王国の剣
満席に近い食堂の中で、この士官服に店中の視線を集めていたのだ。
そこにエルフが現出したとなれば、店が震えるほどの驚きの声が湧き上がった。
そうなるよな。
エルフの姿など、ほとんどの者が一生見られないのだ。
だけど、その中でも一番に驚いているのは、自分たちだ。
「士官様ともなると、食事をする店も違うものだな」
エルフが腕を組んで見下ろしてくる。
確か、レイムという名のエルフだ。
「これは、レイム様。こんな所に如何なされたのですか」
礼をする自分たちに、
「士官だけあって、礼はわきまえているな。だが、あたしくらいの度量ともなるとその礼も必要ないぞ。レイムでよい」
手を振る。
「隆也から士官学院の卒業を見届けるように頼まれて、見ていたのだ。それが、講堂を出た途端に見失ってな。探していたところだ」
言いながら、中空に指で聖符を描いている。
「ネビルのことを話しておったな」
「はい。ネビルは相手にすれば強固な敵になります」
声を潜めるアプラムに、
「結界を張った。ここでの声は周囲に聞こえん」
レイムが目を向けた。
「それで、その強固な相手をどうるのだ」
「自分が、ローグの参謀に付きたいと考えています」
その言葉に、レイムが笑いだす。
「これは、審問ではないぞ」
アプラムの自身の呼び方が、僕から自分に変わったことを言っているのだ。
アプラムは賢く、考え方も行動も柔軟だ。自分は新たな王立軍の暗黙の軍律に染まり、自身のことを自分と呼ぶようになって、それが身についてしまった。
しかし、アプラムはその置かれた場所で自身の呼び方を変える。公と私の切り替えがはっきりと出来るのだ。
「失礼しました。僕はローグの参謀として補佐をしたいと考えています」
「どうしてだ」
「ネビルには、ローグと同じ統率力があります。そして、自らを犠牲に逃がすほど知恵者も仲間に持っております。いつか必ずぶつかる相手ならば、微力なれど僕が、参謀をしたいのです」
「なるほど、良いのではないか」
あっさりとレイムが言う。
いや、いくらエルフでも軍の人事権はないだろう。それに、アプラムが自分の参謀。確かにそれほど心強いことはない。
口を開こうとした時、
「お待たせしました」
テーブルに料理が運ばれてきた。
熱せられた鉄板の上でまだ焼かれているような肉の塊だ。
「ほう、ハンバーグか。いいのう、おまえ達を探していたあたしを差し置いて、御馳走だな」
湯気越しに、レイムが笑っている。
その時になって気が付いた。レイムは自分たちを見失ったのではない。自分たちが店に入るのを待って、追いかけてきたのだ。
「レイムさんも、食べますか」
「そうだな。おまえ達が食事抜きのあたしを差し置いて話しづらく、食事代は出すので是非にというのであれば、致し方ないの」
勝ち誇ったような目を向ける。
エルフというのは、創聖皇の代弁者のはずだ。
高尚な存在だと思っていたが、人よりも人間臭いのだな。
「もちろん、御馳走させて下さい」
自分の言葉と重なるように、
「いつものやつを頼むぞ」
給仕に言う。
いつものやつ。レイムはここの常連なのか。
「ここはな、あたしの店でもある。登録もあたしがした」
「では、自分の店で奢らせるのですか」
アプラムも驚いたようだ。
「売り上げも必要だからな」
レイムの言葉に合わせるように、新たなハンバーグと林檎酒の小さな樽が運ばれてきた。
この早さは、店もグルだな。それに、自分たち以前に何度も同じことをしているようだ。
「それでだ。隆也の言葉を伝えてやろう」
レイムはカップに満たした林檎酒を抱え込みながら飲む。
隆也の言葉。隆也王の御言葉か。
「どのような御言葉でしょうか」
「アプラムが、ローグが望むならばそのようしよう。二人が共にあるならば、第一親衛軍の中に特務戦闘団を編成する」
本当なのか。王が自分たちの意見を先読みし、準備をしてくれていた。
「特務戦闘団とは、どのようなものなのでしょうか」
アプラムの言葉にレイムが口を拭い笑みを見せた。
「おまえ達は王国の鋼の剣の一振りさ。しかし、鋼も鍛えねば脆く弱い」
なるほど。刃の下を潜り鍛えるための戦闘団か。ならば、最前線が住処になるか。
レイムの言葉に、アプラムが再度聞く。
「でしたら、この戦が終われば、もう一振りはネルグになるのでしょうか」
「理解が早いな。その為に、見所のあるあの者のルクスを隆也は解放させた」
ネルグが、エリス王国のもう一振りの剣。
王はそこまで読んでいるのか。
この戦を勝ち切り、ネルグを配下にすることを見越して、自分たちと共に置いたのか。
リルザ王国との戦に勝ち切る算段も付いているのか。
そして、アプラムもそこまで読み切っているのか。
「それでだ。おまえ達が望み、特殊戦闘団が編成されるならば、アプラムには宿題が出る。移動用の馬車は用意したので、そこに資料を置いてある。次に戦が始まれば、その要衝と作戦を立案せよだ」
リルザ王国への作戦の立案。戦略的作戦の立案は参謀本部の仕事ではないのか。
アプラムに目をやる。
彼は黙ったままだが、その目には強い意志が感じられた。
「これはな、隆也も検討をし、参謀本部も立案している。下手な作戦は失望と失笑しかないぞ」
「分かりました。非才な身ではありますが、精一杯やらさせていただきます」
リプラムも平然とそれを受けた。
「これで、話は終わりだ。後は、隆也からの祝いがある」
王からの祝い。
「ローグは士官学院首席卒業、アプラスは参謀科首席卒業への祝いだ。カルア砦のラムザスから受け取るがよい。内容はそれまでのお楽しみだ」
「あ、ありがとうございます」
「それより、熱いうちに食べろ。おまえ達の払いだ、遠慮することはない」
嬉しそうなその声に、ハンバーグを口に運ぶ。言葉を失くす美味しさだ。
細かくした肉を固めたもの。柔らかく、肉汁が口に広がってくる。それに、深みのあるソース。
こんな料理など公貴の時でも食べたことないぞ。
「どうだ」
「すごいです。こんな料理は初めてです」
「そうだろ、そうだろ。他にも様々な旨い料理があるぞ」
他にもこんな美味しい料理があるのか。
「さすがですね。エルフは料理にも造詣が深いのですか」
「あたしだ。あたしが料理に深い知識があるのだ。今はな、その料理に使う調味料までも作っているのだ」
「調味料もですか。それは、今までのものとは違うのですか」
「あたしはな、隆也を迎えに異世界までも行ったほど創聖皇の信厚いエルフだ。この料理も異世界で知った料理ぞ」
林檎種を空けながら、レイムが胸を張った。
だいぶ酔っているようだが、それでも異世界というのは噓ではない。エルフは嘘を付けないのだ。
王も創聖皇が異世界に匿い準備していたと聞いた。レイムは、それを迎えに行ったのだ。
「いいか。これからは食糧生産も上がり、旨い食事も増えてくる。あたしへの感謝を忘れてはだめだぞ」
レイムの目が座ってきている。
これは、長くなりそうだ。
まぁ、駅馬車の移動ではなく、馬車を用意をしてくれるのだ。ここは、卒業祝いと割り切ろうか。
同じことを思ったように、アプラムが自分たちのカップに林檎種を注ぎ、新たな樽を注文した。
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