5:最初の年に戻り・トルト地区
寿命に余裕がある魔族は、案外地道な手段を苦にしない。
「ここまで本っっ当にぃ、長かったぁ〜」
簡素なベッドの上で大の字にうつ伏せながらレレがごちる。
ここはトルトの農園で出会った中年夫婦の住居で、夫婦それぞれの古傷に治癒の奇跡を与えたことで「恩返しに今夜は泊まっていって欲しい」と請われ二人は空室に案内されていた。
住居は立派な戸建で都合四部屋あり、夫婦は夫がホルク、妻がジデといい、レレがそれとなく聞いてみたところかつて結構名の通った冒険者たちだったらしい。息子が一人いるが、この地で汚染されてはいけないので学校に通う名目でモンゾトルトに一人住まわせているという。夫婦的には学者か普通の勤め人にでもなって欲しいようだが、本人は冒険者になりたいようで気が気でないらしい。
住んでいるのは夫婦二人だけなので勿体無いというのでルールーとレレは特に断る理由もなく、むしろそのつもりで奇跡を夫婦に与えてるので目論み通りである。夫婦の感謝は留まるところを知らず、食事なども一層豪華にしようかなどと言い合ってるのを見てさすがに丁重に断りを入れたりもした。
「ルールーはぁ、ここで最優先にやりたい事があるんだもんねぇ?」
「そう、百七十年ぶりの、忘れ物」
「これを終わらせないと、何も、始まらない」
二人の間ではもう、『メイフェリ』の名は口にしない。『レレから見て敬愛する歳下』という体の口調を考えて『様』付けはやめた。人類の前で迂闊に口走って設定が崩壊しては話にならないからである。そしてルールーは自身の言霊の影響力を考慮して喋り方も工夫することにした。一つの語りを簡潔に、できる限り文節ごとに間をとって、むしろ喋りが拙く聞こえるくらいでちょうど良い。
「世間では大聖女と終焉の魔女が刺し違えた時に流れた血に怨念の魔素が混じってて、それが大地に染み込んで呪われた〜みたいな話になってるですけどぉ」
ルールーは反応しない。
「どう見てもそれは、嘘っすね」
「怨念の魔素ってのは確かに。でも死にかけの能力者が撒ける量じゃない。っていうかー」
レレが顔を起こすと、唇に人差し指を当てて微笑むルールーの姿が目に入った。
××××
「聖女見習いって…何が出来るんだ?」
「まあ、間に合ってるな」
「よりによってここトルトに来るなんて物好きな」
翌日、入植者地区で農民たちから掛けられた言葉は大別するとこんな感じであった。しばらくここに滞在するつもりなので、何か依頼がないかと一軒一軒回ってみた結果がこれである。
ルールー的にはさっさと大地の浄化をしてここから別の目的地に移動したかったが、「前置きなく突然全てが解決するのはおかしいし、あちこちから無駄に目をつけられる可能性が高くなるのは良くない」というレレの言い分を受け入れたのであったが…。
「すまない。ここの住民どもは長年の過酷な環境で余所者…特に聖女を簡単には信じない性分になりがちで…もし俺らの身体が完治してるのを言って回れたら多少は違うんだろうが…」
一緒についてきていたホルクが恐縮するが、
「いえ、それはまだ伏せておいていただけると助かります。みなさん聖女を信じてないということであれば尚のこと…それよりも」
「なぜ、聖女を信じ、ない?」
五穀豊穣を祈願する巫女であり、対魔族への切り札でもある聖女を信じないというのは、この世界の人類としてはかなり歪なことである。
「いやね、トルトは魔女に呪われてるからってんで毎年種蒔きの頃、教団に依頼して聖女にお祓いしてもらってるんだが、まあ心持ちマシになる程度でさ。教団連中もなんか偉そうだし、だんだん「本当はもっと良く出来るのをわざとケチって回復を先延ばしにしてるんじゃないか。ってさ」
「はあぁ」
「いや、そんなことはさすがに無いのはわかってる。俺らは冒険者暮らししてる時に聖女にはかなり助けて貰ってきたからさ。…でもまあ。お二人の奇跡を見たら、何となく、教団の手抜きってのも感じなくは無いよな。治せなかったもの。俺らの怪我は誰も」
それはおかしな話だなとルールーも思う。自分が夫婦に施したのは怪我をなかったことにしただけの、言ってしまえばインチキだが、このくらいの損傷ならば古の大聖女に及ばない程度の聖女でも治せないことはないだろう。
「種蒔きは、聖女はいつ、来る?」
「もう後ふた月したら、例祭がある。その時教団の、かなり上の位の聖女と取り巻きがやって来る」
「わかった。それまで、ここに留まる」
この時代の聖女を直に見てみたいと思った。
××××
「すごいな!井戸水が沸かさなくても飲めるようになるなんて!!」
「生臭さが全くなくなってるよー!すごいね聖女さんたちー本当に見習いなのかいー?」
