士官
「エリス王国士官学院第一期生の諸君。卒業おめでとう。ただ今を持って、諸君たちの階級は少尉という士官となった。士官とは戦場に最初に入り、最後に出る王立軍の要となる」
講堂に響く声に、ローグは顔を上げた。
同期修士百八十名が背筋を伸ばして座っている。当初は二百三十名いた修士。ここに残ったは、厳しい試験と訓練を乗り越えてきた同志たちだ。
家柄もルクスも関係なく、信頼のおける仲間たちだ。
「王立軍は民の盾である。敵を撃つ矛である。一度、命令が下りれば命を散らすことになるやもしれない。しかし、諸君たちの前にはエリス王国の威がある。そして、王が共に進み、後ろにはエリス王国臣民がいる。すなわち、諸君たちがエリス王国になる」
学院長の言葉に、高揚に身体が震えそうになる。
自分自身がエリス王国。
「ならば、王国に恥じぬよう心を正せ、身辺を正せ。軍の伝統と歴史は諸君から始まる。期待を込めて祝辞とする」
演壇に学院長が自分たちをゆっくちと見渡し、
「解散」
叫ぶように言うと背を向けた。
同時に自分たちは修士帽を高く放り投げて椅子を蹴った。
そのまま卒業修士全員が出口に向かう。
任地の命令は受けている。自分はキルア砦で二十日後に部隊合流。そう、それまでは休暇が与えられているのだ。
講堂を駆け出し、広場に向かう。
「ローグ」
掛けられた声に足を止めた。
駆けて来るのはアプラムだ。
「これで、階級は同じになったな」
自分の言葉に、
「階級は同じだけど、僕は参謀本部付きの第一親衛軍の参謀だ。ローグの補佐だよ」
アプラムが首を振る。
「同じ親衛軍か、知らなかったよ。だけど、自分も士官と言っても下っ端だ。補佐なんかじゃない」
「いや、僕は参謀ならば、ローグの補佐をしたい」
どうしたんだ。何を言ってるんだよ。
「そんなことを言われても、飯は奢らないよ。自由になったんだ、一緒に黒猫亭に行こう。王都でも評判の店らしい」
「いいね。あそこのハンバーグというのが旨いらしい」
「そうだろ。格技場で士官服の支給だから、着替えたらすぐに行こう」
広場の横に見える格技場に向かう。格技、甲冑組手を中心にした格闘術の練習場だ。
「そうだね。だけど、僕はあそこで死を感じたよ」
アプラムが呟くように言う。
「同じだよ」
甲冑組手。その言葉通りに甲冑を身に着けたまま相手に組み付き、殺すための武術だ。
教官から投げ飛ばされ、関節を決められ、何度も失神した。
体格にも恵まれ、鍛えてきた自分でさえそれなのだ。アプラムはもっと酷い目にもあったのだろう。
大きく扉の開かれた格技場に入る。
殺伐としたはずのそこにはテーブルが並べられて、箱と制服が並べられている。そこに付けられている紙には、名前が記されていた。いや、名前だけではない、殿と敬称までもがあった。
今までは番号で呼ばれていたのだ。
自分ならば、指揮官候補、第一期生、八十三番。呼ばれていたのは、Aの一の八十三だ。卒業すれば、ここまで待遇が変わるのか。
自分の名前の記された制服を取り、士官学院修士制服から着替えていく。
黒地に白銀の入ったラインが入ったズボンに、立て襟の膝まである上着。その襟には銀の少尉を表す階級章が付いている。
上着のベルトは白く、指揮官を表す鷲の彫刻が施された短剣。
最後に制帽を取り、それを被った。
これが、王立軍軍人の制服だ。士官は作業着、制服、儀礼服、はそれぞれ一着づつ国が用意をしてくれる。
士官になるまでは儀礼服はなく、作業服、制服、三着づつ国が用意をしてくれていた。しかし、士官にはそれだけの棒給があるのだから、個人で購入せよということだ。
まぁ、甲冑を個人で買えと言われるよりは、ましだと考えないと。
着替えを終えて、アプラムを探す。
いた。
彼の制服はズボンに入るのは白銀ではなく、藍色のラインだ。
