11. 第1章 第11話 『イカれた世界で、一緒に』
「えっと……亜夢さん。あなたが昨日、僕のスマホに連絡? をくれた?」
「……う、うん。ご、ごめん……なさっ。直接人、会うの、久しぶりすぎて……ふひ!」
亜夢さんはボソボソと消え入りそうな声で言いながら、チラリ、チラリと僕の顔と身体を盗み見る。
「てか、てかぁぁ……『眼』越しでもヤバかったけど、実物、マジで顔面国宝級……。そのダサい服着てても、S級アイドルのオーラ出てるし……はぁ、直視できない……眩しい……まじ、尊い……激推せる」
「あ、あの! 眩しいなら、服のことは言わないでっ」
顔から火が出そうになって抗議すると、亜夢さんはパーカーの袖をさらにぎゅーっとピンクのネイルをした手で握り込んで、ゲーミングチェアの上で体育座りになって膝を抱えた。
「ご、ごめ……。とりあえず、そこ。座って……」
促されて、僕はモニター前の革張りのソファに腰を下ろす。
「ここは? それに、人形って」
「ん……それも、説明する。私のスキルの、応用。わたし、探索者、サポーター。超優秀」
ひょこっ。
ひょこひょこっ。
小さな可愛い女の子のお人形さんが、3体、5体、10体……次々部屋のあちこちから姿を現す。
亜夢さんの前のモニターが一斉に、様々な角度から映し出した僕の……うん、これが僕なんだよね……白銀の髪に虹色の瞳を揺らめかせる絶世の美少女を映し出す。
「ふひ……まじあり得なぃ……記録、保存。ロリ体型に、胸もほどよい、バランスわかってる。ぐっじょぶ」
「えっと?」
「フィジカルハッキング。電脳戦も得意だけど……スキルの応用で等身大からミニサイズ、いろんな体を同時に操って、潜入とかできる……の」
身体中を舐め回すように見られた気がするけれど、何事もなかったかのように淡々と、少し途切れがちでぶつ切りな言葉づかいで話が続く。
「この店は、この一帯の支配クラン……知ってるよね、日本ランキング第4位『幻創の箱庭』の、息がかかってる。……その、私が裏から管理を預かって、住んでる隠れ家……の、一つ」
なんとなく、この子の性格はわかってきた気がする。
ネットの中や人形越しなら強気になれるけれど、本体は極度の内弁慶。
少しだけ、拍子抜けしてしまった。
でも、得体の知れない裏社会の怖い人たちとか、また『恐ろしい化けもの』なんかが出てくるよりは、ずっとマシ。
なんて思っていたら、なんだか身体中を内側からそーっと撫でられるみたいな、悪寒なのか快感なのかわからない、ぞわっとする感覚がした気がした。
「それで……僕を呼び出した理由は?」
単刀直入に切り出すと、相変わらずの膝を抱え込んだ座り方のままだけれど、亜夢さんはゲーミングチェアの上で少しだけ姿勢を正した。
ダウナーな雰囲気の奥、無数のモニターが放つ逆光の中でも、凝視すればわかる暗い深紅色の瞳に、鋭い光が微かに宿る。
「……黎ちゃんの、『器』のこと」
ビクリと、僕の肩が跳ねた。
「昨日の深淵(固定ダンジョン)での異常事態。ギルドのデータを覗き見させてもらった……。黎ちゃんのスキル『虚ろなる器』が変質して、『万華の魔装姫』に。で……でも、スキル効果は、読みとれてなかった。記録、遡らせてもらったの。『器』スキル、それから他にも何種類か、ギルドや世界が注目しているスキルや特性は、あるの」
「……それは?」
初めて聞く話。自分に関わることなのに、何も知らないと気が付かされる。
けれど、亜夢さんの続く言葉は答えではなく、けれど僕にとってもっと大切なことについてだった。
「お姉さんの治療、『高濃度魔素カプセル』の利用権利が、探索者の特権なのはそう。でも、それは……利用の優先権利だけ。費用は……別、補助なんて、無い。月1回でも、最低100万円。その条件も、B級以上かつギルドと国への……貢献度一定以上、その上で2親等以内までが対象」
「え……」
そ、そんな馬鹿な。だって、僕は……家賃を抜いて、平均月15万円行くか行かないかの手取り。そこから『ダンジョン内で活動する』探索者なら補助金があるから1割負担で5万円だけの負担って言われて、もう5年も……。それじゃあ1割どころですらない。
「検査。毎月、いろいろな実験とか、調査……受けてたで……しょ?」
「う、うん。デメリットスキルのスキルオーブ習得実験とか、新しい機材のテストとか」
探索者ギルドにも、付属医療施設にもよくしてもらっていたから。雪奈姉の治療で顔見知りになった担当医さんのお願いとかもあって、毎月いろいろな研究に協力してた。
「それ……器スキルの、研究。器スキル自体は……世界中で見つかってる。確かにすごく少ない、けど、いないわけじゃない。それなのに器スキルの変質例は……知られている限り2例だけ。海外の、巫女……神降ろしによる、神の権能とされるスキルを……発現。もう一例は、悪魔憑きっていうコードネーム、しか。どっちも詳細はもちろん、国家機密。日本政府も多分、正確にはつかめて……ない」
薬師寺さんの反応は確かにおかしかった。それに、『器』っていう言葉もつぶやいてた。
元々の、覚醒した時から保有していた僕のスキル『虚ろなる器』。
それがその……?
