秋空の迷子猫捜索劇
爽やかな秋晴れの日曜日。
俺とコハクは、気分転換を兼ねて近所の公園沿いの遊歩道を散歩していた。
ニット姿のコハクは、道端に咲くコスモスや風に揺れる街路樹の葉を物珍しそうに眺めている。
俺の隣を歩く足取りはご機嫌で、ワイドパンツの裾がロングスカートのように揺れていた。
その時だった。
「……あ」
コハクがぴたりと足を止めた。
視線の先、公園の植え込みのすき間から、一匹の小柄な三毛猫が顔を出していた。
三毛猫はコハクを見るなり、切羽詰まったような声で「ニャ〜オ、ニャ〜オ」と慌ただしく鳴いた。
「どうしたんだ、コハク?」
「……うん。アタシたちの『猫ネットワーク』の緊急連絡みたい。ちょっと急用ができたわ」
コハクは真剣な表情で俺を見上げると、迷いのなく俺の手を握ろうと手を伸ばしてきた。
「急用ができたから、猫になりたいの。さわって」
「えっ? ちょっと待っ──」
ポンッ!
手に触れた瞬間、軽い破裂音とともに一瞬の白い煙が立ち込める。
煙が晴れると、そこにはさっきまでコハクが着ていた服が、バサリと地面に落ちた。
そして服の首元からひょっこりと顔を出した茶トラ猫のコハクは、ちょっと行ってくるというように「にゃ」と鳴き、三毛猫の後を追って路地の奥へと消えていった。
「あ、おい! コハク!」
俺の呼びかけも虚しく、二匹の姿はあっという間に見えなくなった。
一人取り残された俺は、地面に落ちているコハクの服を見つめ──ふと、背筋に冷たいものが走った。
(……待てよ?)
思考を巡らせる。
コハクは急用で猫に戻り、三毛猫とどこかへ走り去っていった。
そして、目の前には彼女が着ていた服が丸ごと残されている。
(……これ、冷静に考えたらめちゃくちゃマズイんじゃないか……!?)
いつになるかは分からないが、コハクは勝手に「人間の姿」に戻るはずだ。
だが……その時、この服がなかったらどうなる?
まさか、服がないまま人間に変身するのか……!?
しかもここは、住宅街の真ん中だ。通りには買い物帰りの主婦もいれば、遊んでいる子供たちもいる。
そんな場所で24歳相当の自称美少女が全裸で出現したら──
「一発で警察沙汰になるーー!!」
俺の社会性と人生、そしてコハクの尊厳がかかっている。
俺は青ざめた顔で地面の服をひっつかむと、コハクたちが消えていった路地へと猛ダッシュを開始した。
◇
「コハクー! どこだー! コハクーーッ!」
必死の形相で街中を探し回る俺。
すれ違う歩行者からの「あの人、なんで女性の服を持って走ってるのかしら……」という冷ややかな視線が痛い。だが、そんなものを気にしている余裕はなかった。
角を曲がり、小さな公園の裏手に回った時だった。
日当たりの良い空き地で、三毛猫と鼻を寄せ合っていた茶トラ猫──コハクの姿を発見した。
「ハァ、ハァ……! いた……っ! コハク!」
俺は安堵の息を漏らし、抱えていた服を掲げながら駆け寄った。
「おいコハク! 服忘れてるぞ! 今人間に戻ったら大変なことに──」
俺の声に反応し、コハクが振り向く。
その瞬間だ。
ポンッ!
一瞬で目の前を包み込む、見慣れた白い煙。
「しまっ──!?」
俺が服を差し出すより早く、コハクは人間化してしまったことを悟った。
(終わった……間に合わなかった……!!)
俺は絶望のあまりギッと目を瞑った。
脳裏を過ぎるのは、秋空の下で人々の視線を浴びるコハクの姿と、遠くから聞こえてくるサイレンの音。
俺は恐る恐る、片目だけを開けて煙の向こうを確認した。
「……どうしたの、主? そんなハトが豆鉄砲喰らったみたいな顔して」
煙が晴れたそこに立っていたのは──
先ほどまでの服を、何事もなかったかのように完璧に着こなしているコハクだった。
「……え?」
俺は間抜けな声を上げた。
そして、反射的に手元を見た。
そこにあったはずの服は、まるで最初から存在しなかったかのように消えている。
「あ、あれ……? 服……俺が持ってた服は……!?」
「何言ってるの? 服なら最初から着てるじゃない」
コハクは不思議そうに裾をつまんでみせた。
どこからどう見ても、いつも通り可愛らしいコハクの姿だ。
「い、いや……だって、猫になった時、地面に服が脱ぎ捨てられてただろ!? だから、人間に戻った時に裸になっちゃうんじゃないかって不安になって、急いで持って追いかけてきたんだよ!」
「ふーん……」
コハクは呆れたように首をかしげ、ふっと可笑しそうに口元を緩めた。
「主ったら、変な心配してたくのね。今まで、アタシが人間に戻った時に裸だったことなんて一度もなかったでしょ?」
「た、確かにそうだけど……物理的に服が残ってたから……」
「よく分かんないけど、人間に戻れば、服も勝手に元通りになるのよ。服は猫の毛皮みたいなものなんじゃない?」
「じゃあ、今まで俺が服を持って走ってきた意味は……」
「ないわね」
「そっ……そうだったのか」
俺は肩の力を一気に抜き、その場にへたり込んだ。
「まぁ、俺の余計な不安だけで済んで良かったよ……。本当に焦ったんだぞ」
「ふふ、でもアタシのためにそんなに必死になって走ってきてくれたんだ」
コハクは嬉しそうに目を細めると、しゃがみ込む俺の隣に並んで座り、俺の腕にギュッと抱きついてきた。
「主、ありがとね。……あ、ちなみに三毛ちゃんの急用はね、カラスに取られそうだった美味しいキャットフードの回収だったの! 無事に回収できたから、すっごく感謝されたわ!」
「そうかそうか、お手柄だったな……って、俺はそのために服を抱えて街中を走り回ってたのかよ!」
「それは、主が勝手に慌てただけでしょ?」
秋の温かい日差しの中、俺は安堵のため息をつきながら、自分に甘えてくる元猫の美少女を愛おしく思うのだった。