白いベルトにはフクロウをの彫刻が描かれた短剣を下げている。
何か、格好良すぎて見違えたな。いや、ここで着替えた全員が、凛々しくて格好いい。
自分も、あんな風に見えるのかな。
そのアプラムが自分に気が付き、驚いたような目を向ける。
「似合うね、その制服」
「そっちこそ、まるで別人のようだぞ」
そのまま自分たちは格技場を出た。
畳んだ修士服は綺麗に洗われて第二期修士に渡され、置いてきた儀礼服と作業服は任地に送ってもらえる。
門へ向かう途中で出会う兵たちが敬礼をし、自分たちも答礼で返した。
彼ら全員がほんの少し前までは、自分たちの先師だった。少尉に任官した途端に、階級が逆転した。
しかし、そこに誇らしさはなかった。あるのは感謝だけだ。自分を鍛え直し、成長させてくれたのだ。涙が溢れてくる。
門を抜けて通りへ出ると、歩く市民たちの視線を感じる。
「これは、醜態は見せられないね」
アプラムが困ったように言う。
「確かにな。これだけ目立つ格好をしていれば、良いも悪いもすぐに評判になる」
「政務官の制服を失くして軍の制服を残したのは、その意味もあるらしいよ」
「どんな意味だ」
「軍人は民の規範になる。国のために、臣民のために命を懸ける軍人に誇りを与える。そういう意味だよ」
誇りか。伝統と歴史を自分たちが築くと言われたが、このことだったんだな。
「それに、棒給もだね。ここまでして貰ったら、文句も言えないよ」
「そうだな。近衛でもここまで厚遇はなかった。ところでリプラム。キルア砦が任地ならば、家に戻るのか。確か、あの近くに住んでいたと言っていただろ」
「帰るよ。避難していた家族も戻ったって聞いたから、そのつもりだよ。ローグはどうするの」
「自分はこのままキルア砦に行くさ。共に戦った仲間もいるからな」
公貴は廃止され、王宮の近くにあった家は国に返還して、王都の外れに家を支給された。
兄も王宮から追い出されるように政務官を退官して、今では農地を耕している。
父の代までは僅かでも手当が支給されるが、代替わりをすればそれも途絶える。
家に満ちているのは不満と愚痴しかない。そして、不満はあっても反乱を起こす覚悟も国を捨てる気概もなく。あるのは、公貴というプライドだけだ。
そこに帰ってこの制服を見せれば、家への裏切りとしか言われないだろう。
第一、自分には家への未練はない。
「そうか。だったら、外東までの移動は一緒にしない」
「そうだな。一緒に駅馬車で移動しようか。飯でも食いながら、相談しよう」
自分は黒猫の描かれた装飾看板を見上げた。
「そうだね。でも、その前に話したいことがあるんだ」
アプラムが先に扉を開けて中に入る。
真新しい店内は磨かれ、ゴミ一つ落ちていない。今まで見たこともない綺麗な店だ。
隆也王が立ち、この国は変わった。小さな食堂さえも変わったのだ。
商業ギルドから離れ、全ての店は国の管理になった。飲食店を開きたい者は経済司の開発局の審査に通れば、店を用意される。
店主は特別政務官の扱いになり、衛生基準も厳しいが、繁盛をすればその利益によって特別配当もある。
逆に流行らなければ、店は撤去だ。
そこに競争が生まれ、食への追及が始まっているらしい。
官舎住まいのために外食は初めてが、期待できそうだな。
水を運んできた給仕に、ハンバーグというものを頼み、
「それで、話は何だ」
アプラムを見る。
「ネビルのことだよ」
ネビルか。
一月前にリルザに帰還をした軍務司。
いずれ敵にはなるが、気持ちのいい男だった。
そして、怖い男になる。剣技には目を見張るものがあり、ルクスの威圧感も増した。
「そうだな……」
口を開いた時、目の前にルクスの光が集約する。
青い光の輝きに、思わず目を閉じた。
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