存在する固定ダンジョン『深淵』の時とは明らかに違う、粘り気のある水の膜を通り抜けるような不気味な感覚。
視界が反転し、カラカラに乾いた礫砂漠みたいな地面の上に僕はぽつんと立っていた。
建設重機並みの大きな岩があちこちに屹立して視界を遮っているから、広さがどれくらいかは全然わからない。空は不吉な赤い夕陽色に染まっている。
ここが、亀裂。インスタンス型ダンジョンの中。
アメシストと黒薔薇に彩られたウィンドウが、浮かび上がる。
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――随分と待たせたわね。わたくしの可愛いお姫様。
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僕の魂の底から直接撫で上げるように、ウィンドウの中のメッセージと同じ言葉が、甘く傲慢な声で響き渡った。
ねっとりとねぶるように、姿は見えずとも幻聴とは思えない確かな音として、僕には聞こえた。
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さぁ、邪魔な羽虫共の目も耳もないわ。
わたくしのお眼鏡にかなう素敵な魔装を、見せてちょうだい?
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