6:百七十年の呪い、晴れよ
「どういうことなんだ!?」
麦畑になるはずの大地に刻まれた畝を見遣りながら代官のモラキルは絶句し立ち尽くした。本来なら撒いた種が発芽していておかしくない頃合いである。いかに荒廃したトルトの大地でも種が全く芽吹かないなどということは無かった。だが、現実に鎮めの儀式から何日経っても土を割って出てくる緑色は皆無であった。
「あのクッソ聖女とクソ司祭…」
国のカネ吸い上げといて手抜き仕事しやがって、と口に出そうになるのをかろうじて押しとどめる。既に出だしが口を突いた段階でもうダメな気もするが、代官程度の自分の一存で教団と完全に決裂したなどという状況が出来ては不味いので、これはセーフだと思うことにする。この男、外見はカバのような下膨れの悪党顔だが実際は入植者たちを尊重して、時には上司や州知事にも意見してくれる好人物なのをルールーやレレは学んでいた。
「だけど代官、仮に芽吹いてくれたとしても、ここしばらくは雨が降ってない。川から水をなんとか引っ張ってきたとしても到底、この広い農園に行き渡らせることなんか出来ゃしないぜ」
農民を代表してホルクが進言する。
「代官さえ目を瞑ってくれるなら、俺はあの人に賭けてみたい!」
ホルクが指差す方向に代官が頭を向けると、そこにはルールーが農地の中央に立っていた。
××××
「ではいよいよ、大地の、そのものの浄化を試してみたいと思います」
そう言うレレは農地には立たず、代官や農民たちと一緒に様子を見守る構えでいる。
「好きなようにやってくれ、失敗したって今更何も失うわけでもない」
代官は苦り切った表情だが、ルールーたちを見下しているわけではないようだ。
「だが、祭壇とか何かそれ、そういうのは無くていいのか?」
「まぁ、あればあったで気休めにはなりますけどねぇ」
レレの返事に代官は一瞬「そういうものか?」と怪訝な表情になるが、再び遠くのルールーに視線を向ける。
「頼む…聖女様。あんたなら…この腕を、女房の足を治してくれたあんたなら…お高く澄まして身なりだけ立派なそこら辺の教団聖女やらと違って…見せてくれるんだろう?」
ホルクが、つい最近まで動かせなかった右腕を突き上げる。
「本当本物の奇跡を!!」
すう…とルールーは広大な農地の中心で一息つく。緊張などしているわけではない。ただ、この地をかつて訪れた時のことを、この地で最初で最後の邂逅をした惜しむべき相手を、脳裏に浮かべたのだ。私があの時この地で果てるなどということは万に一つもあり得なかったが、彼女は決してここで果てていい存在ではなかった。その事実への感情はひとつ。「口惜しい」
ルールーの足下が俄かに光り始める。その光は同心円状に広がりはじめ、数百メートルは離れている筈の代官やホルクたちも視認できるまでに勢いを増していく。
「これが…」
思わず代官が言葉を漏らした頃には、農地全体が光を放っていた。
「我・メイフェリと仇・ティーリオとの因果因縁の産物を、なかったことにする」
大地が少し震えた後、徐々に波打ち始める。刻まれた畝が形を変えたり崩れたりはしていないが、土自体がうごめいて何かと入れ替わっていくのが見てとれる。代官やホルク・レレたちの立っている農道部分には全く変化が無く、種を蒔かれた地面だけが激しく震え、気がつくと土の色が完全に別物に置き換わっていて〜気がつくと空気が、気温が暖かいものに置き換わっていき〜次いで、雨が降り始めた。
この奇跡を見守る一同に、もはや声も無かった。
暖かい慈雨が、清められた大地にただただ降り注ぐ。
奇跡の中心で雨に打たれながら満面の笑みを浮かべ、ルールーは何かの唄を口ずさむ。
そして土を割って芽吹いた緑のー
××××
どこかの国の道路上の車列、それはフィリアド聖女会の紋章を掲げた高級車たちー
その中の一台に疲労からか寝落ちている茶髪巻毛の幼げな聖女とー従者のいでたちの女官ー
女官は眼鏡の縁に指を当てると視線だけ窓の外に一瞥し、横で眠る茶髪巻毛の幼げな聖女に視線を移し、頬を手の甲で撫でながらー
「そうですか」
そう呟き、ほくそ笑んだ。
第一幕の締めです。




