リルザ王国統治計画
それは、近況を聞きたいと言ったさ。
だけど、愚痴を聞きたいとは言ってないぞ。
抱え込んだ仕事量と戦の準備に、自分がどれほどこき使われているかを訴えられてもなぁ。
「聞いている」
そのおれを見上げるように、シルフが目を向けてくる。
「聞いているよ。それに、輸送に伴うコストの増大もだろ」
「そう。小麦の運搬に、輸送隊自身も小麦を消費し、馬のかいばも必要」
「その為に、街道には資材置き場も作ったはずだ。そこを利用して分割輸送すれば、消費も減るだろ」
「それでも、十万もの兵の食糧。小麦三万シリング運ぶに五千シリングの小麦が消費される」
シルフがカップを煽り、並んだ政務官たちも頷く。
「本当に三月で戦が終わる。国が耐えられるのは、そこまで」
「そう言うのは、シルフも攻略戦を考えたのだろう」
「考えた」
確かにそうだよな、智の印綬の継承者だ。それらを考え抜いたからこそ、ここで戻ってきたのだよな。
「リルザの侵攻を受けると同時に、二方向から逆侵攻。一部を侵攻軍の包囲に回して、街道を抑えつつ東進。狙いは中東守護領地のテルベ城塞都市。そこを落として穀倉地帯を掌握すると同時に、兵站を確保。そういうところか」
「そう。テルベ城塞都市を落とすために、ホクザ山に陣取る」
シルフの目に、力がこもる。
「言ったように、軍の参謀本本部も同じ意見だ」
「リルザも同じ」
「そうだろうな。リルザもその後ろにいる者も同じ意見だろう」
「狙いは、そことは別」
「いや、おれもそこに進むさ」
それだけで、シルフは納得したようだ。
「テルベ城塞都市に敵を集める。それが、見えている道」
呟くように言うと、カップに新たな林檎酒を注ぐ。
「それで、民の移動計画」
次の問いかけか。相変わらず、言葉は短くて感情も見えないんだよ。
「第一門に辿り着いた民を王都に集め、ルクスの汚れた者を王国外縁に散らす。今後に起きるであろう災厄に備えたい」
「災厄が起こるのですか」
声を上げたのは、ミゲルだ。
ミゲルのルクスに汚れは見られない。それに、シルフが連れてくるくらいだ。信も厚いのだろう。
ならば、ここでの話を口外することもないな。
「創聖皇は不戦の結界を消した。おかげでこの有様だ。そして、このままでは終わりそうにも思えない」
「ですが、考え過ぎではないのでしょうか。民の移動に予算もかかります」
「最悪に備えるのが、おれたちの役目だろ」
「分かった。それで、占領地の統治は」
シルフが引き継ぐように効いてくる
「今まで同じさ。異なるのは、猟で使うものも含めて武具の所持の禁止と農具の一括管理くらいだろう。統治守備兵は二十人に一人の計算で、分隊規模での配置にする。統治政務官は集落には二人、町には五人、城塞都市には十人を配置する」
「政務官ですか」
ミルザの声が重い。
「再教育を受けているのは権威主義の塊ばかりで、問題を起こしませんかね」
「その者たちは、軍務司付きの政務官としての出向だ。扱いは二種政務官だから、補佐になる。ここで、態度が改められなければ解雇になる」
そして、それは彼らにも伝えてある。
納得いかない者は辞めていき、残っているのはまだやる気の残っている者たちのはずだ。
ただでさえすべきことは多く、人手不足だ。
「占領地とはいえ、同じ民だということを忘れなければいい」
「それが出来なければ、エリス王国内でも一緒」
シルフの言葉に、ミルザも頷いた。
「承知しました。それでは、リルザ王を排除した後の統治についてにはどうなりますか」
リルザ王国の統治か。
確かに、概略を伝えただけだな。でも、おれにだって確固たる信念も計画もないぞ。
「おれが決めているのは三つだけだ。一つはエリス王国と同じ法と行政システムを施行する。二つ目は公貴を排除する。最後に、エリス王国とリルザ王国の統一貨幣を作り市場に流す」
「待て。いや――」
おれの言葉に、シルフが声を上げる。
「ですが、新たな貨幣。この前に独自の貨幣を流通させたばかりではないですか」
「貨幣によって国の経済は成り立っているよな。商業ギルドからすればその経済を壊すにはどうすればいい」
「そういうことか、商業ギルドは偽造して市場にばらまく」
さすがに、シルフは即答だ。
「今も偽造防止はしているが、より高度なものに変える必要がある。そこにはルクスの応用も取り入れたい」
