サラ姉様の機嫌
「さぁ、座って」
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仄かな明かりの灯る馬車に乗り込むと、先に乗っていたシルフが椅子を叩いた。
いや、おれの馬車なのだが。
おれが席に着くや、すぐに馬車は動き出した。
どうやら、馬車の前方はルクスの光球が明るく照らすようだ。
「何だよ」
「隆也は、サラ姉様をどう思っている」
どう思うって。
「よくやってくれている。学院も研究施設もしっかりできている」
「そうじゃない」
表情から感情は読めないが、目は冷たく鋭い。
「サラ姉様は、本当にいい人。綺麗で優しくて賢い」
シルフが目を逸らすことなく真直ぐに見る。
何、それ。
もしかして、問いかけ。
「そう、だね」
「隆也もそう思う」
何が言いたのだろう。
「六日も進めば、キルア砦。予定より、二日は早いはず」
今度は何だよ、到着予定日のことか。
「そうだな、告知した日よりは早くなるな」
「二日の余裕」
シルフは頷く。
「だから、何だよ」
「隆也はサラ姉様を綺麗で、優しくて、賢いと憧れている。キルア砦に着いて二日も時間が出来た」
シルフは膝に肘を置き、見上げるような目を向けた。
何だよ、憧れって。
まぁ、確かに綺麗だとは思うし、ドキッとするときもあったさ。でも、あの性格だぞ。
「サラ姉様も軍の展開を終えて時間がある。二人でリルザの視察」
待て、二人で出かけろというのか。
いや。
「視察なら、政務官と軍務司長にも連絡だな」
「違う」
「軍の指揮の確認。お忍びでの視察。それには二人」
どうしても、二人で出かけさせたいようだ。
「シルフ。急にどうして、そんなことを言い出すのだ」
おれの言葉に、シルフは息を付いた。
「サラ姉様は、だいぶ疲れている」
「疲れているのは、みな同じだろう」
「同じではない。サラ姉様は机仕事が苦手。余計に疲れる」
確かに、そうだろうな。
「だけど、それとどう関係があるのだ」
おれの言葉に、シルフが大きく息をつく。
何だよ、その深いため息は。
「隆也は、読みは深くて知識もあるけど鈍い」
鈍いって何だよ。
サラが忙しすぎて、疲れている。だから、おれにサラを連れて視察に行け。どういう関係があるんだ。
いや。
「もしかして、サラの機嫌が悪いのか」
「機嫌。機嫌というか、以前の、隆也がこの世界に来る前に戻った感じ」
おれが来る前のサラ。
人と距離を取り、笑みを見せることもない、孤高のサラと言われていた時か。
「でも、それは機嫌が悪いのだろう」
「いや、違う」
言いながら、シルフが横を向く。
何だよ。やはり、機嫌が悪いのじゃないか。
「で、その機嫌の悪さをどうしておれが面倒を見なきゃいけないんだ」
「機嫌は悪くない、と思う。それに、印綬の継承者をケアするのは、王の役目」
何だよ、それは。
サラの性格を知っているだろ。
その機嫌の悪いところに、シルフの仕事を押し付けないといけないんだ。
「シルフがサラと話せばいいのじゃないか。シルフとなら、サラも話すだろ」
「シルフじゃ、、無理」
シルフが、こちらに顔を戻した。
「隆也と会ってから、サラ姉様は変わった。元の明るくて優しいサラ姉様に戻った。だから、これは隆也の役目」
「役目って、おかしいだろ」
「おかしくはない。国の立て直しはまだ半ば、リルザとの戦いに、戦後統治の問題も控えている。サラ姉様の役割りも多い」
確かにな。しかし、おれがサラの機嫌をとれるかは疑問だぞ。
「それで、おれが行けばいいのか」
「そう」
「仕事も押し付けるんだ。行ってもどうにかなるか分からないぞ」
「大丈夫」
シルフが大きく頷く。
「替え馬も用意している。朝まで一気に駆け抜ける」
シルフよ。おまえ、本当の目的はこれだったな。
「サラがその調子だというのは分かった。展開している兵たちはどうだ」
「同じようなもの。緊張感と高揚感、それに不安が入り混じっている」
そうか、そうだよな。
掘っ立て小屋のような小さな兵舎に詰め込まれ、警備と訓練を繰り返し、休業日になっても行く場所すらない。
ストレスも溜まるだろうな。
「娯楽が必要だな」
「何かある」
「教練場と兵舎しかないあの場所ですることとなると、運動会くらいか」
「うんどうかい、何」
そうか、学院でも余裕がないから出来ていないんだよな。
それに今は予算もないし、派手なのは無理だな。
「競技会とでもいうのか。短距離、中距離、長距離の徒競走とかを各軍の代表を出して競い合うんだ」
「競技会」
シルフが考え込む。
「いい。兵の余暇にもなり、士気も上がる」
「そうだろ、上位にはそれなりの賞品を用意し、下位にも参加賞を用意する。ミゲルが同行しているのだから、予算を分捕ってくれ」
「厳しい」
「厳しくはない。競技会の間は、出店を用意する。兵は戦時手当が支給されているから、それを回収すればいい」
その一言で、おれの意図に気が付いたようにシルフが顔を上げた。
「需要と供給、隆也は悪い」
別に悪くはない。お祭りや観光地だって商品価格は上がるのだ。それに、休戦中とはいえ前線にまで店を出すのだから、倍の値段だっておかしくはない。
「誰を当てる」
今度は、探るような目を向けてくる。
分かっていて尋ねているな。
「競技会は、軍務の印綬を持つラムザスだろ。出店はレイムに頼めばいい」
「任せる。シルフは準備をする」
準備って何だよ。逃げたな。
でも、確かに仕事を押し付けるんだ。ラムザスもレイムもいい顔はしないだろう。それをシルフが指示するのも筋が違うか。
「ミゲルには、ダリアと共にその競技会の予算打ち合わせをする。隆也はシルフと一緒に急ぐ」
「おれたちは、一緒に打ち合わせはしないのか」
「詳細を決めるには、ラムザスも必要。ここでできるのは振り分けの予算だけ。この馬車をシルフが先導する」
よほどに、おれを急がせたいようだ。
シルフなりの考えがあるのだろう、おれが考えても仕方がない。
「分かった。シルフに任せる」
おれは、座席に深く身体を預けた。
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