W猫パンチ!〜夜の野良猫ボランティア〜
静まり返った深夜の住宅街。
俺が近所のコンビニへ向かって歩いていると、川をはさんだ公園から不穏な大声と、猫の威嚇するような甲高い鳴き声が聞こえてきた。
「またこの猫どもかよ。餌場なんか作りやがって」
「誰かが餌やるから増えるんだろ。全部片づけちまおうぜ」
「逃げ込んだって無駄だぞ。今日は徹底的に追い払ってやる」
物陰から覗くと、そこにはヤンチャな若者数人の不良グループが溜まっていた。
彼らは近所の地域猫たちが集まる餌場を荒らし、逃げ込もうとする路地の隠れ場所まで塞いで、面白半分で猫たちを追い詰めようとしていたのだ。
逃げ場を塞がれた猫たちが、物陰で身を寄せ合っているのが見えた。
「やめろよお前ら!」と俺が声を上げようとした、その時──
「……やめたまえ。私は争いを好まない」
暗闇の中から、鈴を転がすような静かで美しい声が響いた。
街灯の光の中に浮かび上がったのは、仕立ての良い高級スーツを着こなした、長身の男──アーサーだった。
そしてその隣には、ライダースジャケットを着たコハクが、腕を組んで仁王立ちしている。
「あぁ? なんだお前? イケメン気取ってんじゃねえぞ!」
不良の一人が威嚇しながら、アーサーの胸倉を掴もうと勢いよく手を伸ばした。
だが──
アーサーの身体が滑るように動いた。
次の瞬間、男が一人、路地の壁際に尻餅をついていた。
「……ぐはぁっ!?」
何が起きたのか分からない。
だが、なにか格闘技の技を繰り出しているように見える。
無駄のない最小限の軸移動から繰り出された足払いが、男の体幹バランスを完全に崩していた。
アーサーはスッとスーツの袖口を整えると、心底嫌そうに息を吐いた。
「……まったく。私の美しい毛並みを汚すな」
「て、てめぇ! やっちまえ!!」
仲間が倒されたことで逆上した残りの不良どもが一斉に襲いかかった。
アーサーの背後からも、一人の不良が殴りかかっている。
「アタシのシマで何やってんのよ!!」
コハクだ。
低い姿勢から一気に飛びかかり、相手の腕に腕をかけて体勢を崩し、相手の背中を踏み台にし華麗なジャンプ。
不良はたまらず「ぶはっ!?」と倒れ込む
コハクはというと、その勢いを殺さず、壁を足場に二段ジャンプ。
落下の勢いにのり、次の不良に猫パンチをお見舞いする。
「ぬがっ!?」
不良は顔を押さえてしゃがみ込んだ。
「ふん! アタシたち猫の隠れ場所を奪うなんて百回くらい爪研ぎの的にされても文句言えないわよ!」
一方のアーサーも、襲い来る不良たちの攻撃を華麗にいなし、鋭い前蹴りやローキック、正確無比な突きの連打で瞬く間に残りの男たちを沈めていく。
──剛と柔、武道と野生。
二匹の息の合った連撃の前に、不良グループが太刀打ちできるはずもなかった。
◇
俺が角を曲がって現場に駆けつけた時には、すべてが終わっていた。
……いや、終わり方がおかしかった。
路地の真ん中で、不良グループの全員が額を地面に擦り付け、「すみませんでしたぁぁぁ!」と涙目になりながら土下座している。
その前で、無傷に近いアーサーが静かに佇み、コハクが胸を張って仁王立ちしていた。
「もう二度と猫に近づきません!!」
「……誰が近づくなって言ったのよ。猫の餌場を荒らすなって言ってんのよ」
「コハクよ、彼らは十分に反省したようだ」
「ちょっとアーサー!、さっきから何様なのよ。これはアタシ達の問題なのよ!」
「コハク! アーサー! 大丈夫か!?」
俺が息を切らせて駆け寄ると、コハクがチラリとこちらを振り返った。
「……何があった?」
「ちょっとした話し合いだ」
アーサーが事もなげに言うと、コハクも不敵な笑みを浮かべて頷いた。
「そうそう。話し合い。拳でね」
「安心しろ、下僕君。すでに問題は解決した」
圧倒的な制圧劇だったらしい。
正座して震えている不良たち。
俺は呆れつつも「……お前ら、二度と猫に手を出すなよ」と告げると、彼らは「はいぃぃ!」と悲鳴を上げて逃げ出していった。
「それからコハクとアーサー。猫を助けるのはいいけど、ほどほどにしろよ」
「……善処しよう」
「絶対わかってないでしょ、あんた」
「お前もだ!」
◇
不良たちが去り、静けさを取り戻した夜の路地。
「ふぅ……すっきりしたわ」
コハクが伸びをしながら歩き出そうとした時、隣にいたアーサーが「くっ……」と短く息を漏らし、その場に立ち止まった。
右脚の関節を押さえて顔をしかめている。
「アーサー?」
「……問題ない。ただの……少しの違和感だ」
先ほどの激しい足技で、持病である関節の痛みが再発したのだろう。
強がるアーサーに、コハクは呆れたようにため息をついた。
コハクはアーサーの隣に歩み寄ると、その背中にスッと肩を入れた。
「ほら、足。痛いんでしょ」
「……問題ない」
「はいはい。強がらなくていいから」
コハクに強引に肩を貸され、アーサーは一瞬目を見開いたが、やがて諦めたようにふっと力を抜いた。
「……すまない」
「別に。アタシのシマで勝手に暴れたんだから、最後まで面倒見るだけよ」
口では素直じゃないことを言いながらも、コハクはアーサーのペースに合わせてゆっくりと歩いてあげる。
あの日、プロポーズを猫パンチで叩き返した二人とは思えない。
なんだかんだで、こいつらは気が合うのかもしれない。
「……アーサー、今日はうちで休んでいけよ」
「フン……下僕君の気遣いを受けるのは癪だが、今回は甘えさせてもらおう」
「素直じゃないわねぇ、相変わらず」
月明かりの下、肩を組み合って歩く二匹の姿を、俺は苦笑いしながら後ろから温かく見守るのだった。
おまけ:帰宅後の反省会
「アーサー強いじゃないか」
「まぁ否定はせん。飼い主の意向でフルコンタクト空手を叩き込まれているからな」
「……お前の飼い主ってどんな人なんだよ……」
「案ずるな、あれでも冷静だ。怪我しない程度に加減をしていた、私はな」
「……あっそうなの……」
「コハク、あんなところで何やってたんだよ」
「えー、夜の散歩していたら、三毛が助けを求めてきたのよ。そしてたまたま近くにいたアーサーと合流したの」
「たまたまって、そんな偶然あんのか」
「あれー? もしかして主、焼きもち焼いてんの?」
「焼いてねーよ」




