17. 中学1年 3月 爽涼
市役所の本庁舎は地下2階地上8階建のビル。ガラス張りになってて、周りの景色が映り込んで、ずっと植栽が続いているみたいに見える。
市役所入って通り抜け、外に出てまた別の建物に入った。こっちはちょっと古そうで学校の校舎っぽい。“第2別館”と書いてあった。
入ってすぐ曲がると長い廊下があり、左側に部屋が続き、右側は窓で、これも校舎みたい。
途中の窓側に渡り廊下があって渡り、突き当たりの壁に
“ ← 相談センター, 爽涼 ”
と案内が出ていた。
そっちを見ると、大きなガラスのドアがあり、そこに
“ハヅキ市教育委員会 相談センター”
と大きく書いてあった。
中に入ると正面に大きな階段があり、その脇に棚があり、図工の作品みたいな展示物が置いてあった。
壁は幼稚園の教室みたいに、紙装飾があって、雛祭りの飾りだった。
そして四葉のクローバー型の紙4枚に、それぞれ、“爽”“涼”“そう”“りょう”と書かれていた。
ここなんだ。
それにしても、別館に入ってからここに来るまで、誰にも会わなかった。人の気配や物音はしてたけど。それでここも静かだ。
展示棚の横に通路があり、天井から看板がぶら下がっていて“学外支援学級 爽涼”と書かれていて、レースのカーテンがかかっている。
”爽涼“という名前は聞いていた。
カンナ小の方は”俊爽“というらしい。なんだか両手を広げて「こっちへいらしゃーい」って迎え入れられるようなイメージでイヤだなと思っちゃった。
他の教室も“清流”とか“若駒”とかいうらしい。それもなんかねぇ。なんか、こう、普通に地名とかさ、そういうのがいいんじゃない?
カーテンを開けると、玄関スペースで下駄箱やら傘立てやらあった。
来訪者用のブザーがあって母が押すと、すぐ”中学“とプレートの付いた扉が開いて女の人が出てきた。
扉は二ヶ所向かい合っていて、もう一つは”しょうがっこう“と書いてあり、やはり雛祭りの装飾がしてある。
「お電話しました礒田です」
と母が言うと
「ようこそ。きてくださってありがとうございます」
と女の人は言った。
女の人って言うより、おばあちゃん、いや、おばあちゃまって感じ。
なんか東南アジアのお姫さまみたいな服で、白髪混じりの長い癖毛(ソバージュかもだけど)を青いスカーフで束ねていて、アイメイクはしてないっぽいけど、口紅だけが信じられなようなピンクだった。
口許ばっかり見ちゃう。
魔法使いのおばあちゃんじゃないの?
スリッパに履き替えて中に入ると、絨毯敷の部屋に大きな会議机が2台とパイプ椅子が数台置いてあった。
壁にロッカーがあり、それぞれ名前が付いていて、ファイルが置いてあった。
ホワイトボードには今日の日付けと天気晴れと書いてあった。隅っこにゲームのキャラクターの悪戯書きがあり、わたしも好きなゲームだったから、好きな子いるのかなと思うと、ちょっと嬉しい。
隣りの部屋から、もう1人女性が出てきた。
「責任者の池澤です」
と言った。
この人も、もう本当におばあちゃんだけど、黒のパンツスーツで、ベリーショートカットの髪は黒々してて化粧っ気もない。
さっきの人もだけど、多分、教職をリタイアして、ここに来ているんだと思う。校長でもやってたのか?
中学に、小学校もだけど、定年退職して再雇用されている補助教員がいた。同じだとは思うけど、その人たちよりは年上に感じる。70歳近い感じ。超おばあちゃん魔女たち?
おばあちゃま魔女はおしゃべりで会話どろぼうってやつ? 無邪気で悪気はまったくないのがわかる。
責任者魔女はおばあちゃま魔女がしゃべり出すと黙る。苦笑したりわたしたちを気使ったりしない。しゃべり終わるのをただ待つ。手元の資料に視線を落としているだけだ。
わたしの趣味の話になって、漫画やアニメが好きとかゲームやってるとか言ったら
「まあ!アニメ? “ルカンシシー学園”とか?」
とおばあちゃま魔女が言った。
一瞬言葉が出ずに、はぁ、まぁしか言えなかった。
“ルカンシシー学園”はゲームだけど、魔法少女たちがたくさん出てくる。アニメじゃないけどね…?
魔法少女! ⁉︎ ‼︎
魔法少女ーーーっ‼︎
昨日もやってたじゃん!
なんで? なんで気づかなかったのよー!
「ほら、その絵、そうでしょ?」
おばあちゃま魔女はホワイトボードを指差した。
「先週入った子が描いたのよ。大好きなんだって。その子も1年生でね、“ルカンシシー学園”のこと夢中でお話ししてくれたわよ。おともだちになれるかもしれないわね」
と胸の前で手をたたいて、ニッコニコで笑う。
いつから通うかは、決めなかったが、いつでもいいですよと言ってくれた。
9時半から2時までだけど、ゆっくり登校してもいいし、2時過ぎてもいいとも言われた。
ここに来るのかなぁ…学校よりはマシだけど。
帰り際、おばあちゃま魔女がガラス張りの玄関まで送ってくれて、市役所の中を通らずにバス通りに出られる経路を教えてくれた。
そっちを行くと、一つ前のバス停に出られた。
「ここからの方が近いね」
と母が言った。
責任者魔女とおばあちゃま魔女が母に名刺を渡した。バスを待ちながら見てたら、おばあちゃま魔女は三神先生という。
三神だって、三上じゃないんだ。なんかすごくない? 三神ってなに? 天照、月読、素戔嗚? 違うか。
東南アジアの神様?
ますます魔女っぽい。
池澤先生は三神先生みたいな魔女に一家言あるけど言わない偉い魔女って感じなんだね。
バスを待ちながら、母に
「ロッカーで気づいた?」
と聞かれた。
室内の説明をされて、ロッカーも1人1つ使える。ロッカーにそれぞれ日誌が置いてあり、帰りのホームルームで、今日1日やったことや、感じたことなど自由に書いていい。後で先生がコメントを書き込む。
池澤先生がいくつか取って、ペラペラッと見せてくれた。
「知ってる人のだったでしょ?」
「えっ?気づかなかったよ、誰?貴子ちゃん?」
だったら、行きたくないんですけど。
「貴子ちゃんは“俊爽”だって言ってたじゃない、大塚先生が」
あ、そうだったかも。
「えー?誰、誰?」
「タキちゃん、先生が取ったファイルに名前が貼ってあった」
「タキちゃんて、タキちゃん?」
「他に誰かいるの?」
「同姓同名とかさ」
「イヤイヤ」
同姓同名がいたとしても、この辺の中学生でそれはないでしょう?って表情。
タキちゃん、森タキちゃんは同じ中学のひとつ上、2年生だ。小学校も同じで、漫画クラブで、家もわりと近所。
小学校3年の時に通っていたスイミングスクールで同時期に入って初級コースでいっしょに通ってた。タキちゃんはどんどん進級して、時間帯もずれて、わたしは怖さが先にたっちゃって、まったく進歩せず、やめてしまった。
同じクラブだったし、学校や下校中に会えば、おしゃべりしたり、いっしょに帰ったりした。
そういえば、中学で見かけたことないかも。誰かが吹奏楽部だよと言ってたかも。
知ってる人がいて、イヤだなって思いと、タキちゃんならいいかなぁとも思う。タキちゃんがイヤだったら、申し訳ないけど。




