本当の作戦
「着いたわよ」
サラの声におれは目を開けた。
本当に眠っていたようだ。
いつの間にか陽は傾き、ボウムの街の門が影を長く伸ばしている。
大きく伸びをして馬車を降りると、
「少し寝すぎじゃない」
サラが肩をぶつけてきた。
「何だよ。あのまま、おまえ達の文句を聞けというのか」
「文句じゃないわ、現場の意見よ。視察ってそういうものでしょ」
視察か。痛いところを突いてくるな。
だけど、その視察も本来はおまえの機嫌取りだぞ。
言えないけどな。
「分かったよ。その文句は、後で聞く」
「だから、文句じゃないって」
サラの声を背中で聞きながら、街に入った。
石造りの建物が整然と並び、いくつもの店が明かりを灯している。壊れた建物は見えず、ここは無傷のまま門を開いたようだ。
石畳の通りを進んでいくと楼閣を備えた大きな建物が見えてくる。
翻っているのは、エリス王国旗。
「あそこに行くの」
「あぁ、前線参謀部になる」
「なるほど、視察の挨拶ね。不審者で拘束されるわけにはいかないものね」
声も明るい。愚痴と文句でガス抜きもできたようだ。
おれが足を進めていくと門は内側からわずかに開き、顔を出したのはシルフだ。
「シルフ、何でここにいるの」
サラの驚く声を聞き流して、シルフが警備兵に声を掛けると門は大きく開かれた。
おれはそのまま建物に入る。
参謀部は二階だ。階段を上がり、シルフに続いて中に入った。
広間で待っているのはラムザス、アレク、シルフ。壁際に並んだ三人の軍服を着た軍務官だ。
「早速だが、始めようか」
おれは奥の席に進んだ。
「待ってよ。何でシルフたちがいるの。昨日、皆で打ち合わせをしたばかりじゃないの」
「後で説明するよ。それより、幕僚たちから作戦案は出揃ったか」
「はい」
机の上に厚い資料が三部置かれた。
一番上の前線幕僚部の作戦案を取る。
穀倉地であり、交通の要衝になるテルベ城塞都市を落とすために、ホクザ山に陣を張るか。
見直せと言ったが、動員兵力や兵站の見直しだけで内容は変わらず。
却下
次は幕僚本部。
テルベ城塞都市を狙うのは同じで、サンバルクス山の麓に陣を取り、キラル集落を落として砦にする。
これは、テルベ城塞都市を孤立化させて補給を断ち、占拠後は防衛ラインにもなる。
さすがに、より深く考えられているな。
最後は、アブラムへの宿題か。
それを捲る手が止まる。
全身を電流が貫いたようだ。
辿り着いた者がいた。
おれはすぐにそれを閉じると、
「作戦案は、幕僚本部を採用。一部、動員兵力など変更をするが、これで進める」
二番目の作戦案をテーブルの中央に滑らせた。
「それでは、ここの幕僚部に指示します」
ラムザスが頷き、軍務官たちが扉に向かう。
「アブラム、聞きたいことがある。ここに残れ」
「は、はい」
アブラムが強張った表情で、直立不動の姿勢を取った。
二人の軍務官を見送ると、
「そこへ座れ」
アブラムにおれの前の席を指さす。
「さて、アレクよ。リルザ王国への軍終結に対する問い合わせはどうなった」
「未だ、返ってきておりません」
「ルーフス、リルザ王国の状況は」
「軍の集結は予想外に早く進んでおります。問い合わせの返答をこれ以上長引かせれば、警鐘雲の発生にもなりかねません」
「分かった。皆も聞いての通りだ」
おれの言葉にラムザスたちは頷くが、サラだけは理解が出来ていない様子だ。
「どういうことよ。まるで、リルザの侵攻を急がせているじゃない。競技会とかもするのでしょう」
やはり、分かってはいないのだな。
「ルーフス、リルザのアセットはどのくらい浸透している」
「四つの拠点に、八十三人を確認しております」
「それでは、五日もあればリルザの軍にも競技会の内容は届くな」
「ちょっと、だったら競技会というのはリルザを誘ってのことなの」
サラの声が広間に響く。
「サラよ。国家間の戦は、国の存亡まで賭けた巨大なプロジェクトだ。掛かる予算も食糧も国を傾けるほどに莫大で、人命までも失う。この国には、長期戦に耐えられるほどの余裕はない」
「では、競技会の資材の集約と兵の移動は」
「全て、次の作戦の為。全軍に知らせることで隙を作り、兵と資材の集約を行う」
シルフが後を引き継ぐように言い、小さな笑みを見せる。
