10. 第1章 第10話 『最凶ハッカーの正体は、引きこもり?』
「「「「お帰りなさいませ、お嬢様」」」」
「きゃ~~、うそぉ! ほんと、お姫様~♡」
4人のクラシカルメイドスタイルの女性が綺麗にそろったカーテシーで出迎える後ろでは、フレンチメイドスタイルの少女がぴょんぴょんと跳ねながら、きらきらと目を輝かせてこちらを見つめて、大はしゃぎ。
ダンジョン出現前の和製PCゲームかはたまたTRPG作品か、そんなSF作品に出てくるサイバーパンクな光景を思わせる、ネオン煌めく第四区域。魔力がもたらす最先端技術が集中する富士魔導特区の中にあって、あえて誰かの意向を強く汲んでそう作られたのか、サブカルチャー色の強い区画。その一角に、派手なピンクの看板を掲げた『めいどかふぇ・めいんく~ん・にゃんにゃん♡』はあった。
店の前で立ち入るのを躊躇うこと十分。
人目の方が気になり始めた僕が意を決して足を踏み入れれば、外の雑多な音は掻き消えるように急激に遠のいた。
僕を迎えたのは深紅のベルベットが張られた、華美でありながらもどこか落ち着いた雰囲気のある、いかにもな高級クラシカルカフェ。
割とはっちゃけたところの多いこの区画の雰囲気や、お店の名前とのあまりのギャップに、目が点になる僕を出迎えてくれたのが、そこだけは揃いの黒をベースとしたこのメイドさんたち。
呆然と立ちすくむ僕の手をさっと握ったのは、いつの間にか距離を詰めていた、一人だけ場違いにきゃぴきゃぴとはしゃぐフレンチメイドスタイルの女の子。店の外観からするとこの子の方が予想通りなのだけれど……いろいろと予想と現実のギャップが激しすぎて脳がバグりそう。
「ささ、お姫ちゃんは特別室へ、ごあんな~い♡ てか、うわぁ、ほんっとに、かわゆすぎでしょ。えぇ~~だっさださコーデが神コーデに見えるんだけど!?」
と、弾むように僕を引っ張ると、薄茶色のナチュラルロングのアホ毛がぴょこぴょことその動きに合わせて跳ねまわる。
でも、ダサ……いや、自覚はあるけれど。
だって、女の子の外行き服なんて持っていないし。
「高レベルPRISMAでもここまでの完成度はナイ! ヤバイ!」
雪奈姉の服を借りようとも思ったけれど、屋内ならともかく、身長と胸のサイズに差がありすぎて……。
胸にする……その、ぶ、ブラジャーも雪奈姉のはサイズが大きすぎて合わなかったから別にいいやってそのままにしたのだけれど。
うん。歩いている間にすごく、後悔しました。
結局、男時代のチェックの長袖シャツに、ズボンは無理やり裾まくりをして、ベルトで留めて。ソックスはぶかぶかだから、素足にサンダル。
もう少し遅い待ち合わせなら、お洋服屋さんに寄ってから来られたのに。
って、走るのはダメ!
一晩経ったくらいじゃ全然慣れない、元よりさらに小柄になった身体。
重心の違いにも四苦八苦している僕は、毛足の長いカーペットとサンダル履きも手伝って、転びそうになる。
「お嬢様、駄メイドがご無礼を。大変申し訳ございません」
ふわりと優しく抱き留めてくれたのは、これまたいつそばに来ていたのかわからない、クラシカルメイドな女性の一人。
セミロングの黒髪に、切れ長な瞳を縁の太めな眼鏡で隠す、理知的で大人な女性。
「何をしているのですか。お嬢様にご無礼でしょう」
きらりと光る眼鏡の奥から、射貫きそうな鋭い眼光。けれどそれをものともせず。
「は~い。じゃあ、お姫ちゃんは、付いてきてね」
結局、お客の見当たらないシックな店内を縦断し、連れてこられたのは奥の重厚な黒い扉。
片側交互にしか開かない分厚い二重扉を抜け、静かな地下通路の両側に間隔をあけて並ぶ、6個の扉の一つへ。
フレンチメイドスタイルのアホ毛メイドちゃんに背中を押されて中に入ると、すぅっと。後ろで扉の閉まる音に続いて。
ぱたり。
……は?
重い物が崩れ落ちるような音。
慌てて振り向いたら、たった今案内してくれたメイドちゃんが糸の切れた操り人形みたいに、尻餅をついて壁にもたれかかってる!?
「ちょ、ちょっと。大丈夫ですか!?」
慌てて様子を見ようとかがみこむ僕を、引き留める小さな声。
「だいじょぶ……それ……私の、人形」
間接照明に照らされた、雰囲気満点の全面黒で統一された部屋の奥から、その消え入りそうなか細い声は発せられた。
「人形……?」
倒れたメイドちゃんから視線を上げ、部屋の奥を見る。
そこは地上の高級カフェから一転、巨大なサーバー室かモニター監視室のような異様な空間だった。
壁一面を半球状に覆い尽くす大小様々なモニター群。
映っているのは店の外の監視カメラ映像や、富士魔導特区のあちこちの定点画像。
さらに加えて、明らかに移動している人の目線でいろんな場所が映し出されていて――って、あれ? あれは、探索者ギルドの受付奥?
中には超高速で文字列が滝のように流れているモニターもある。
そして、そのモニターの光に照らされた部屋の中央、ゲーミングチェアにすっぽりと埋もれるようにして机の前に座っている影が一つ。
「あ、ぁ……亜夢、です……」
くるりとチェアが回転し、こちらを向いたのは昨夜スマホの画面越しで見た2Dキャラクターそっくりなピンク色の髪をした少女。……いや、同じなのは髪の色だけかも。
薄桃色のふわふわロングヘアは手入れされておらず絶妙にくたびれた感じ。
黒とピンクを基調とした地雷系パンクロリータ。太腿にはガーターベルト、首にはチョーカー。
そんな可愛い格好の上にはさらに、うさ耳付きのだぼだぼオーバーサイズのパーカーを羽織ってる。
袖は長すぎて、萌え袖状態。
身長も多分今の僕と変わらないくらいに見えるから、立ち上がったら、裾を引きずるんじゃないかな……。
目の下にはくっきりと濃いクマができている。
昨日のスマホ越しの、あの憎たらしいほど自信満々な『メスガキ』の面影は微塵もない。
ひどく人見知りをする小動物のように、パーカーの袖をぎゅっと握りしめて視線を泳がせている、ただの引きこもりっぽい女の子がそこにはいた。




