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ラチサ  作者: 藤ノスエ
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31/33

31. 中学2年 9月 爽涼へ

今回、長いです。

 朝、目が覚めたら、目覚まし時計かけてた時間より、5分早かった。

 薄明るい部屋の天井を見ながら、5分待つことにしたけど、けっこう長い。起きちゃおうかな。でも、もったいないようで、もう一度時計を見たら、2分前だ。

 後、2分。後、2分で始まる。わたしの人生が…

 なんちゃって、気取ってみたって、何も起こらない。

 魔法使いだっていうのに。

 魔法使いだったら、どんなふうにするかなぁ。時間を止めたって止めっぱなしってわけにはいかない。時間を止めて、嫌なことをやり過ごす。

 わたしが時間を止めている間、他の人はどうなんだろう。普通に日常を過ごしてるのかな? 何事もなかったように…というか何も知らずにいるのかな。

 その世界でわたしの存在は? いつも通りなのかな? それともわたしが止まった、いない世界?

 もしかして、今、目覚めた瞬間も、誰かの止めてた時間が動き出した時間だったりして。

 えー? 誰かしら? わたしじゃない、誰か。ひゃーっと足をばたつかせてたら、目覚め時計が鳴った。

 やっぱり、長い。


 バス停で待ってた時、ふと思った。

 わたしがバス停にいるの知り合いが見たらどう思うかな?

 どこ行くのかしら?

 学校どうしたのかな?

 何かあるのかな?

 バスの中にだっているかも。一個前のバス停はカンナ小のそばだし…声かけられたらどうしよう。

 “ちょっと市役所に…”

市役所になんの用事があって中学生が一人で行く?

“市役所の近くにちょっと…”

それくらいだったら、変に思われないかな。

“ちょっとムツキ図書館に…”

あ、それで市役所前で降りたら変じゃん。

 そうだなぁ。その時決めよう。よく、母が言ってる“その時はその時”ってやつ。

 誰にも会いませんように。


 市役所の手前のバス停で降りた。

 誰にも会わなかった。よかったけど、毎日これじゃあね…ああ、もうめんどい。

 「まーゆーちゃん」

突然、声をかけられた。

「おっはよ」

「えっ?タキちゃん?」

 タキちゃんは私服だった。それもブリブリのフリルたっぷりのパステルオレンジのワンピース。

 いや、制服着なくていいと書類に書いてあったけど、いや、逆に目立つって。制服着るのも嫌な人への配慮だろうけど。戸惑ってると

「バスだったんだねぇ。降りたところ見たからさ、追いかけてきた。ちょっと待って」

とこれもブリブリのトートバッグから、ブリブリの水筒をだし、一口飲んだ。

 「池澤先生に今日から眞悠ちゃんくるって聞いたからさ」

「タキちゃん、なんできたの?送ってもらった?」

「歩き」

「歩き!マジ?」

わたしの反応がよっぽど面白かったのか、クスクス笑って

「1時間もかかんないよ、45分くらい?“リーアナ”側からくるよ」

「はぁー、すごいね」

 駅に繋がる県道がバス路線だが、もう一本南側に広い国道があり、そっちを歩ってきたと言う。“リーアナ”は国道沿いに建っている。市役所に来るには、少し遠回りだが、大した差はない。

 途中、県道と合流するとすぐにバス停はある。やっぱり人目かなぁ。人目だったら、もっと気を使うよね、服…


 爽涼の中学に何人いるかは知らないけど、一斉に見られて、恥ずかしいと言うより嫌だ。でも仕方ないんだ、転校生みたいなもんだ。

 男子が3人で、女子がわたしを含め6人。

 男子1人がTシャツにジーンズ、女子1人がパーカーにハーフパンツ、とタキちゃん以外は制服。

 ジャージで来ようかななんて思った。


 男子は全員3年生で、1年生と2年生が1人ずついるけど、今日は来てない。1年生の子は一回しか見たことない。

 女子は、セーラー服の子が2年生で、後は3年生。1年生がやはり1人いるけど、ほとんど来ない。

 毎日来てる人ってほとんどいないと思うよ。わたしだってそうだもん、とタキちゃんが教えてくれた。


 セーラー服の子の隣に座らされた。

「尾野です。よろしくお願いします」

と先に言われてしまって、ドギマギしてしまった。

「よろしくお願いします。礒田です」

 セーラー服の胸元に校章の刺繍があって、学校名が読めた。駅の近くにある私立の女子校だ。小、中、高、短大がある。

 私立の人も来るんだ。私立でも不登校っているんだな。いるか…そりゃ、いるよね。


 尾野さんは、ぱっつん前髪のあごのラインのボブなんだけど、小さな子って感じ。

 そしたら、例のルカンシシーの落書きの子だった。落書きが日誌(ファイル)の表紙にも中にもいっぱいでルカンシシーだけじゃなくて、少年漫画のキャラとか、猫もいっぱい描いてあった。

「猫好きなの?」

「うん。大好き。家に3匹、猫いるよ」

嬉しそうに言う。

「3匹!うちは1匹いるよ。弟みたいなもん」

「弟!わかるぅ〜。うちもそうだよ。おじいちゃんだけど」

とニコニコ笑う。

 配られたプリントにも、さらさらと描いていく。上手だ。描き慣れている感じ。

 猫好きでよかった。なんかホッとした。


 国語のプリントは漢字の書き取りだ。丁寧に書いていこうと思ってたら、尾野さんはササーッと仕上げて、裏返して落書き。本当に好きなんだなぁ。ついつい手元を見ちゃう。

 以前、来た時は大きなテーブルが1台だったが、今日は2台で、それぞれに、3年女子、2年女子が座った。隣の部屋へのドアも開け放たれていて、教室と同じような机と椅子があり、男子が座っていた。

