↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/35

コハク邸の建築と歴史

 部屋の隅に、あの段ボールが置いてある。

 Amazonのロゴが入った、なんてことのない大きめの空き箱だ。


 そして中には人間姿のコハク。

 小柄とはいえ、自称24歳の超絶美人だ。

 部屋着を着て、膝を胸に引き寄せて身体を小さく丸め、段ボールから顔だけちょこんと出してテレビを見ている。


「…………」

「何?」

「いや……」

「何よ」

「人間の姿で入ると、ものすごくシュールだな」

「快適よ?」

「そういう問題じゃない」


 見た目は息をのむような美少女なのに、収まっているのはただの段ボールである。

 シュールすぎてツッコミが追いつかない。

 俺が呆れて段ボールを片付けようと手を伸ばすと、彼女は目を見開いて叫んだ。


「待って!!」

「え?」

「それ、アタシのだから!!」

「いや、ただの空き箱だろ」

「違うわ。これは家よ」

「家……」

「アタシの家」

「俺の家の中にある、お前の家?」

「そう」

「……家賃払えよ」

「カリカリなら払う」

「現物支給かよ」


 呆れる俺をよそに、コハクは本気で「巣作り」を始めた。

 人間姿のまま、部屋の中を甲斐甲斐しく往復し始める。


 まず、ソファーから毛布をくわえて……いや、手で抱えて持ってきて箱の底に敷き詰める。

 次に、お気に入りの猫じゃらし。

 さらに、棚に飾ってあった小さなペンギンのぬいぐるみ。


 そして最後に、俺が昨日脱ぎ捨てて洗濯かごに入っていた、使い古した部屋着のTシャツを大事そうに抱えて持ってきた。


「……最後の何だ?」

「必要」

「なんで?」

「これがあると落ち着くから」


 コハクは俺の部屋着を小さく丸めると、抱きかかえるようにして段ボールの奥へと押し込んだ。


……思い返せば1年前。

 雨が激しく降る冬の夜、路地裏の濡れた段ボールの中で寒さに震えていた茶トラを、俺が保護したのが始まりだった。

 あの頃のコハクは人間になることもなく、ただ警戒心で威嚇し、触れることすら拒んでいた。


 箱の中の狭くて暗い空間。

 そして、そこに添えられた俺の匂い。

 冷たい雨から逃れ、初めてお腹いっぱい食べて眠ることができたあの夜の安心感が、今の彼女にとっても「絶対的な安全地帯」の証なのだ。

 どれだけ人間の姿になっても、どれだけ生意気な口をきいても、その根っこにある想いは変わっていない。


「……そっか。そういえば、こいつ昔から箱好きだったな」


 少し目頭が熱くなり、俺が優しい目を向けた、その直後。


「だから、これは永久保存する」

「いや、段ボールなんだからそのうちボロボロになるぞ」

「そのときは新しいのを買って」

「買うものなのか?」

「アタシの家だから当然でしょ」

「……お前、段ボールに家賃払ってるみたいな生活してるな」


 しんみりした感動を一瞬でぶち壊す、相変わらずの図々しさだ。


◇


 数日後。

 俺がネットで注文していた新しい家電の荷物が届いた。


 インターホンが鳴り、段ボールを受け取ってリビングへ運ぶと、ソファーの上から鋭い視線を感じた。

 コハクだ。

 目が完全にハンターのそれになっている。


「……!」

「お前、また狙ってるだろ」

「別に」

「目が完全に猫だぞ」


 無視してテープをカッターで切り、中の商品を取り出す。

 その瞬間──


 シュバッ!


「うわっ!?」


 残された空き箱に向かって、コハクがダイビングインを決めた。

 人間姿のまま、綺麗なフォームで新しい箱へと収まる。


「こっちは私の新居」

「まだ前の箱あるだろ!」

「あれは寝室」

「増えてる!?」


「こっちはリビングにするわ」

 ドヤ顔で言い放つコハク。


 さらに翌日には、俺が良かれと思って昔買ってやったキャットタワー付属の「猫ベッド」と「ふわふわ毛布」まで連結させ始めた。


 結果、リビングの敷地の三分の一を圧迫する巨大な施設が誕生した。

 段ボール二箱+猫ベッド+毛布。


「……お前の部屋、俺より充実してないか?」


 俺が家賃を払って借りているアパートの中で、彼女のエリアだけが謎の増改築を遂げている。

 俺の呆れ顔を見上げ、コハクはフンと誇らしげに鼻を鳴らした。


「ここは寝室。こっちはリビング。こっちは来客用。猫じゃらし置き場」

「……来客なんて誰が来るんだよ」

「猫」

「人間じゃないのかよ」

「当然でしょ」

「なんでだよ」

「アタシ、猫だから」


 開き直った自称美少女は、人間の住宅思想を猫仕様にしていく。


「……これ、もう段ボールじゃなくて家じゃないか?」

「最初からそう言ってるでしょ」


 新居の段ボールの中で俺の部屋着を抱きしめ、満足そうに目を細めた。

 結局のところ、箱が増えようが城になろうが、彼女の一番のお気に入りは俺の匂いがするその場所なのだから、まあ良しとするしかないのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。