7:一年半後・トルト旧市街地区
第二幕の始まりです。
「さすがに一度、締め切りませんか?」
卓上に積まれた嘆願書や政府機関・外国からの招待状の膨大な束を見遣りながら、モリンはルールーに泣きついた。トルトの穀倉地帯復活の奇跡は当初原因不明とシラを切る方向で州知事ベッサルや代官モラキルなどと調整した筈だったのだが、そんなおとぼけが通用するはずもなく、一年半前にトルトにやってきた野良聖女の存在は各方面に知られ始めていた。
「いや全く、どーしてあそこまで完璧に復元しちゃいましたかねぇ。到底野良の仕業だなんて納得してもらえないっすわ」
それを止めなかったお前が言うか?とモリンは恨めしくレレを睨む。
「こういうことのために呼ばれるとは、想定していなかったのですが」
再度ルールーに泣きつくモリン。以前と比べて大姐に対して随分と砕けた態度なのは二年前のルールーとレレの『打ち合わせ』に同席し過ぎてしまったせいだろうか。ルールーはこれもまた好ましく思っているのか、
「そう言わず、力を貸しておくれ」
にっこりと優しい声[しかも子供声!]でねだられると、途端に無力化するモリンであった。
そもそも何故魔王副官(秘書)第三位のモリンがトルトのルールーの下に居るのか?しかもメイドの格好をさせられて。それは先の能力バレによって噂の真偽を確かめに・または他所の汚染を抱える国/地域から藁をも掴む思いで縋りに来訪する者などが日々増えてきたため、農民たちに余計な負荷をかけないように農園エリアから旧市街まで住居・活動拠点を完全に引っ越したからである。
トルト旧市街は古の首都であるものの、農園同様ここも御多分に漏れず魔素汚染の影響で大きく人口を減らし、廃墟も多い。そんな中で元は銀行であった建物を防犯の観点から拠点に選んだのだが、今度はその農民たち有志で回していた事務手続きや日常の雑事をやってくれる者が殆どいなくなってしまった。
現在農園は新規の入植希望者が激増していて、旧来の農民たちの中にはルールーたちのトルト市街地移転に着いていくのを希望した者もいたし、ホルクとジデの夫婦などはそれぞれ用心棒と賄いさんとして銀行跡に出入りしている。しかし、現実問題として素性に後ろ暗いところがあるルールーとレレからしたら、余り人類を身の回りに、さらに言えば聖女業務に近いところに配置するのは憚られる。という結論に達してー
「私が、呼びつけられたというわけですね。それは確かに、私は副官としては使い走りみたいなもので、あちらに絶対いないといけないような者じゃありませんでしたが」
卑屈になっている。
「だからといって、この格好をさせられるのは意味がわかりません」
魔郷での姿と違って、ハウスメイドの装束に身を包んでいる。フードを被っていないため、頭の上部に猫耳にしか見えない突起が露呈している。
「かわいい、から?」
「ぐふっ!?」
敬愛する大姐様にかわいいなどと言われては、致死量の幸福感に見舞われる。モリンは書状仕分けの手を止めて、椅子の背もたれに沈み込んだ。
「いや、ちょろ過ぎでしょぉ」
レレの冷めた言葉も気にならない。
と、そんな弛緩した空気は、不意に外からの怒声で打ち破られた。
××××
「フィリアド聖女会・ゾレント支部ノバーン分教会司祭頭・カショー ノーナンの使節団である!今日まで再三、旅の聖女ルールーとレレなる者らに支部への出頭を命じていたものを、ことごとく黙殺しあるその行状に辟易を禁じ得ないところを、支部司祭頭の格別のお慈悲により我々が直々の迎えに参上仕った」
「なんかいちいち偉そうっすね」
確かに、この一行の、特に分教会司祭頭とやらいう三十代くらいの男はしょぼい顎髭を摩りながら後ろに倒れるんじゃないかの勢いでふんぞり返っている。
「しっ」
階下の正面ホールまで降りてきたレレとモリンのやり取りは使者一行の耳に露骨に届く。口上を読み上げていた教団用人は軽く咳払いで仕切り直して、
「我々も大層忙しい身であるが、支部司祭頭の格別のご配慮である。貴殿らは直ちに身支度し、今すぐ我らとモンゾトルトまで同道すること」
「え・怠ぅ」
レレの素直な反応に横のモリンも、何かあればすぐ間に割って入れるように待機していたホルクもつい、吹き出したが、それが癇に障った分教会司祭頭のカショーは大声を張り上げた。
「貴様らの如き野良の自称聖女が、支部から目をかけられるだけで破格の光栄なのであーる!貴様らの如き路傍の者は、黙ってその光栄に縋りつき平伏せよ!!」
流石にこれにはホルクが辛抱の限界に達した。民間の護衛なので帯剣は出来ないがその手には六角柱の長尺な棒が握られている。これで一網打尽に叩きのめしてやろうかー
「ここに居合わせる、教団関係者の資格の、全てを、なかったことにする」
「?」
遅れてホールに降りてきたルールーの声を聞いたカショーは急に視線を彷徨わせ始める。居丈高に口上を読み上げていた教団用人も、カショーの後ろに待機していた別の司祭と思しき面々も一様に挙動が怪しくなり立ち尽くしたりふらふらと落ち着きがない。
「ここは無所属とはいえ、聖女業務を扱う者の事務所であります。依頼・お役目があって来訪された方でないのなら、速やかにお引き取りお願いいたします」
事務的口調全開のレレに気圧されて、『自称教団関係者』となってしまった者たちはすごすごと銀行跡から退出し、乗って来た教団の自動車に戻り〜これに乗って良いのか散々逡巡した後ようやく乗り込んだり〜今度は運転手がこの車を走らせて良いのか逡巡したり〜の混乱を見せた後、ようやく日没前に二台の車は立ち去った。
「いきなりあいつらおかしくなったが、ありゃなんなんですかね?」
狐につままれたような顔のホルクに尋ねられたルールーだが、
「さあ?」
と唇に人差し指を当てて微笑むだけである。
以後しばらくの間、教団からは使者どころか書簡も来なくなった。
基本的に本作での人名表記は 苗字→名前 の並びになっています。地球じゃないので。




