テレビ通話と世界一タチの悪い誤解
『──でね、お父さんが最近また腰を痛めちゃってさ。あんたも一人暮らしでちゃんとご飯食べてるの?』
スマホの画面越しに、実家の母親の顔が映っている。
今日は母の誕生日だ。
近況報告がてら顔が見たいと頼まれ、俺は休日の夕方、リビングのテーブルにスマホを立てかけてテレビ通話をしていた。
「食べてるよ。一応自炊もしてるし。母さんも身体気をつけてくれよな」
『はいはい。まあ元気そうで良かったわ』
ピンポーン。
言葉を遮るように、部屋に軽やかなインターホンの音が響いた。
「あっ、ごめん母さん。宅急便来たみたいだから、ちょっと待ってて」
『いいわよ、ゆっくりどうぞ』
俺はスマホをテーブルに立てかけたまま立ち上がり、玄関へと向かった。
◇◇
リビングのソファの影で大人しく丸くなっていた茶トラ猫のコハクが、パチッと目を開けた。
主が部屋を出て行ったのを確認すると、コハクの琥珀色の瞳が輝いた。
(……主、さっきから誰と楽しそうにお話ししてるのかしら?)
気になったコハクがテーブルに近づき、画面を覗き込もうと前脚を伸ばした瞬間──
ポンッ!
軽い白い煙とともに、コハクが人間の姿になった。
ふわりとしたパジャマ姿の「24歳の自称美少女」へと変身したコハクは、煙を手で払いながら、画面に映る見知らぬ女性とバッチリ目が合ってしまった。
『あら……?』
画面の向こうで、母が目を見開いた。
コハクもまた、画面に映る母を興味津々で見つめ返し、画面に向かって首を傾げた。
『可愛い子ね……彼女さん?』
「カノジョ……? ううん、違うわ」
コハクは素直に首を振った。
彼女という概念はいまいちピンとこない。
だが、自分と主の関係性を表すもっとも正しく、誇らしい言葉なら知っている。
コハクは満面の笑みで言い放った。
「アタシ、あの人のペットなんです」
『ペット……? ええと、それは……どういう意味で言っているのかしら?』
「どういう意味って、そのままの意味よ」
『えぇぇ……それって、そういう……? い、いえ何でもないわ! それで、いつからなの?』
母の動揺を余所に、コハクは嬉々として語りだす。
「ええと、ちょうど一年くらい前! 雨の日に主がアタシを拾ってくれたの! 毎日すごく優しく撫でてくれて、ご飯もくれるのよ!」
『拾った!? 雨の日に!? なんてロマンチックなの……!』
母の瞳がカッと爛漫の輝きを宿す。
コハクはさらに無邪気な追撃を重ねた。
「そうかしら? 主のニオイが一番落ち着くから、毎日一緒に寝てるの!」
『毎日一緒に寝てる!? あらあらあらまあまあまあ!!』
頬を赤らめる母と、純粋無垢な笑顔で爆弾を投げ続ける自称美少女がそこにいた。
◇◇
ハンコを押して荷物を受け取り、リビングへ戻ってきた俺は──
画面に向かって「ええ、主は下僕だけど最高の飼い主よ!」とニコニコ顔で語るコハクと、画面越しに『まあ素敵! あのこったら、やるじゃない!』と歓喜の表情を浮かべる母の姿を目撃した。
「……は?」
思考がフリーズした。
「……ちょっと待て! 何やってんだよお前たちーっ!?」
俺は悲鳴を上げながらテーブルに飛びつき、コハクとスマホの間に割って入った。
『あら、戻ってきたのね』
画面の母は、完全に「息子の隠し彼女を見つけた母親」のニヤニヤ顔になっていた。
『まあ、綺麗なお嬢さんね』
「でしょう? アタシ、自分でもかなり可愛いと思ってるの」
「自分で言うな」
『正直でいい子じゃない』
「いや、ちが……っ! これはその、かっ会社の後輩が資料を届けに来てくれた、だだだけで……」
『会社の子が資料を? うふっ、パジャマ姿で届けてくれるなんて、そんな嘘をついて取り繕わなくても良いのよ』
「ああぁぁ、違うんだってばああぁぁ」
「主の会社って、男の人ばっかりじゃなかったっけ?」
隣でコハクが余計な事を言ってくる。
お前は今、俺の味方なのか敵なのか、どっちなんだ。
『聞いたわよ。雨の日に出会ったとか、毎日一緒に寝ているとか。でもね、ペットっていうのはあんまり感心しないわね』
な、なんで、こんなタイミングで、コハクが人間になるんだよ。
しかも、完全に誤解しているし。
全くもって最悪な事故である。
「だから、これは事故みたいなもんなんだってぇ」
「事故ってなによ! 失礼ね!」
隣でコハクが不満そうに俺の袖を引っ張ってくる。
画面の中の母が、今まで見せたことがないほどの驚愕の表情を浮かべた。
『事故……?! まさか、できちゃったんじゃないでしょうね?』
こんなやりとりをみて、母はとんでもない勘違いをしたらしい。
「そうなの、主がちゅ〜るをいっぱい食べさせてくれるから。お腹が少し膨らんできたの」
『まぁ』
「いやそれは、ルーズスキンっていう脂肪だってこの前いってただろ……」
『こらっ、おめでたいことをそんな風に言うんじゃありません! ちゃんと責任を取りなさい!』
「だから、違うんだって母さん! 事故っていうのは文字通りの意味で──」
『いいのよ照れなくても! お母さん、すごく嬉しい! 最高の誕生日プレゼントだわ! 孫の顔を見るのが楽しみね。今度実家に二人で遊びに来なさいね!』
「話を聞けぇぇぇ!!」
俺の絶叫も虚しく、母は『じゃあね、お邪魔虫は退散するわ!』とテンション爆上がりで勝手に通話を切ってしまった。
ブツッと切れた画面。
静まり返るリビング。
俺は真っ白になった頭で、膝から崩れ落ちた。
「……終わった。」
夜には親父に伝わって、明日には親戚のグループLINEに流れて、週末には赤ん坊用の靴下が届く……
「なによ、そんなに落ち込んで。アタシが話してあげたんだから感謝してほしいくらいだわ!」
ドヤ顔で胸を張るコハク。
「感謝できるか! 『ペットです』とか『一緒に寝てます』とか、人間同士の会話で言ったらどうなるか分かってんのか!?」
「だって事実じゃない! アタシは主のペットだもん!」
「そういう意味じゃねええええ!!」
頭を抱えて絶叫する俺の横で、コハクは不思議そうに首を傾げながら、俺の頭を「よしよし」と優しく撫でてくるのだった。




