猫探偵コハクのご近所捜査録
事件の始まりは、ある休日の昼下がりだった。
窓から差し込む暖かな陽気の中、俺とコハクがリビングでのんびり過ごしていると、外の通りが妙に騒がしいことに気づいた。
「……なんか外、騒がしくないか?」
「そうね」
「何かあったのかな」
窓を開け、通りにいた近所の人に声をかけてみた。
「どうかしたんですかー?」
「角の家に住んでるおばあちゃんが、いなくなっちゃったみたいなんだよ!」
話を聞くと、近所に住む80歳くらいのおばあちゃんが、昼前に買い物へ出たまま戻ってこないらしい。
すでに家族や警察だけでなく、近所の人たちも総出で捜索を行っている最中だった。
「俺も探してくる!」
「……ちょっと待って」
「何?」
「アタシ達も探すわ」
「アタシ達?」
「猫にも協力してもらうのよ」
そう言うとコハクは、速やかに靴を履き、近所の公園へと向かった。
◇
公園に着いたコハクが立ち止まると、ベンチの下や草むら、木の上から地域猫たちがぞろぞろと集まってきた。
「……何、この集まり」
「猫集会よ」
「いや、それは分かるけど……」
「ちょっと静かにして。今から聞き込みするから」
コハクは腕を組み、集まった猫たちを見下ろして語りかけた。
「ねえ。今日、この辺で角の家に住んでるおばあちゃん見なかった?」
「ニャオー」
「そうよ、いつもみんながお世話になっているおばあちゃんね、いなくなっちゃったみたいなのよ」
「ニャワワ」
「大変なのよだから、みんな協力してよ」
「ニャハー」
「え? 公園のベンチにはいなかった?」
「ニャ」
「ふうん……」
「ニャニャン」
「なるほど……」
俺の耳には「ニャ」「ニャア」「フシャーッ」という鳴き声にしか聞こえないが、流石はコハク、ちゃんと聞き取っているらしい。
しかし、猫たちの情報提供には大きな問題があった。
「あのおばあちゃん、昼頃に西のほうへ歩いていったらしいわ」
「どこまで?」
「あったかい塀の側」
「……どこだよ、それ!」
「知らないわよ!」
「お前が聞いたんだろ!」
「アタシだって猫語を日本語に翻訳してるだけなんだから、細かいニュアンスまでは分からないのよ!」
さらに別のキジトラが「ニャ」と鳴く。
「あそこの狭いところに入っていったって」
「どこ?」
「狭いところ」
「だからどこだよ!」
俺が突っ込むと、コハクは「これだから人間は」と言いたげに頭を抱えた。
「猫は人間と違って場所に名前を付けないの! 『あったかいところ』とか『犬が来ないところ』『魚の匂いがするところ』で記憶してるんだから仕方ないでしょ!」
雑すぎる情報に頭を痛めていると、片耳の欠けたクロが前に進み出た。
「ニャ」
「……何?」
「ニャニャ」
「……え?」
「どうした?」
「あったかい風が吹き出す箱の裏にいるんじゃないかって」
「……それってもしかして、それエアコンの室外機じゃないか?」
「確かにそうかも知れないわね」
「でも、なんでそんなところに……」
「猫が昼寝する場所だから」
「人間のおばあちゃんが猫と同じ場所で寝るのか!?」
半信半疑で路地裏の室外機へ向かってみると、そこにおばあちゃんの姿はなかった。
しかし、室外機の脇にポツンと、おばあちゃんが買ったと思われる大根の入った買い物袋が落ちていた。
「近くまで来ていた……!」
「猫たちの情報は間違ってないわ」
ここから猫ネットワークが本領を発揮し始める。
「公園にいたグーがおばあちゃんを見た。三毛は西の路地へ向かったと証言。路地裏のサバは細い道を通るのを目撃して、駐車場のトラはその先の空き地に入ったと言ってるわ」
「それじゃわかんないよ……って、ちょっと待てよ」
俺はスマホで地域の地図を開き、指で追っていく。
「公園、西の路地、裏道、空き地……全部、一本の線でつながってる!」
「そうよ」
「猫、すごいな……」
「当然でしょ。アタシ達、毎日この町を歩いてるんだから」
そこへ、ヨボヨボとした老猫のオジジが歩み寄ってきた。
「……ニャ」
「え?」
「何だって?」
「……あのおばあちゃん、疲れて座り込んでるって」
「どこ!?」
「『日当たりのいい日陰』」
「だからどこだよ!」
コハクと俺は顔を見合わせ、同時に思い至った。
「大きな木の陰になっているけれど、地面には隙間からちゃんと日が差している場所」──つまり、水路の先にある神社の大木の下だ!
俺たちは神社へとダッシュした。
境内に入ると、大きな楠の木の根元に、おばあちゃんがちょこんと座り込んでいた。
「おばあちゃん!」
「あら……」
「大丈夫ですか!?」
「ええ。ちょっと道に迷って疲れちゃってねえ……」
怪我もなく、ただ休んでいたらしい。俺が安堵のため息をついていると、いつの間にかおばあちゃんの周りを十匹近い猫たちが囲んでいた。
おばあちゃんも猫たちに気づき、優しく目を細める。
「まあ……あなたたちが教えてくれたの?」
「ニャ」
「ニャア」
感謝を伝えるおばあちゃんに一声返すと、猫たちは仕事は終わったとばかりに、散り散りに去っていった。
◇
翌日。
俺が近所のスーパーへ買い物に行くと、見知らぬおばさんから声をかけられた。
「昨日のお嬢さん、すごかったねえ」
「……昨日?」
「ほら、猫をいっぱい連れて、おばあちゃんを見つけた……」
「ああ……」
「なんでも、あの辺の猫のことなら何でも知ってるんだって?」
「いや、あれは……」
そこへ、店内で猫缶を選んでいたコハクがやってきた。
「主、買い物終わった?」
「お前、ちょっと有名になってるぞ」
「何が?」
「『猫を使って事件を解決する謎の女性』だって。近所じゃ『猫探偵』って呼ばれてるらしい」
「ふふん」
コハクはドヤ顔で胸を張った。
「当然ね」
「否定しないのかよ」
「アタシは猫社会の情報網を統括する、優秀な探偵なんだから」
「統括って、お前ただ猫に聞いてるだけだろ」
「失礼ね! 情報収集と分析を通訳してるの!」
「……ちなみに昨日、最初の有力情報をくれたの誰だ?」
「クロ」
「最後に見つけたのは?」
「オジジ」
「お前、何もしてなくない?」
「失礼ね! 通訳という一番重要な仕事をしてるでしょうが!」
自称・名探偵はぷんすかと怒りながら俺の袖を引っ張った。
◇
それから数日後の夜。
帰宅した俺を迎えたコハクは、ソファの上で深刻な顔をしていた。
「主。大変よ」
「今度は何だ?」
「猫のグーから重大情報が入ったわ」
「……何?」
「向かいの家のおばさんが、昨日高級プリンを二個買ってた」
「…………」
「一個は自分で食べて、もう一個は旦那に見つからないよう隠してるらしいわ」
「……それ、事件なのか?」
「家庭の平和を揺るがす重大事件よ」
「猫ネットワーク、どうでもいいプライバシーまで筒抜けじゃねえか……」
呆れ果てる俺に、コハクはドヤ顔で言い放った。
「でも、あのおばさんがプリンを隠す場所は分かるわ」
「なんでだよ」
「三毛が窓から見てたから」
「お前らの情報網、プライバシー概念どうなってんだよ!」
ポンコツな猫探偵の報告に、俺はただ頭を抱えるしかなかった。




