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王旗を掲げよ~胎動~  作者: 秋川 大輝
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シルフの問い

 

「王よ。これは」


 ダリアが馬車の窓から身を乗り出した。

 窓からは作付けを終えた畑が見渡す限りに広がっている。


「小麦畑だ」

「これが、全て小麦畑なのですか」

「そうだ。ダリアたちは計画書だけで、ここに来たことがなかったのだな」

「はい。大規模農場の計画は見ましたが、その内容の詳細までは知りませんでした。これほどの広さだとは」

「農地の集約と省力化だ」

「これで、戦における兵の動員数と産業の創出における人材の確保なのですね」


 さすがにダリアだ。その目的まで見抜いてくる。


「そうだ。国力は人口で、人口は食糧生産量だからな」

「すごいですね」

「感心するのはいいが、そろそろ街道に合流だ」


 気が重くなる。

 道幅を広げた街道とはいえ、東に向かう兵士と輸送で一杯になっていた。

 その中を王旗を掲げた馬車で進むのだ。皆の足を止めさせ、礼を示されるこっちは気を遣うだけじゃないか。

 王旗を降ろせと言っても、それだけは駄目だと聞いても貰えない。王の印は創聖皇の印でもあるそうだ。


「そうですね。王宮からの連絡も届いているはずです。確認のためにも宿をとりましょうか」


 宿か。


「町はずれの目立たない宿にしよう」


 街道から離れていれば尚いい。


「それでは、王宮からの連絡員も気が付きません。街道沿いの目につく宿にします」。


 これも却下か。

 まだ王都から離れたばかりだ。ここからならば、まだ一月以上は掛かるな。

 窓から目を離そうとした時、その視界の隅に影が映る。

 馬を駆って来たのはルーフスだ。


 ルーフスは馬車と並走しながら、

「ノイス街道駅の時計亭へ」

声を掛けてくる。


 時計亭というのは、宿なのだろう。そこに、何があるのだろうか。

 問いかける間もなく、ルーフスは先行するように駆けていく。


「時計亭ですか。確か、忍びのお方でしたよね」

「おれの陰供をしているようだな。とにかく、行くしかない」


 馬車はそのまま街道に合流した。

 しかし、案の定だ。混みいった街道は、王旗を見るなり左右に避けて道を開けていく。


「見ろよ。混雑した街道がより渋滞するじゃないか」

「それは、仕方がありません。王の移動なのですから。ですが、ノイス街道駅はすぐそこです」


 ダリアが街道の奥に見える小さな街道駅を指し示した。

 確かに、ここから見える距離だ。ならば、そんなところに何があるのだろうか。

 馬車が街道駅に入ると、その意味はすぐに分かった。


 時計台のある宿屋に、一頭の真獣が繋がれていたのだ。あの真獣は。

 馬車が止まると、座席を立って宿へと進む。

 その入り口に立っているのは、シルフだ。

 彼女はすでにリルザとの最前線にいたはずだが。


「困ったことになる」


 困った、何か問題でも出来たのか。それも、なったではなくてなる、とはどういこうとだ。


「どうした」


 おれの言葉に、シルフが宿の中に入った。ついてこいと言っているようだ。

 シルフは一階の食堂の奥に進む。奥のテーブルには、秘書官と政務官が立っていた。


「戦費に、小麦だ」


 シルフが座り、おれもその前に腰を下ろした。


「戦費か」

「リルザの侵攻で、四十万シリング。次の戦では倍の八十万シリングは必要。それに、小麦が次の収穫まで持たない」


 いつもの感情のない声で、シルフが続ける。


「リルザの軍と傭兵で十五万。迅速に攻めても一年は必要。その前に、国が破綻する」


 そういうことか。

 シルフの横に立つ政務官がシおれの前に書類を出した。


 おれはそれに目を落とすことなく、

「国債で戦費を賄っても、過剰に出回る金に物価が上昇しすぎるということだな。そうなれば、ただでさえ不足する小麦の価格が暴騰して民が買えなくなる」

シルフを見た。


「そ、そう」

「確かに、このままならば通貨の過剰供給になるよな」


 そうか。さすが、シルフだな。

 智の印綬の継承者にして、内務司の統括。金融をすでに理解しているのだ。いや、おれよりも詳しくなっているのかもな。


「それは、戦が一年続けばだな」

「そう。でも、どう考えてもそれくらいは掛かる」

「では、三月以内で終わればどのくらい必要だ」

「それは」

「五十万ルピアくらいだな。そして、それが全て小麦に向かうわけでもない。他に消費を向けて、金を回しながら国で回収していく」

「他に消費ですか」


 尋ねてきたのは壮年の政務官だ。どうやら、金融局の上級政務官のようだ。

 若い政務官が多い中、白髪の混じった新規の上級政務官は珍しい。それだけ、優秀なのだろう。


「そうだ。消費をすることで経済を回すぞ。このまま打ち合わせに入ろうか。まぁ、おまえ達も座れよ」


 おれはシルフから目を逸らさぬまま、

「周囲を遮断し、警備を」

どこかに潜んでいるであろうルーフスに声を掛けた。


「ここで、国の金融を語るか」

「その為に、わざわざ来たのだろう」

「確かに。内務司金融局の局長、ミゲルも同行させた」

「そうか。ミゲル」


 おれは壮年の男に目を移した。


「生きていく上で、欠かせないものは衣食住だ。それを嵩上げする」

「王よ。嵩上げとは、どういう風にでしょうか」

「簡単だ。生活に便利なもの、心地よくデザインも考えられた衣服、それに豊かな食事だ。それらを用意し、皆に買ってもらうことで経済は回っていく」

「誰でも申請が出来る、商店ですね。ですが、武具作成に職人が取られています」

「それも一通りの数が行き渡れば、空きが出る。もうすぐ調味料が出来るから、それまでは販売の主力商品にする」

「レイムが入り浸っている工場」


 シルフが思い出したように呟いた。

 何だよ、最近姿を見ないと思っていたが工場に行っているのか。

 まぁ、レイムは一度、おれのいた世界に来たことがあるからな。


「大豆の生産が出来たから、醬油に味噌というものを作っている」

「それが、調味料ですか」

「そうだ。それがあれば、必然的に他の需要も喚起される。同時に税収も増えてくる」

「確かにそれならば、三月は持つ。でも、三月で戦を終わらせられるか」


 シルフはそのまま考え込んだ。


「終わらせられる」

「軍の参謀本部の作戦立案を見た。全てが順調に行って一年以上」


 そうだな。もっとも参謀本部とはいっても旧態依然の戦を知らない者たちだ。


「見所のある何人かに、作戦立案を命じた」


 おれの言葉に、シルフが鋭い目を向ける。


「隆也王は、その道が見えている」


 おれもその目を真直ぐに見返した。


「奇襲的で危険な作戦だが、おれのいた世界では成功例はいくつもある。それに、多用できる作戦ではない為に、他国に漏れても心配はない」

「問題は、何人がその解答にたどり着けるかを見ている」

「見つけた者は新たな参謀本部に入るが、それには期待はしていない」


 おれの言葉と同時に、シルフが笑いだした。


「分かった。それ以上は聞かない。それより、終戦後の復興計画の話」


 シルフはそう言うと、秘書官の肩を叩いた。

 慌てたように秘書官が奥に走り出す。

 その秘書官の酒を注文する声を聴きながら、おれもゆっくりと座り直した。

 他の印綬の継承者を交えずに、シルフとこうして話すのは初めてだ。


「それと、シルフの近況も聞きたいな」


読んで頂きありがとうございます。

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