公園の猫集会と自称美少女の社交場
仕事が早めに切り上がった夕方。
少し涼しくなった秋の風を感じながらアパートへ向かって歩いていると、近所の小さな公園のベンチ付近で、異様な光景が目に飛び込んできた。
夕日の差し込む静かな公園。
ひとつだけある小さなベンチに、お洒落なパーカーを着こなした超絶美少女──我が家の愛猫であり自称・24歳のコハクが座っていた。
だが問題は、彼女の周囲を固める「面々」だ。
ベンチの隣には、片耳が欠けた強面の黒猫。
植込みの縁には丸々とした三毛猫。
さらに足元には白猫とサビ猫とキジトラ。
計五匹の猫たちが、整然と彼女を取り囲むように集まっていた。
地域猫なのだろう。みんな、サクラ耳だ。
コハクは組んだ脚の上に肘を突き、まるで極道の組長か、裏社会のボスのような貫禄で猫たちを見下ろしている。
「久しぶりね、クロ」
コハクが重々しく口を開いた。
「ニャ」
黒猫が短く鳴く。
「……そう。最近、あの公園に目つきの悪いどら猫が来るようになったのね」
「ニャア」
「やっぱり? あいつ、態度が大きいわよね。私に挨拶もなしで縄張りを荒らすなんて、良い度胸をしてるわ」
「ニャ」
「それで、あそこの餌場はどうなってるの?」
「…………ニャ」
「なるほど。あの角の家に住んでるおばあちゃん、最近カリカリの種類を変えたのね。チキン味からマグロ味へ? ふん、そっちの方が食いつきがいいものね」
本人たちは至極真剣そのものだ。
コハクは眉間にシワを寄せ、真面目な顔で頷きながら猫たちの「報告」に耳を傾けている。
しかし、傍から見ればどうだろうか。
ちょうど買い物袋を下げた近所のおばさんが通りかかり、ピタリと足を止めた。
おばさんの視線は、我が物顔でベンチに座り、真顔で猫に向かってペラペラと語りかける女性に釘付けになっている。
おばさんの顔に浮かぶ、あからさまな不穏と困惑。
さらに悪いことに、コハクが「これで集会を終わるわ」と宣言すると、周囲の猫たちが一斉に、
「ニャー」
「ニャ」
「ニャア」
と、まるで合唱のように声を揃えてお返事をしたのだ。
おばさんの表情が引きつる。
哀れみと恐怖が入り混じったような表情で、足早にその場を去っていった。
俺は頭を抱えた。
これ以上野放しにしておくと、近所で変な噂が立ってしまう。
俺は急ぎ足でベンチへと駆け寄った。
「お前、何やってるんだ?」
「あら、主。何って、猫集会よ」
「……猫集会?」
「そうよ。最近この辺の縄張りが少し変わったから、情報交換してたの」
何でもないことのように、コハクは真顔で答える。
「普通、人間の姿でやるか?」
「仕方ないでしょ。今日は散歩してたら勝手に変身しちゃったんだから。猫の姿に戻る時間がなかったのよ」
「いや、そういう問題じゃないだろ。周りから見たら完全にヤバい奴だったぞ」
「失礼ね! なにも怪しいことなんてしてないわよ。それに、私が猫だってことはみんな知ってるし」
コハクは当然のように胸を張ると、足元の黒猫・クロを見下ろした。
「ね?」
「ニャ」
「ほら」
「いや、ほらって言われても俺には『ニャ』しか聞こえないんだけど」
「言っているのよ」
「でも知っているの猫だけじゃん」
黒猫の短い鳴き声ひとつで意思疎通が完了したかのような顔をされても、人間である俺にはただの猫の鳴き声にしか聞こえない。
……ん? 待てよ?
俺はふと、目の前で繰り広げられていたやり取りを頭の中で反芻した。
「というか、お前……猫と普通に会話できるのか?」
今まで深く考えたことがなかった。
触れると猫に戻り、普段はポンコツな自称・24歳美少女として暮らしている彼女だが、人間の姿になっても猫の言葉が理解できているということなのか。
俺の疑問に対し、コハクは信じられないものを見るような目で俺を見上げてきた。
「当然でしょ。猫なんだから」
「何を当たり前のことを言ってるの?」と言わんばかりの圧倒的ドヤ顔である。
「いや、だって今の姿、人間だぞ? 人間の耳と口で、猫の言葉を聞き取って意味を理解して、日本語で返答して通じてるのか?」
「姿がどうなろうと、アタシの魂は猫なのよ。三毛が『カリカリがマグロ味になった』って猫語で言うのをアタシはわかるし、『そっちの方が食いつきがいい』とアタシが言えば他のメンバーにも伝わるわ。猫社会のネットワークを舐めないでちょうだい」
「ネットワークって言われてもな……」
コハクはふふんと鼻を鳴らすと、ベンチからしなやかに立ち上がった。
相変わらず息をのむような美貌だが、やっていることは地域猫たちのボスだ。
「さ、情報収集も終わったし、帰りましょうか。今度あのマグロ味のカリカリ買って頂戴ね。三毛がお勧めだって言ってたわ」
「猫の噂話を鵜呑みにするなよ……」
俺が呆れながら歩き出すと、コハクは当然のように俺の隣に並び、すっと俺のスーツの袖を指先でつまんできた。
「……何だ?」
「何でもないわよ。主が一人で歩くと迷子になりそうだから、連れて行ってあげるだけよ」
強がりを言いながらも、俺の隣から離れようとしない。
周囲の猫たちが「お気をつけて、姐さん」とでも言いたげに「ニャ〜」と見送る中、俺たちは夕暮れの住宅街を並んで歩いた。
「ねえ、主」
「ん?」
「さっきのおばさん、私のこと変な目で見てなかった?」
「……めちゃくちゃ変な目で見てたぞ。『触れちゃいけない人だ』って顔してた」
「失礼ね! アタシは可憐で高貴な美少女猫なのよ! あのおばさんに『あの美少女は猫なんです!』って説明してきなさいよ!」
「余計にヤバい奴だと思われるから絶対嫌だ」
ぷんすかと怒りながら、ぎゅっと俺の袖を握る力を強めてくるコハク。
人間の姿になっても、猫社会のボスを気取っても、結局のところ俺の隣が一番落ち着くらしい。
「ほら、帰ったらちゃんと贅沢パテ開けてやるから、早く歩け」
「ふん、言われなくても帰るわよ! 帰ったらナデナデしなさいよね!」
夕闇が迫る帰り道。
素直になれない自称・24歳美少女猫の賑やかな足音とともに、俺たちは温かい我が家へと向かって歩いていくのだった。
「そういやお前、今日は違う服着ているんだな。どこで手に入れたんだ?」
「知らないわよ。外で人間になったらこの姿だったの。服が違うのはいつものことでしょ」
「いつものことって……そんなこと初めて知ったわ」
「ふふぅん、どうよ? 服まで付いてくるなんて、コハク様の力はすごいでしょ」
「そうは言うが、自分でコントロール出来ないんだろ」
「……」
「図星か」




