ザクトの道
「王よ。これが、アセットの里なのですね」
ダリアが感心したように言う。
広場での宴の中、男も女も関係なく、自らが給仕をしながら楽しんでいる。
「以前は給仕するのはわたしたち女の仕事でしたわ。男衆だけが参加する宴でしたのよ。ですが、主上に言われたのです」
横からダリアに声を掛けたのはミレアだ。
「自分の食事や飲み物は、自分で出来るのじゃないかと。同じ一族なのだから、宴には全員が参加しないのかとね」
「そうだ。その日から、宴は全員参加で、給仕は自分たちでするようになった」
アベルが楽しそうに笑う。
いや、あれにはそんなに深い考えはなかった。
ただ、男というだけで座っている姿に、違和感を覚えただけだ。
「そうですよね。私も田舎での宴の時はそうでした。私たち女性はその給仕に追われて、参加するなんて考えたこともありませんでした」
ダリアが呟く。
「王宮ではどうなのですか。王宮でしたら、そういう会合も多いのでしょう」
「いえ、公式の会は少ないです。それよりも印綬の継承者の方々との会があります。そこには、私たちも参加させて貰っています。さすがに、印綬の皆様に手ずから給仕はさせられませんが、そこでは私たちも参加し、自由に発言も出来ます」
その言葉に、ミレアたち女性が嬉しそうに頷く。
女性には女性だけで通じ合う、何かがあるのだろうか。
おれは広場に目を戻した。
広場の中央で焼かれているのは、鹿だ。
あの美味しさは今でも覚えている。
そのおれの手元にカップが置かれ、カザムがそこに林檎酒を注いだ。
そうだ。このカザムに肉は一切れで止められ、豆を食べなくてはならなかったのだ。
「主上」
思い出す怒りにルクスが漏れたのか、カザムが戸惑ったように顔を上げる。
「いや、何でもない」
だめだ。感情でルクスが出来ないようでは、王とは言えないよな。
「それで、人を増やすのはいいですが、組織はどのようにするのですか」
カザムの問いに、
「そうだな。一族以外の者と連携は、考えないといけない」
アベルも身体を乗り出した。
「一族で統括と要所を押さえ、下働きを新たな組織に振ればいい。その中から一族に組み込める者を選抜するのでいいだろ」
おれに答えられるのはそれしかない。
正直、分からん。忍者やスパイの知識をおれが持っているわけないだろう。
「組織編成はアベルとカザムに任せる。おれはそれを後承認するさ」
「承知しました。ご深慮頂き、感謝いたします」
何かを納得したように、アベルとカザムが礼を示した。
何、ただの丸投げなんだが。
「それより、リルザ王国には何人が浸透しているのだ」
「わしの配下が二十八人ですね」
アベルが答えた。
「リルザ王国の状況は連絡文だけだから、詳細を知りたい」
「傭兵団はすでに八万以上が派遣されています。同時に各国の商業ギルドから食料や武具の補給も続いています。全てが揃うのに、一月は掛かるとみています。展開まで含めて、二か月ほどかと」
展開か。戦略を知っているギルドの者がいるならば、そこまでは待たないな。
「全ての傭兵を揃える必要はない。遅れる傭兵団は予備戦力にすればいい。必要なのは兵糧だけだな」
「現状の傭兵団が展開するのには、半月もあれば済みましょう」
半月。
「では、準備を整える時間を縛ろうか。ダリア」
おれはダリアに目を移した。
「外務司に連絡。リルザ王国に傭兵団の集結が見られるが、如何なる理由なのかを問いただせ。併せてすぐに撤退をするという確約を寄こすように詰め寄らせろ」
ダリアがすぐにメモにペンを走らせる。
「リルザ王国には警鐘雲が一本、すでに走っていましたよね」
書きながら言ってくる。
どうやら、おれの意図も把握しているようだ。
条約破りをすれば警鐘雲は二本走る。国を騙した罪と創聖皇を欺いた罪だ。次に警鐘雲が走れば、王は廃位されてしまう。
リルザ王国がさらに言い逃れをして騙すようなことがあれば、警鐘雲が走る。そうなれば、条約破りをした途端に、王は廃位になる。
それを避けるには、すぐにでも条約破りをするしかなくなるはずだ。
「なるほど、それで条約破りのタイミングをこちらで掌握できるのですね」
カザムが頷く。
同時に、それを待っていたかのように子供の歓声が響いた。
学院から帰ったの来たのだろう。子供たちが広場に駆け込んできた。
その中は懐かしい二人の顔も見える。
「主上」
二人が駆け寄ってきた、
「ザクト、ミリア」
思わず声が出た。
「一年しかたっていないのに、大きくなったな」
「一年もだよ。あれから来てくれないんだから」
「そう言うな。それで、学院には通っているのか」
「うん。この近くに出来たの。でも、開学とは違って難しい」
ミリアがそれでも嬉しそうに言う。
「そうか。分からないことがあったら、このお姉ちゃんに聞けばいいぞ。上級学院も出ているからな」
メモをしまうダリアを紹介する。
「上級学院。凄い、勉強できる人なんだ」
「い、いえ」
二人の純粋で輝く瞳に、ダリアも戸惑っているようだ。。
「すごい賢い人なんだね」
「そうだぞ。王宮政務官の第一種政務官という偉い人だ」
「い、いえ。そんなに偉くはありません」
否定する言葉が耳に入らないように二人はダリアの側に座る。
「ミリアは、上級学院に行きたいんだよな」
ザクトの言葉に、少女は大きく頷く。
「そうなの。ザクト君はどうなの」
「勉強は難しいよ。それよりおいらは、シノビになるんだ。シノビになって主上を助けるんだよ」
「勉強は難しいか。では、ザクトよ。一シリングでの畑でとれる小麦では、何人が養えるのだ」
「一シリングならば、十人だよ。それぐらいは知っているよ」
「では、十万の兵をリルザ王国に送って勝ち切るまでには、どのくらいの小麦が費用だ」
「一万シリングの小麦畑だよ」
ザクトの返事に、カザムの目が鋭くなった。
「戦を一年も続けるのか」
「え。でも、どれくらい続くのか分からないよ」
「戦は国の存亡までまで掛けた大きな仕事になる。必要な費用も莫大なものだ。食料に武具、兵士の棒給に負傷した兵士への治療に亡くなった兵士の家族への補償。戦は短期で終わらせねば、国が潰れるぞ」
「だけど。相手の国だって同じなのでしょ。だったら、すぐには終わらないよ」
「それを終わらせるための忍びだ。敵の軍がどこにいるかだけではない。どれほどの食糧がどこにあるか。それで、何人の兵を養えるのか。全てを見て、把握をしなければならない。必要なものには学問もあるぞ」
「でも、体術も必要でしょ」
「そうだな。ザクトよ、歳は十二になるのだったな」
カザムが考え込むように言う。。
「うん。もうすぐ十二だ」
「アベル殿。ザクトを我らに預けぬか」
「頼んでもいいか」
アベルが即答した。
困惑するザクトに、
「忍びになるには、王宮政務官のように優秀でなければならない。同時に忍びに必要なのは、血だ。一族の血のつながりが、強い結束を生む。ザクトよ、おまえは一族を束ねる首領にならなければいけない」
静かな声でザクトが語り掛ける。
なるほど、一族の血か。
これから、ザクトに英才教育を施すようだ。それが、ザクトの道なのだ。これからのことを考えると、少し同情すら感じるな。
「そうか。ザクト、頑張れよ」
おれにはそれしか言えなかった。
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