03.河川敷の空港
「当機は、まもなく富山空港へと着陸いたします。座席の背やテーブルを元の位置に戻し、シートベルトをお締め下さい。」
機内アナウンスが流れる。
機内のビデオ放送が終了し、画面が着陸風景に切り替わる。
◇
飛行機は、ゆっくりと高度を下げてゆく。画面には富山平野が映し出される。飛行機が段々と高度を下げるにつれて、建物や道路がはっきりと見えるようになってくる。そして、画面にはやがて、富山平野で最も大きな川、神通川が大きく映し出されてくる。
飛行機は、さらに高度を下げる。神通川を渡る橋が見えて来る。さらに高度を下げると、その橋を行き来する車の形まではっきりわかるようになってくる。
初めて富山空港に降りる乗客は、大体このあたりでちょっと不安になってくる。飛行機は一体どこに降りるつもりなんだ?滑走路はどこだ?こんなに高度を下げて、このままでは河原に墜落してしまうぞ?
やがて、神通川の河川敷に、富山空港の滑走路が見えて来る。
そう、富山空港の滑走路は河原にある。日本で唯一の河川敷空港なのである。
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極東新聞の記者、宮本雄一郎は、二年ぶりに富山を訪れていた。
空港でレンタカーを借りると、黒部川へと向かう。
今回の目的は、黒部川殺人事件に関する、幾つかの疑問点の検証である。
「吉沢さんは、思い切り嫌そうな顔をしていたな。」
車を運転しながら、宮本はひとりごちてみる。吉沢から見れば、宮本がやっていることは、既に解決済みの古い事件の蒸し返しである。そんなことをしている暇があったら、追いかけるべきネタは他に幾つもあるだろう、と口に出しては言わなかったが、そんなことを言いたそうな顔をしながら出張届に判を押した。
宮本がまず向かったのは、宇奈月町音沢地区。被害者の老夫婦の住居があった場所である。
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音沢は、黒部川中流部の川沿いにある集落だ。集落は、黒部川が緩やかに蛇行する部分の川裏側にあり、山と川に挟まれた河岸段丘のような場所にある。川との間には十数mほどの高低差があり、堤防はない。普段は水に浸かることはまずないが、大きな台風の接近などで黒部川が増水すると、住宅地が浸水することもある。川の蛇行の裏側なので、浸水するときは、ゆっくりと水が来る。
音沢に着いた宮本は、邪魔にならない場所に車を止めると、集落を歩きながら検分を始めた。
被害者の自宅は川よりも山に近い側にあった。そこから黒部川までは200m程の距離がある。自供から、犯人が、殺害後2人の遺体を運んで増水した黒部川に捨てたということになっているが、人力ではまず不可能だろう。やったとしても一人ずつしか運べないだろうから、自宅から川までの2往復が必要であり、人に見られずにこれを実行することは困難だ。車を使えば可能だったろうが、木山さんは当時車など所有していなかった。盗んで使ったのだと言われればそれまでかも知れないが、当時の警察の記録には車の盗難等の事実は見当たらない。
いずれにせよ、事件当日は川の周辺を河川事務所や消防の車両が巡回していたはずだ。どんな手段を使うにせよ、これらの車に見つからずに2人の遺体を川に遺棄するのは、かなり困難なことだと思われた。
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宮本は、川に降りてみた。
このあたりは、黒部川が扇状地に出る直前くらいの場所で、蛇行の川裏側にはそれなりの面積の河原が広がるが、生えているのはほとんどがヤナギで、アキグミは見当たらない。澪筋の近くまで行ってみたが、バイカモも見当たらない。まあ、そもそもこんな大きな川の本流には生えることのない水草である。
再び音沢の集落に戻る。
音沢の集落内には、バイカモが生えそうな農業用水路はない。黒部川がすぐ近くにあるが、川からは20m程の段差があるため黒部川からは水を得ることはできない。対岸の左岸側には黒部川の上流から取水した農業用水路があるが、音沢のある右岸側にはない。山からの沢水を引いた水路はあるが、そうした水量の安定しない小さな流れにはバイカモは生えない。実際、集落内の水路には、バイカモは影も形も見当たらなかったのである。
となれば、高橋直市さんが死亡した場所は、この集落内である可能性はかなり低い。
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音沢集落の背後の山には、音谷という黒部川の小さな支川がある。木山 隆さんは、この音谷の上流付近に小屋を建て、木地師をして生計を立てていた。この川沿いには、質の良いトチノキやケヤキが生えていて、木山さんはそれを切って木地挽きの椀などを作って暮らしていたのだ。
逮捕当日持っていた多額の現金は、全部自身の稼ぎである。当時は大雨で、自分の小屋が建っている斜面ごと崩れそうになり、手持ちの現金を全部持って避難しようとしていたのだという。
木山さんは、逮捕後にその話を何度もしたが、誰も聞いてくれる者は居なかったそうだ。
ひどい話だ。
彼が山窩でなければ、一人くらいは話を聞いてくれたものが居たかも知れない。
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音沢地区をひと通り歩いて車に戻った宮本は、今度は3km程下流の大きな農業用水堰、愛本堰堤を目指した。




