コハク邸の建築と歴史
部屋の隅に、あの段ボールが置いてある。
Amazonのロゴが入った、なんてことのない大きめの空き箱だ。
そして中には人間姿のコハク。
小柄とはいえ、自称24歳の超絶美人だ。
部屋着を着て、膝を胸に引き寄せて身体を小さく丸め、段ボールから顔だけちょこんと出してテレビを見ている。
「…………」
「何?」
「いや……」
「何よ」
「人間の姿で入ると、ものすごくシュールだな」
「快適よ?」
「そういう問題じゃない」
見た目は息をのむような美少女なのに、収まっているのはただの段ボールである。
シュールすぎてツッコミが追いつかない。
俺が呆れて段ボールを片付けようと手を伸ばすと、彼女は目を見開いて叫んだ。
「待って!!」
「え?」
「それ、アタシのだから!!」
「いや、ただの空き箱だろ」
「違うわ。これは家よ」
「家……」
「アタシの家」
「俺の家の中にある、お前の家?」
「そう」
「……家賃払えよ」
「カリカリなら払う」
「現物支給かよ」
呆れる俺をよそに、コハクは本気で「巣作り」を始めた。
人間姿のまま、部屋の中を甲斐甲斐しく往復し始める。
まず、ソファーから毛布をくわえて……いや、手で抱えて持ってきて箱の底に敷き詰める。
次に、お気に入りの猫じゃらし。
さらに、棚に飾ってあった小さなペンギンのぬいぐるみ。
そして最後に、俺が昨日脱ぎ捨てて洗濯かごに入っていた、使い古した部屋着のTシャツを大事そうに抱えて持ってきた。
「……最後の何だ?」
「必要」
「なんで?」
「これがあると落ち着くから」
コハクは俺の部屋着を小さく丸めると、抱きかかえるようにして段ボールの奥へと押し込んだ。
……思い返せば1年前。
雨が激しく降る冬の夜、路地裏の濡れた段ボールの中で寒さに震えていた茶トラを、俺が保護したのが始まりだった。
あの頃のコハクは人間になることもなく、ただ警戒心で威嚇し、触れることすら拒んでいた。
箱の中の狭くて暗い空間。
そして、そこに添えられた俺の匂い。
冷たい雨から逃れ、初めてお腹いっぱい食べて眠ることができたあの夜の安心感が、今の彼女にとっても「絶対的な安全地帯」の証なのだ。
どれだけ人間の姿になっても、どれだけ生意気な口をきいても、その根っこにある想いは変わっていない。
「……そっか。そういえば、こいつ昔から箱好きだったな」
少し目頭が熱くなり、俺が優しい目を向けた、その直後。
「だから、これは永久保存する」
「いや、段ボールなんだからそのうちボロボロになるぞ」
「そのときは新しいのを買って」
「買うものなのか?」
「アタシの家だから当然でしょ」
「……お前、段ボールに家賃払ってるみたいな生活してるな」
しんみりした感動を一瞬でぶち壊す、相変わらずの図々しさだ。
◇
数日後。
俺がネットで注文していた新しい家電の荷物が届いた。
インターホンが鳴り、段ボールを受け取ってリビングへ運ぶと、ソファーの上から鋭い視線を感じた。
コハクだ。
目が完全にハンターのそれになっている。
「……!」
「お前、また狙ってるだろ」
「別に」
「目が完全に猫だぞ」
無視してテープをカッターで切り、中の商品を取り出す。
その瞬間──
シュバッ!
「うわっ!?」
残された空き箱に向かって、コハクがダイビングインを決めた。
人間姿のまま、綺麗なフォームで新しい箱へと収まる。
「こっちは私の新居」
「まだ前の箱あるだろ!」
「あれは寝室」
「増えてる!?」
「こっちはリビングにするわ」
ドヤ顔で言い放つコハク。
さらに翌日には、俺が良かれと思って昔買ってやったキャットタワー付属の「猫ベッド」と「ふわふわ毛布」まで連結させ始めた。
結果、リビングの敷地の三分の一を圧迫する巨大な施設が誕生した。
段ボール二箱+猫ベッド+毛布。
「……お前の部屋、俺より充実してないか?」
俺が家賃を払って借りているアパートの中で、彼女のエリアだけが謎の増改築を遂げている。
俺の呆れ顔を見上げ、コハクはフンと誇らしげに鼻を鳴らした。
「ここは寝室。こっちはリビング。こっちは来客用。猫じゃらし置き場」
「……来客なんて誰が来るんだよ」
「猫」
「人間じゃないのかよ」
「当然でしょ」
「なんでだよ」
「アタシ、猫だから」
開き直った自称美少女は、人間の住宅思想を猫仕様にしていく。
「……これ、もう段ボールじゃなくて家じゃないか?」
「最初からそう言ってるでしょ」
新居の段ボールの中で俺の部屋着を抱きしめ、満足そうに目を細めた。
結局のところ、箱が増えようが城になろうが、彼女の一番のお気に入りは俺の匂いがするその場所なのだから、まあ良しとするしかないのだった。