 それぞれ、課題が出されて取り組んでいる。


 昼食時間になり、そのままのテーブルで食べた。母がお弁当を作るよって言ってくれたけど、今日は断って、昨日コンビニで買っといたメロンパンとチョココロネ、麦茶のペットボトルを持ってきた。初日で緊張しすぎて、食べられないといけないと思っちゃったから。

 パーカーの3年生の女子がわたしたちの向かいに移動してきて、わたしを見てペコッと会釈した。

「あ、こんにちは。よろしくお願いします」

とドキドキで言ったら

「3年の佐々でーす。よろしくね」

とピースをしてきた。

 「さっつぁんだよ。佐々だから」

と尾野さんが言った。

「やっちゃんは“尾野やずは”だからやっちゃん。礒田さんは眞悠ちゃんでしょ?」

「はあ、イソちゃんと言う人もいます」

なぜか敬語。

「さっき、タキちゃんが“眞悠ちゃん”て呼んでたからさ」


 タキちゃんはいなかった。トイレかな。

 他の2人の女子の3年生が、こっちを見て、やはりペコッと会釈した。わたしも

「よろしくお願いします」

って返したら、1人が手を振ってくれたので、ちょっと安心した。

「眞悠ちゃんはタキちゃんと同中なの?シモツキ中?」

「あ、はい、そうです」

さっつぁんは笑って、

「タメでいいよ。わたしはハズキ中央だよ」

ハズキ中央は市役所に一番近い。

「やっちゃんはフミ学苑だよ。公立だったら同中だったよね」

「そうだね〜」

 やっちゃんは弁当箱の蓋を閉めた。弁当箱は美少女アニメのキャラクターのイラストでお揃いのバンダナに包んだ。

 それは幼稚園の頃に流行ったアニメで、その頃の女の子たちは七夕の短冊に、そのキャラクターになりたいと書いていた。もちろんわたしも。


 タキちゃんは市役所の売店でパンを買って、外のベンチで食べてたとか。本当はダメで、戻ってきた時にけっこうきつめに注意されてた。

「いつもなんだよ」

やっちゃんは笑っていた。駐車場に来てるキッチンカーや最上階の展望食堂に行ってるとか。

 なんかすごいな。いい子でそういう感じの人じゃないと思ってたから、朝からびっくりさせられてばかりだ。そもそも、不登校だったっていうのも驚きだけど。


 緊張の1日が終わり、日誌を書いた。感想をなんて書いていいのかわからず、よろしくお願いします、と書いといた。

 男子たちはさっさと帰ってしまい、いつのまにかタキちゃんもいなかった。

 やっちゃんが

「行こう」

と声をかけてくれたので、残ってる人たちや先生たちに一応

「さようなら」

と言った。

 さようなら〜バイバ〜イと返してくれた。

「あっ!礒田さん、ちょっと待って」

と池澤先生に呼び止められた。池澤先生は別室に行き、すぐ戻ってきた。何か冊子みたいなものを持っている。

「これ、通信制高校のパンフレットなんだけど。こういうところもありますよって、参考になるからね」

「sora学舎(そらがく)の?」

やっちゃんが覗き込む

「それと、菅嵐(すがらし)よ」

「わたしも欲しい」

「あっ、持ってない?今年度版。3年にしか渡さなかったっけ?」

と言いながら、取りに戻った。

 森林の入り口みたいなところに制服の男女4人、多分高校生が立っていて、楽しそうにおしゃべりしてる写真の表紙だ。

 なんのことかわからないけど、高校のパンフレットだ。夏休み前に志賀先生にも、何校か私立のパンフレットをもらっていた。ピンと来なくて、あまり読まなかったけど、母は熱心に読んでた。


 建物から出て、市役所の敷地から出ると、さっつぁんが

「うち、こっちなんで、バイバ〜イ」

と左方向に曲がって行った。

 やっちゃんは目の前の3階建てのビルを指差し

「このビルの向こうのマンションなんだよ。さっつぁん家」

と、そびえる紫と茶色が混ざったような外壁の高層マンションを見上げた。

「近いねぇ、こんなに近いと来やすいね」

「30分前に起きるとか言ってたことあるよ」

「うらやましい」

本心だ。これだけ近かったら、わたしだったら毎日来てもいいや。

 バス停に来ると、やっちゃんはわたしの横に立った。

「バス?」

「バス来るまでいるよ」

「えー!いいの?悪いよ」

と言うと

「いいよ、すぐだから」

と言う。

 バスの本数が多い路線だから、すぐ来るから大したことないってことかな。

「あっちの八百屋さんの入ってるマンションなんだ」

反対側の県道と国道の合流地点に7階建てのマンションがあり、1階は老舗らしき店構えの青果店がある。

「なんだ〜、やっちゃんも30分コースじゃん」

「そだよ」

へへっと笑った。

 笑うとちょっと細めの目が、文字通り“への字”になって可愛らしい。初めて会ったけど、なんか話しやすい。

 すごく気を使わせているのかもだけど、あまり感じない。わたしだったら、ぎこちなくて、言葉に詰まっちゃいそう。

 初日で緊張して疲れたけど、学校に久しぶりに行った時よりはよかったかも。

 明日も来られるかなぁ。これこそ明日は明日の風が吹くってヤツ?

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