創聖皇の導き
開けた広大な土地には畑と牧場が広がり、いくつも家が見える。
一年前には想像も出来なかった里の姿だ
「アベル、馬車が見えましたよ」
ミレアの声に里の入り口に目を戻した。
四頭立ての馬車が一両、ゆっくりと迫ってきている。御者台に乗っているのはカザムだ。
馬車は門を潜ると静かに止まった。
同時にわしは片膝を付き、礼を示す。
「礼はいいよ」
カザムがドアを開けに御者台を降りる前に、主上が降りてきた。
「そういうわけにも参りません。わしらは主上の臣下ですので」
「その前に、仲間だろ。おまえ達に会えたことで、おれは生き残れたんだからな」
「それは同じで御座います。主上に出会えて、わしら一族は生き延びれました」
わしは立ち上がると、主上を屋敷に案内する。
「それで、暮らしはどうだ。困っていることはないか」
「あるはずも御座いません。十分すぎるくらいです」
「だが、仕事を押し付けているからな」
「国の立て直しです。それを支えるの為に、一族はおります」
「そうか、苦労を掛けるな」
その言葉に、わしは首を振った。
最初に主上に会った時から、わしは心を掴まれた。この方に付き従いと思った。それを妻のミレアに後押しをされて、わしは心を決められたのだ。
わしの選択は、間違いがなかった。
「主上、どうぞこちらに」
屋敷の扉を開けて主上を中に案内する。
陽光の降り注ぐ広間に大きなテーブルが置かれ、一族の女性たちが給仕のために壁際に並んでいる。
一族の精一杯の感謝の気持ちだ。
「すぐにお茶の用意しますので、こっちらにどうぞ」
窓際の上座の椅子を引き、ミレアが奥の部屋に向かう。
その足を、
「ミレアは初めてだったな。先に紹介をしておこう」
主上の声が止めた。
「おれの秘書をして貰っているダリアだ」
同時にまだ若い女性が深く頭を下げる。
「初めまして、ダリアと申します」
「ミレアです。宜しくお願いしますね」
ミレアも頭を下げる。
そうだ。わしは何度も会ったことはあるが、ミレアがダリアに会うのは初めてだったな。
そして、この挨拶はこれからの話が公式なものであることを表していた。
主上の左にそのダリアが腰を下ろし、わしとカザムは並んでその前に座る。
ここでの話の内容は、分かっていた。
先に主上からの打診があったのだ。
「早速だが、検討をして貰っていた話をしたい」
「王宮に仕えよ、という話ですね」
わしは大きく息を付いた。
この提案の意味も分かっている。そして、一族で話し合った。
後は、条件詰めだけだ。
「当初から話していた通り、わしら一族は王宮内の権力闘争とは一線を引きたいのです。情報を司る以上、闘争の中心に据えられるのは間違い御座いませんから」
「分かっている。王宮という組織には組み込まれるが、指揮権、人事権はおれの一元管理だ。一族はおれの直隷にして他からの関与はない。おまえたちの名前も顔も秘匿される」
他からの関与はない。だとしたら、今と変わらないことになる。
「では、何のために組織に組み込むのでしょうか」
わしの言葉に、主上が笑った。
「これからの仕事量の多さだ。今よりも何倍も多くなる」
仕事量が何倍も。
今でもこの里に残っているのは、女子供だけだ。他の者たちは国内はおろか国外にも散っている。すでに、人材は限界だ。
「有望な者を集め、新たな組織を作ってもらいたい。それは雑賀と名付けておまえたちの下に置く」
「何をさせるのですか」
「同じだよ。諜報組織として、各国に行ってもらう」
「各国に行くといっても、他人種の国に潜入は難しいでしょう」
「今のままならばな。しかし、リルザ王国が崩壊すればどうだ」
リルザ王国の崩壊。
そうなれば、他国への逃亡も増えるはずだ。そこに紛れ込めば、潜入は容易になる。それを見越しての提案なのか。
「それならば、すぐにでも動かなければ難しくなります。リルザ王国の崩壊間際には公貴の傭兵にも紛れ込めませんから」
「その為に、王宮の根回しは済ませた。今後の予算は王宮が出す。すでに、予算の申請は済ませたから、すぐにでも引き出せられる」
「それで、人を集めるのですか」
