自称美少女は抱き方にうるさい
「よいしょ」
リビングの床でくつろいでいた茶トラのコハクを、俺はいつもの慣れた手つきで抱き上げた。
俺は昔から猫の扱いには自信がある。
猫を抱く時の鉄則は「身体を安定させること」だ。
片手で腕から胸のあたりをそっと包み込み、もう片方の手のひらで、ずっしりとしたお尻をしっかりと下から支える。
身体がグラつかないこの抱っこは、コハクにとっても一番安心できる体勢のはず──
……だったのだが。
(……待て)
コハクを持ち上げた瞬間、俺の動きがピタリと止まった。
(俺の手、今どこを支えてる……?)
手のひらに伝わる、柔らかく温かい愛猫の重み。
その右手が今、がっちりと包み込んでいるのは──コハクの丸くて可愛い「お尻」だ。
普通の猫なら、何も考えない。
当たり前のようにお尻を支え、そのまま終わりだ。
だが、こいつは違う。
触れると猫に戻り、放っておくと勝手に人間になる自称・24歳美少女。
脳裏に、あのダボダボのTシャツ一枚で無防備に過ごす人間姿のコハクがフラッシュバックした。
すらりと伸びた白い生足、キュッと引き締まったウエストから繋がる、あのグラマラスで無駄に主張の激しいお尻のライン。
(…………っ!?)
急激に血の気が引き、次の瞬間には顔に爆発的な熱が昇った。
(アカン!! 俺は今、24歳美人のお尻を手のひら全体でジャストフィットで揉み込んで……いや支えているのでは……!?)
一度芽生えた意識は、もう消えてくれない。
パニックに陥った俺は、慌てて右手をお尻から引き離した。
しかし、お尻を支えないと猫の身体は前後にグラグラと揺れてしまう。
仕方なく、俺は指先だけでコハクの太ももの端っこを「ちょん……」とつまむような、極めてぎこちない持ち方に変更した。
「にゃ?」
身体が不安定になったコハクは、不満げに耳をペタリと伏せ、首だけをくるりと捻って俺を睨みつけてきた。
「にゃにゃ!」
「……」
どう考えても、持ち方がおかしい事を言っているのだろう。
ジト目で見つめられ、冷や汗が背中を伝う。
コハクからしてみれば、いつもしっかりと身体を固定してくれた安心の「抱っこ」が、突然グラグラと頼りないものに変わったのだから不審に思うのも当然だ。
だが、理由を言えるわけがない。
『お前が人間になった時のグラマラスなお尻を想像してしまって、照れくさくて手が添えられません』
こんなこと正直に白状したら、爪で顔面をズタズタにされるか、ドン引きされるかの二択だ。
俺が挙動不審に視線を泳がせながら、指先でつつくようにコハクを持ち上げていると、ついに彼女の堪忍袋の緒が切れた。
「ふにゃーっ!」
怒りの声をあげると、俺の腕からスルリと抜け出た。
数歩離れたところでゆっくりと立ち止まり、恨めしそうな視線で振り返る。
そして──ポンッ!
軽い破裂音と一瞬の白い煙。
煙が晴れるとそこには、人間姿のコハクが、仁王立ちで腕を組んでいた。
「呆れたわ主! ずっと一緒に暮らしておいて、猫の正しい抱き方すら忘れるなんて!」
「いや、お前が人間になるから意識しちゃってだな……」
「言い訳無用! いい? 猫っていうのはね、お尻をしっかり支えてあげないと不安になる生き物なの!」
顔を真っ赤にしてお説教を始める自称・24歳美少女。
彼女は俺の前に突進してくると、俺の腕をとって強引に自分の腰とお尻のあたりに引き寄せようとした。
「ほら! ここ! ここにこうやって、ガバッと手を回して下から持ち上げるのよ! 分かった!?」
「待て待て待て! 人間の姿でそれを実演指導するな!! 理性が弾け飛ぶわ!!」
「なによ! 美少女が直々に伝授してあげてるんだから感謝しなさいよ!」
ドヤ顔で指導してくるポンコツ美人と、必死に目を逸らしながら手を開く社畜飼い主。
結局その日、俺は彼女が満足して猫に戻るまで、真っ赤な顔で「正しい抱っこ講座」を受けさせられる羽目になったのだった。