「そういうことだ。アブラム、持ってきた作戦案の説明を頼む」
おれの不意の言葉に、席に着いたアブラムが立ち上がった。
「は、はい。リルザの軍はテルベ城塞都市の防備を固め、サンバルクス山の麓に陣を構えるはずです。軍の一部はキラル集落に向かうでしょう。こちらが軍を進めた場合、戦場となるのはキラル平原です」
「そうだな。そこで大規模な会戦になる」
「我らはその会戦に乗じて、親衛軍をリルザ王都まで進めて王宮を叩きます」
「それは無理だ」
アブラムの言葉が終わらぬうちに、ラムザスの声が重なった。
「侵攻部隊が無事に済むはずがなく、王宮には印綬の継承者も王もいる。討ち取られるだけだ」
「ローグ殿は、リルザの侵攻時に敵の補給隊に扮装をして街道駅をいくつも落としました。今回もリルザの補給隊に扮装します」
「確かに、リルザの前線で戦うのはエリス種の傭兵団だが、輸送隊と守備隊は他種の傭兵団だな」
アレクが頷いた。
「はい。王宮に潜り込めば一部を占拠し防衛に徹します。さすれば、敵は前線を後退するしかなく、追撃をする友軍と挟撃できるやもしれません。それが無理でも、敵地に大きく侵攻できます」
「死ぬ気かよ、おまえら」
ラムザスの声が上ずっている。
確かにそう思うよな。
「その戦い方は、おれの元いた世界では中入りと呼ばれた作戦だ。国中が争う戦国時代に行われ、作戦自体は失敗に終わった」
「失敗だったのですか」
「作戦中に、いらぬ戦をしたからだ。まず、開戦と同時にラミエル現出の噂を流す。エリスの傭兵団ならば浮足立ち、逃亡兵も出るはずだ。リルザの侵攻時にはラムザスが盾となり、敵の中央軍を受け止め、おれたちは二方向からキルア平原に侵攻をして陣を張る」
「そこで会戦か。では、中央軍もすぐに引いて合流を図るな」
初めてラムザスが納得したように頷いた。
「ここでは、一月以上の長期戦を準備しろ。親衛軍は敵の輸送隊に化けてラミエル出現の噂を補強しながら、王宮を目指せ」
「噂の補強、でも親衛軍の浸透の方が早い」
シルフが手を上げた。
「アベルの配下が、リルザの帰還捕虜に紛れて入り込んでいる。彼らが噂を広げていく。親衛軍は、前線から戻りながらその噂を補強していく」
「だが、その親衛軍はどうなる。王宮に入ったとしても印綬の継承者のルクス相手には、時間の問題だ」
「親衛軍には王都関の封鎖阻止に一部の兵を置いて王宮に進み、サラに後詰めをしてもらう」
「わたしも、王宮に向かうのか」
「心配するな。殿軍にはおれが続く。一気に王宮を叩き、リルザ王は退場させる」
「それでは、兵力は」
「ローグ殿には二千の兵が精一杯でしょう。それ以上は護衛付きの輜重隊としても多すますし、もう一隊を任せられる副官がおりません」
「確かにそうだな。サラは千づつの三隊を任せる。おれは二千を率いる。この四千で王宮を蹂躙する」
「数が、少なすぎませんか」
「リルザの国内は、早期に帰国させたルクスの汚れた敗残兵に治安が悪化をしており、リルザの正規軍はその平定に忙殺されている。案外、王宮は手薄だ」
その為に、彼らをエリス国内に留めることなく帰国させたのだ。それによって、正規軍内でも確執も生じさせた。
「分かったわ。でも、王が動くには王旗が必須のはずよ。王旗を掲げてリルザを進むの」
サラの言葉に、おれは懐に入れた小さな旗を出した。
お子様ランチに刺さっていそうな旗だ。
「これを持って駅馬車に乗った。問題はなかったから、大丈夫だろ」
「そんなこともしてたの」
「だが、この作戦自体はまだまだ詰めたい。本当の作戦全貌を知るのは、この六人だけだ。その為に、作戦の詰めも六人だけで行う。他の皆には参謀本部の作戦としか伝えない」
「作戦の漏れがないように。これで、早期に戦を終わらせる」
シルフが呟くように言う。
シルフよ。そこまでおれを信頼するな。正直、おれだって作戦の成否は半々だ。
ラミエル現出の噂で、どれほど傭兵団が浮足立つかに掛かっているのだから。
「さて、これから各軍の役割りと再編成を行う。これから、全員がここで缶詰だ」
「缶詰ってのは、何」
サラの声を聴きながら、おれは深く椅子に身体を預けた。
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