「人を集め、教育、訓練をしてもらいたい。取り急ぎの人材候補として王宮のアセットをおまえたちの管理下に置く。同時に、各地に隠れ里も用意して構わない。それには、おれへの報告も無用だ」
王宮アセットか。あの組織は最初に調査をしている。
「王宮アセットは二百人を超える大所帯ですが、使える者は一割もおりません」
「構わない。残りの者は邪魔にならぬように、こちらで飼い殺しをする」
確かに、残りの者を世に放てばそこからこちらの組織を探られる恐れもある。それを飼い殺しにしてもらえれば、組織も秘匿できるだろう。
それに、隠れ里をさらに用意をしていいとなれば、万が一の時も一族を護ることもできる。
そこまで準備をしてくれるというのならば、断ることも出来ない。
もっとも、主上の依頼ならば、断ることは出来ないというのが一族の総意だ。
わしは席を立つと、椅子の横で礼を示した。
同時に、カザムも礼を示す。
「我らが一族、主上の提案を断る理由もありません。すでに、忠は主上に捧げております」
「ありがとう、感謝する。それでは、詳細の説明をするから、席に戻ってくれ」
その言葉に、わしは椅子に腰を下ろした。
「おれの直下に王立中央情報局を設置した。これは、印綬の継承者たちの中央評議会と同列になり、例え印綬の継承者と言えども干渉は出来ない。報告義務はおれにだけあり、他への情報提供は必要ない」
主上の言葉に、わしとカザムは頷いた。
これは、今まで同じだ。
「予算は今年度は百万ルピアを用意した。銀行口座は百口座分の信用状を用意したので、好きな名前で登録して構わない。国外での活動費には、共通通貨の用意している」
百万ルピア。今までとは桁違いの予算だ。
予算を増やすためと言われていたが、ここまでの予算とは思いもしなかった。それに、銀行口座も自由に開設できるならば、そこから組織をたどられる危険も減る。
「それでは、予算使用の証明は主上に提出でよろしいのでしょうか」
「今までと同じだ。諜報、防諜の活動に使った金額を証明できるものは少ないだろう。それらは金額だけを知らせてくれればいい。次回の予算取りの参考にする」
「それで、よろしいのですか。わしらをそこまで信頼してくださるのですか」
「情報機関の情報を信頼できないのならば、存在意味もなかろう」
この度量の広さだ。
主上は、わしらに絶対的な信頼を置いて下さっている。それに、応えるのがわしらの忠だ。
「承知致しました」
それだけを応える。
「では、ダリア。承諾書を出してくれ。これは、おれとおまえたちの誓約書だ。共に署名すれば、万が一、おれが倒れてもこの誓約書がお前たちを守ってくれる」
「分かりました。署名はしましょう。ですが、主上が倒れることは御座いません。その為に、わしら一族がいるのです」
「心強いな。これからも、頼む」
「無論で御座います」
わしは顔を上げて、壁に並ぶ女たちに合図をした。
同時に、女たちがお茶の用意をして運んでくる。
「それで、主上。今日はゆっくりして下さるのでしょうね」
「そのつもりで来た」
再び、主上が笑みを見せられた。
この近辺にいるのはエルドたち数人だが、すぐに戻ってくるはずだ。
「それでは、今宵は固めの宴を行いましょう」
「そうだな。前回の宴はカザムに邪魔をされてろくに食事も出来なかったかたな」
「主上」
困ったように、カザムが言う。
そうだ。わしら一族が主上に従うと決めた宴で、主上はカザムに肉食を止められて豆を食べさせられていたな。
「では、今宵はゆっくりとしてください。ザクトとミリアも喜びましょう」
「二人は元気か、会うのが楽しみだな」
「早速署名をしますから、すぐにでも離れにご案内を致しましょう」
わしはペンを取った。
この心の沸き立つような、奮い立つような感覚は三度目だ。
一度目は主上に出会った時、二度目は主上が王に立った時、そして今。
主上に必要とされている。それがここまで心を躍らせている。
わしらは、良き主上に巡り合えた。
本当に、創聖皇の導きだった。
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