愚痴と文句
朝陽が通りを照らし、真新しい石畳を浮かび上がらせていた。
エリス王国ほどではないが、この占領地も道の整備は進んでいるようだ。
大きく息を付いて、空を見上げる。
深紅の警鐘雲が、真直ぐに天を割っていた。
これが。この地の現状。
「隆也」
掛けられた声に、顔を向ける。
立っているのサラ――か。
白いブラウスにチェック柄のスカート、朱色のケープを頭から巻き付けた女性。
溢れるルクスは感じられず、銀髪も見えないが、鳶色の瞳が教えてくれる。
「ルクスの抑えはだいぶ進んだな」
「でも、隆也みたいには出来ないわよ。それより、どこの視察に行くの」
なぜか、横を向いて尋ねてきた。
「東のボウムの街に行く」
「ボウム、そこに何かあるの」
「別に。リルザとの緩衝地に近い、大きめの街なだけだ」
説明をするとややこしくなるし、行けば分かるだろう。
「本当に、視察だけなのね」
「だから、そう言っただろ。それより、あの駅馬車に乗るぞ」
広場に停まる一両の馬車を見る。
「それはいいけど、やはり丸腰なの」
「陰共にルーフスが付いている。印綬の剣も運んでくれているさ」
言いながら馬車に近づくと、兵士が歩み寄ってきた。
おれは木の旅札を出す。
「ボウムの街。前線参謀部の下働か」
「バルス少尉からご紹介を貰った」
「廃止公貴の生活支援か。一時金も出ただろ」
「シイナ家は、名ばかりの公貴。両親の生活で一杯だ」
「そうか。名前はヤタカ・シイナにサイラ・シイナ。夫婦だな。よかろう、駅馬車の乗車を許可する。しかし、これからは言葉に気を付けろよ。おまえたちは、もう公貴ではないのだからな」
何だよ、言葉に気を付けろって。おれは、この話し方しか知らないよ。
返された旅札を手に、
「サイラ。行こうか」
サラを促した。
「はい」
サラはなぜか真っ赤になったままに頷くと、静かに駅馬車に乗る。
先客は七人、その全てが軍服を着た軍務政務官だ。
政務官なら、専用便か輸送便への同乗のはずだが、どうしたのだろうか。
考える間もなく、すぐに馬車は動き出した。
補給隊の馬車が並ぶ中、通りに出ると重い溜息が流れてくる。
その溜息に応えるように、
「一月後の競技会って何だよ。上は状況が分かってないんじゃないのか」
男が口を開いた。
「いや、分かっていないのは、もっと上だ」
「もっと上って何だよ」
「昨日、王が来ただろ。その直後に競技会の指示だ」
「これは、王様の指示か」
「そうだ」
「準備を一か月でということもか」
男たちの溜息が重なる。
「糧食の準備に、天幕、寝具の準備。全ての予備資材を集め、輸送計画の組み直し。休みなしでも間に合うのか」
「更には部隊ごとの競技会だから、兵の移動もだろ。おかげで移動も駅馬車だ」
「リルザの侵攻があるっていう噂だが、協議会を狙われればどうするんだ」
政務官たちの話を聞きながら、サラが肘で突いてきた。
おれの無茶振りを責めているようだ。
「あの」
サラは不意に前に座る政務官たちに声を掛けた。
「競技会っていうのは、何ですか」
「競技会か」
男が振り返る。
「この地にいる軍の全てで、部隊対抗の大きな運動競技をするんだ。走ったり跳んだりの競技だな」
「すごいですね、そんなことをするのですか」
「戦がなければ、確かに凄いよな。おまえたちリルザの民も観覧してもいいし、出店も多数出るって言うからな」
「出店とは、何です」
「様々な物を売る小さな店だ。それを通りに並べるそうだ」
「店、店が並ぶのですか」
「喜ぶのは早いぞ」
別の男が重い声で言う。
「おまえたちの国だったリルザ王国が、攻めて来るっていう噂だろ」
「攻めて来るのですかね」
「リルザ王国とは、あくまでも休戦。来年には条約も切れるが、その前に条約破りがありそうだ」
末端の政務官までも同じ危機感の共有かよ。これでは、兵も心休まることもないはずだ。
「そんな時に、競技会なのですか」
「そうだ。その準備に奔走するのは勿論だが、その間に攻め込まれれるのが心配でな」
「本当にそうですよね。競技会なんて、戦が終わってからすればいいのに」
「そうだろ。でも、王様の命令では逆らえる者もいないだろう」
「だけど、皆さん反対なのでしょう」
「それはそうさ。戦がいつ始まるかもしれない時に、わざわざ攻めて下さいって言っているようなものだから」
「その王様は、何を考えているのでしょうか。ねぇ、あなた」
サラが覗き込むように顔を向けてくる。
こいつ。おれが敬語とやらを使えず、会話に入れないのを知って話してやがるな。
「そうだな」
勝手にしろ。おれは馬車の外に目を移した。
この辺りの街道はまだ石畳は敷かれていない。それでも馬車四両が並んで走れるほどに拡張され、中央を空けて資材を満載した馬車が並んでいた。。
急遽編成された工兵隊と輸送隊だが、先のリルザ王国との戦からよくやってくれている。彼らがいなければ、この休戦もあり得なかった。
彼らの処遇と褒章を考えないといけないな。戦には出ない裏方の仕事ばかりだ、しっかりと報いてやらねばなるまい。
だいたい、サラも政務官も文句を言う前に、工兵隊や輸送隊のように身体を動かせというのだ。
こっちは、ただでさえ悩み事が多いって言うのに、呑気におれへの愚痴かよ。
しかし、本当にどうしようか。
シルフには三月で戦は終わると断言したが、計画は綿密に詰めなければならない。
それには、同じ戦略に辿り着いた者がいれば見落としもなく詰められる。
だが、そこに辿り着ける者がいるのか。
こういう時に、うちにアムルのような賢者がいればと思うのだが。
あの者ならば同じ考えに至り、より強固な作戦案を練るはずだ。
まったく、この国の状況と戦自体が無理ゲ~なんだよ。こっちの利点は、戦争を知っているというだけで、ほぼ綱渡りの状態だ。
リルザの侵攻を止めただけでも奇跡だというのに、もう一度軌跡を起こさなければならない。
あー、嫌になる。
おれだって、愚痴を言いたいさ。
批判するだけの簡単な仕事をしたいさ。
何か、腹が立ってきたな。
なんだよ、サラが機嫌が悪い。
それを収めるのが王の仕事。
だったら、おれの機嫌は誰が見てくれんだよ。
ここで、全てを投げ出して逃げ出したいよ。
やってられん。
おれは寝るぞ。
後は、好きにしろ。
座席に身体を預け、おれは目を閉じた。
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