五人だけの会議
いつぶりだろうか、隆也の姿を見るのは。
御料馬車の扉が開き、眠たげな目をした隆也が降りてきた。
迎えようとした足は、そこで止まった。
ゆったりとした服に、寝ぐせの付いた髪。
「何、そのだらしない恰好は」
「サラか」
隆也が顔を上げた。
「サラか、じゃないわよ。なんで、軍服を着ていないの」
「必要ないだろ」
「軍人は、その威儀を正すためにも軍服着用と隆也が指示したじゃないの」
「おれは、ここに軍人として来たわけじゃない。国の責任者として来たんだ」
軍人としては来ていない。
リルザ王国との戦評定じゃないの。だったら、わたしも同じじゃない。何で、わたしは窮屈な軍服を着ているのよ。
「だったら、何の打ち合わせなの」
「おれたちの打ち合わせは一つしかない。国の行く末しかない」
言いながら、隆也は傍らを抜けて建物に入っていく。
なにが、国の行く末しかないよ。
寝ぐせを付けたままの隆也じゃないの。
「それよりもサラ」
背を向けたままの隆也の声をが流れてくる。
「何よ」
「どうしたんだ。機嫌が悪いようだが」
機嫌が悪いって。誰のせいだと思っているのよ。
「終わらない仕事に、戦の準備。機嫌がいいわけないでしょ」
「仕事が遅れているのは、隆也にも責任がある」
傍らから聞こえてきたのは、シルフの声だ。
やはり、シルフはわたしの味方。頼りになる。
「なぜだ。サラに仕事を振り過ぎだというのか」
「違う。最初の秘書官との仕事の振り分けが、理解できていない。隆也が周知していない」
階段を上がる隆也をシルフが追いかけた。
どういうことよ。
仕事の振り分けって何よ。
わたしも慌ててその後ろを負う。
「そんなことは、秘書官が付くことことになった最初の会議で細かな打ち合わせをしたじゃないか」
二階から顔を出したのは、第二種軍装の軍服を身に纏ったラムザスだ。
彼も軍服じゃない。ここは、もうすぐ最前線になる。普通はそうよ。
でも、会議での細かな打ち合わせって何よ。
「サラも会議には出ていただろう。聞いていなかったのか」
背後から聞こえてたのは、アレクの声。
ゆったりとした楽そうな服で、建物に入ってくる。
いつもは一番先に来ているはずなのに、今日は遅れてきたのね。
それよりも思い出せ。会議で秘書官に関する話はあったの。
「会議の時は議事録をとれと言っただろう」
アレクは傍らを抜けて階段を上がっていく。
「だから、打ち合わせって何よ」
足を止めるわたしの横で、シルフも足を止めた。
「上がってくる報告書と資料は膨大。秘書官たちがそれらを精査して重要な場所には付箋をし、それぞれに要約をしてシルフたちに渡す」
何、報告書と資料を秘書官たちが前もって精査するの。
そうか。それでシルフは居並ぶ秘書官たちに何をしているのか、聞いていたのか。
「でも、それを隆也が書式で秘書官たちに指示するべき」
「そ、そうよ。わたしは聞いていないわ」
「聞いていないはないだろ。皆の秘書官を選任する前だから、前もって打ち合わせをした。まぁ、秘書官たちにはダリアから改めて指示させる」
そう言えば、何か秘書官たちの話を聞いた覚えはある。
そうだ。創聖皇の王権移譲の後の会議だ。
だめだ。あの時は隆也の態度に当惑して……その後の宴会でのことで意識が抜けていた。
でも、それも隆也が悪い。わたしは、宴会の席での隆也への注意と指導に心砕いていたのだ。
二階に上がると廊下を奥へと進む。
ここは、リルザ王国の外西守護領主館だった建物だ。
リルザは王位も長く豊かな国だけあって、公領主館も豪奢なものだ。
廊下の突き当りにある広間に入った。
この五人が集まっての会議は久しぶりになる。それに、今回は秘書官たちの同席もなし。五人だけの会議になる。