「怜さん……黎さんの『虚ろなる器』は、どれだけ検査しても効果不明。でも……A級スキルオーブでも上書きできなかった。つまり、S級がほぼ確定。藍色のスキルオーブの習得を試させられたこと、ある……でしょ? 記録だと……4年前」
うん、確かにそんなこともあった。
PRISMAなら誰しも必ず、生きているだけですら徐々に上昇する干渉力が一切伸びない僕に、臨床研究の一環って言って、デメリットスキルのスキルオーブだけれど魔力を制限する代わりに干渉力の成長率を向上するスキルだよって。
魔力が1の僕ならデメリットもほぼ無意味だから、試してみよう。うまくいけば最低限でも成長できるようになるからって。
でも……僕はそれも習得できなかった。
「今はまだ、中身を教えてなんて言わない。でも……確信したの。黎さんは、特別。その……ふへへ……やっぱやば……まじ女神……ぁ、こほん。その容姿も、あり得ない。人間離れしすぎ。PRISMAでも、S級最上位でやっとなれるかどうかの、超造形。まだレベル1でそれ……特別の、証明」
ちょっと微妙におかしくなる亜夢さんに不安も感じるけれど、人見知りを押して、しっかりと僕をまっすぐに見つめる彼女の瞳に嘘も、害意も見えなくて。
「だから……貴女がいつか辿り着くその先。貴女の力で、私を守ってほしい。とりあえず今は……今の私は、前に所属してたクラン……日本第3位『蒼梟』から、追われてる。裏の顔に関わりすぎたから。今はここ『幻創の箱庭』のシマに隠れてるし、私が死ねば、奴らが破滅する情報もいっぱい公開される……時限爆弾みたいに、仕掛けてある。
エナジードリンクがいっぱい並べられたデスクの前で、ピンクと白のゲーミングチェアにすっぽりと収まって。
ゆらゆらと不安げに瞳が揺れる。
「でも……情報には賞味期限がある……その後は……それにこの先も私は……私の『知りたい』を我慢できない。この欲を抑え、たら……私は私じゃなく、なる。だから、未来の私を絶対に守ってくれる『最強の矛』が必要なの」
緩やかに色を変える猫耳ヘッドホンを首から下げて。
暗い真紅の虹彩が今度はじっと、逸らされる事なくまっすぐに、私を見つめている。
「貴女の後ろに、居場所をください。そこに至る……道をつける手助けは……私が、する。私なら、できる……私にしか、たぶん……できない、と、思う。貴女の望みを、叶える手助け……する。『貴女の中の貴女』の望みだって、きっと」
へにゃっと崩れた情けなさの漂う、けれど最高に愛らしい微笑みを浮かべて少女は僕に告げた。
「だから、一緒に、このイカれた世界で……好きなこと、しよ? それで――もし、私ががんばったねって、思って……くれたら。『黎姫』が上り詰めたその時、『本当の私を、助けてください』」
それが、後に僕――『万華の魔装姫』を支える、『最凶にして無貌なるハッカー』MalAliceとの、不思議な相棒関係の始まりだった。
もっともこの時、僕はまだ彼女のその名前を知らなかったのだけれど。