「いや、それだけではない」
シルフが笑みを見せた。
やはり、即答か。
そうだよ。一度、全てを回収して不法所得と不正蓄財を取り締まるんだよ。
「理解した。それでは、統治の問題。リルザ王国でも公貴の反乱が起こる。傭兵を完全に排除しなければ厄介」
「そうだよな。では、どう潰したらいい」
リルザ王国の統治も考えていなかったのだ。その後の反乱までは考える余裕もない。
「一番いいのは、リルザの軍に丸投げ。捕虜になった兵はエリスに親近感を覚えている。それに、これ以上のエリスの軍費は抑えたい」
エリスの軍費を使わないのではなく、抑えるか。
反乱鎮圧をするはずのリルザの軍務司でも、反乱が起こるとみているのだ。確かに、そうだよな。軍務司の中枢は公貴が占めている。
しかし、リルザ王国に溜まった膿を吐き出させるには、反乱を起こさせて分離させるしかない。
そこまではエリスの軍は動かさず、様子を見る。そして、リルザの軍が反乱を起こせば、その反乱軍を叩くのに、エリスの軍を使うと言っているのだ。
「ダリア、終戦協定の草案を検討中だったな。ここでの話をメモしてくれ」
「わ、分かりました」
慌てたように、紙を出すダリアを横目に、
「それで、終戦後の傭兵の処遇はどうすればいい」
シルフに目を戻した。
「始末する」
だめだ。シルフに聞いたのが間違いだった。幼い頃に刻み込まれた記憶から、野盗化する敗残兵に容赦はない。
「却下だ。この件はアレクと相談だな。それでは、リルザ王国の行政区分と食糧支給はどう考える」
おれの問いに、シルフは行政区分の再編とそれに伴う食糧移送計画を話し始めた。
やはりだ。エリスで行った行政区分と食糧の移送を踏まえ、彼女なりに改善すべきことを考えてたのだ。
さっきまで座った目で林檎酒を煽っていたとは思えないほどに、詳細を語りだす。
ダリアの筆記が追い付かないほどだ。
「それでは、リルザ王国内での銀行の設立計画と予算計画の準備も頼みたい」
「リルザ王国の予算計画ですか」
ミルザの驚いた声が響き、シルフが目を閉じた。
「エリス王国に準じた概算で構わない」
「簡単に言いすぎ」
「仕方がない。どうせ、リルザの政務官も辞めていくだろ。そうなれば、こちらが尽力するしかない」
不足する人材を補充するにしても、エリスから政務官を送らなければならない。先行で概略でも計画を作っておけば、負担も減るはずだ。
「分かりました。その件は、王宮に残った者に指示をしておきます」
「任せる。それで、リルザの今の様子はどうだ」
「ラムザスにサラ、それぞれ展開は終わった。占領地の民も安定し、学院も作ってある。緩衝地を挟んでリルザの兵も集結しているが、まだ六万ほど」
六万か。
おれとアレクの展開の方が早いな。
「計画を作成する時間はあるな」
「ない」
シルフが遮る。
「農業、林業、畜産業、流通経済、金融、予算、街道管理、戦費の振り分け。内務司の仕事が多い」
そうだろうな。それは多いさ、国の基盤を管理すのが内務司だからな。
「だったら、農林畜産業は分離するか。流通経済は税務との絡みがあるから、そのまま見てくれ」
「隆也王、分離と言われてもどこに分けるのですか」
慌てたようにダリアが口にする。
「サラだな。研究機関もサラの管轄だ。省力化には研究部門が必須だからいいだろう」
もっとも、簡単には引き受けないだろうから、押し付けるしかない。
「そんなに簡単に決めても、よろしいのですか」
「ちょうど、再編を考えていたところだ」
「でも、サラ姉様には、シルフの名前を出しては駄目」
サラ姉様か。サラの前では決してその呼び方をしないが、おれの前ではサラ姉様だ。シルフはサラに心酔しているからな。
「それと、ダリアはシルフの乗ってきた馬車に、シルフは隆也と一緒の馬車で移動する」
一緒の馬車。何か話したいことがるのかよ。
この感情のない声で詰められるのは怖いのだけど。
「日が暮れたら出発。移動は街道の空く夜間に進む」
言うなり、シルフが立ち上がった。
それまでは、ゆっくり休めということなのだろう。
本当に、何だか怖いのだけれど。
「夜間の移動か。確かに、輸送隊に迷惑を掛けずに済むな」
応えながら、おれは小さく息を付くしかなかった。
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