「今回の議事録は、シルフに任せる。議題は占領地政策だ」
言いながら、隆也が中央の席に座る。
わたしは。
シルフたちが当然のように席に着き、空いているのは隆也の隣だ。
平静を装いながら、わたしは席に着いた。
「まずは、それに伴い行政区分の振り分けだ」
すぐに隆也が進行をし始める。でも、行政区分の振り分けってどういうこと。
「内務司の農林畜産については、新たに基幹産業として基幹産業司を設置する。管轄は礼の印綬、サラに任せる」
「ま、待って。まだ仕事を増やすの」
「国の基幹分野だ。国の基本を抑える礼の印綬こそがふさわしい。新たに政務官と秘書官を振り分ける」
秘書官も。
秘書たちが報告書の精査をしてくれるなら、仕事的にはこなせなくはないわね。
それに、ここで出来ないと突っぱねるのも癪だわ。
「いいわ」
「それでは、次に占領地への補給計画だが、これはラムザスに一任する。内務司で行うよりも、実情を掌握できる軍務司が見る方が都合がいいだろ」
「まぁ、そうだな。分かった、輸送計画はこちらで作成する。新たに配属されてきた軍政官にやらせればいいだろう」
「軍政官には、もう一つの仕事もある」
隆也は言いながら、顔を上げた。
「集結した兵への娯楽の提供だ」
娯楽、何をするつもりなのよ。
「兵にも息抜きをさせないと、軍律も緩くなろう。ついては全部隊参加の競技会を行う。会場はそれぞれの軍の駐屯地になる。そこには、占領地の民も観覧してもらう」
「競技会って、何をするんだ」
「徒競走に、綱引き、各種の競技会だ。原案はまとめたから、軍務政務官で詳細を詰めればいい。開催は一月後になる」
「一月って、時間がない。それに、予算はどうする」
「開戦をして作戦を展開するのに、一月でも時間がないと言えるのか。それに、予算は内務司で考慮している。それと、会場や周辺でも市と食堂を用意する」
「それも、軍務司でみるのか」
ラムザスの声が上ずっている。
分かる。分かるわ。
それだけの仕事を振られれれば、わたしなら死ぬわ。
「それらは、レイムに任せている。レイムが開店希望の者を集めてここに集結させる。商品には一律に租税を上乗せして、兵の戦時手当を吐き出してもらう」
そうか。その租税が競技会の予算になるのね。
ここにいる兵たちにも戦地手当てが発生している。使う場所の少ないから貯め込むだから、ここでそれを吸い上げる気だ。
怖いわね。
でも、確かにそうなれば兵士たちの緊張も解けるだろう。
それは、占領地の治安にもいいことになる。
隆也は、こんなことを考えていたのね。
「それとだ。この占領地の視察をする。民の様子と軍の様子を見たい。平民の格好でありのままの様子を見て回るから、サラも付き合ってくれ」
「わ、わたしか」
思わず、声が上ずってしまった。
シルフから聞いていたけど、ここで言われるとは思ってもみなかった。
「まずいのか」
「い、いえ。大丈夫よ」
「視察には、二三日かかる。その間に、報告書と資料を秘書官に精査してもらえばいい」
そう、そうよね。
秘書たちが精査する時間もとれるわね。
それに、平民の服も準備したわ。
「取り急ぎは、それくらいだ。それよりも、全員が久しぶり揃ったんだ。久しぶりに忌憚の意見を聞きたいから、無礼講の席を設けようじゃないか」
無礼講の席。
「準備は出来ている」
アレクが即答した。
それで、アレクは遅れてきたのね。
「さすが、アレクね。では、移動しましょうか」
当然のように立ち上がる。
ラムザスたちが驚いた顔を見せるが、知ったことではないわ。
隆也のいる席なら、わたしも参加するしかないじゃない。
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