…ホルク夫婦はとんでもない大根芝居だった。農民たちに営業をかけても門前払いなルールーたちに実績を積ませるには、夫婦の生活環境をまず改善して見せるのが一番良いということになって、
「(柄杓の水をごくごくと飲み干しながら)ほら、お前らも飲んでみろよ!五臓六腑に染み渡るぜぇ」
と、他の農民たちに勧める。
「…うまい。何だこれ」
騙されたと思ってという言葉に乗って一人の農民が一口飲んで、困惑の声を上げた。
「井戸自体に、水を浄化できる、ようにした」
嘘である。正確には『井戸に繋がる地下水脈の汚染をなかったことにした』のだ。
「もっとも、根本的には水源に近い辺りから浄化した方が良いのですけどね」
腰に手を当てながら踏ん反り返って話すレレは詐欺師の素質に溢れている。
「いや、トルトでそこまでの奇跡は教団の聖女様でも出来ないんだ、高望みはしちゃいけねえよな」
三文芝居は続いていく。その間にも農民は一人・また一人と井戸水を口にしていき、
「なあ聖女さんたち、俺のとこの井戸にもこれ、やってもらえまいか」
「謝礼はちゃんとするから、私ん家のもやってくれないかね」
ー食いついた!狙い通りの展開に悪い顔が浮かびそうになるのを堪えるレレとホルク。
「任せると、いい」
××××
「ああ、首筋の神経痛が無くなっていくって、こんなに快適になるんだ。ありがとう聖女さん!」
「はい、効き目が現れたのでしたら何よりです。ただ、段階を追っていますので、まだまだ無理は避けてくださいね」
魔族であるレレは一般的な聖女の奇跡『土鎮め』関係は全く出来ないのでそれ方面はルールーに任せて、唯一ごまかしの効く治癒系の奇跡を農民たちに施している。聖女の治癒権能『快癒』は使えないが、自身の超回復が出来る『全癒』の余力を患者にかざすと多少の似た効果が得られる。それで以前からも聖女なりすましをやって小銭を稼いだりしたことが役に立っていた。
こうした細々した実績づくりを続けて二ヶ月。今では入植地にほぼ馴染んだルールーたちは当初とは予定を微妙に変更してトルト界隈を拠点とするのもアリかなと考え始めている。現状、住居は相変わらず最初に出会ったホルク夫婦の家に間借りしていた。夫婦が「これだけは譲れない」と引き止めるから。
ただ、魔族である二人としてみれば同居が続けば続くほどボロが出る可能性が高まるので、折を見て周辺で程よい空き家がないか探しに出たりもしつつ、土地勘を養っていた。
「ルールーさんはどこのお生まれなんだい?」
「西の、国境近くの集落、と聞かされて、いる。細かく、教えられる前、に親と、はぐれてしまったので、証明証は、仮」
という設定で、国籍証明証は偽造…というよりただの白紙カードだが、((このカードを見る者の疑う気持ちをなかったことにする))によって疑われること無くノバーン州で住民登録を済ませてある。ちなみにゾレント国の法律ではこの後二十年同じ州内に登録し続ければ仮証は破棄され、正規の国籍証明証が発行される。「たった、十年で良い、とはザル法、だな」と言ったらレレに「そりゃまあ、私らの寿命からしたら。ですがね」ということで、人類の前では言わないように気をつける。
というか、生まれから今日までの設定を語るとトルトの民からもれなく大変に気の毒がられてお菓子など貰うのはさすがに何とかしたい。親とはぐれたのは事実だが、何百何千年前だと思ってる?言わないが。
また、二ヶ月地道に聖女活動し続けたことでホルク夫婦以外の住民たちも当初の『あんたら/お前ら』呼びから『聖女さん/ルールーさん&レレさん』呼びに変化していた。この二ヶ月で稼ぎ自体はゼロに等しいが、今ではこの界隈の住民たちが色々差し入れて養ってくれている状況なので生活には不自由していない。
あと、永い生涯でここまで人類と一緒に過ごしたことが無かったルールーからしたら、人類はとにかくよく喋る。魔族にもレレのようなお喋りは存在するが、基本的には権能『伝心』で最小限の感情とか要求などのやりとりが多いから井戸端会議のような状況はほとんど起こり得ない。
そしてこの井戸端会議というものは「亭主の歯軋りがすごくて」だの「ネズミが開けた穴を何度塞いでもすぐ元通りにされる」だの「どこそこの娘と誰それは実はデキてる」だのの正直どうでもいい情報が次々に入ってくるのが人里というものなのかと、ルールーは魔郷で過ごしてきた悠久の刻と比べて感心してみたりした。
そして、そうこうしている内にいよいよ種蒔きの季節が近づいてきていた。
××××
「あーあれだ!見えてきましたよ。教団の車が」
広大な農地に一本まっすぐに敷かれた片側二車線の、そこだけ舗装も綺麗な道路を四台、黒塗りの乗用車が進んで来る。なるほどかなりの高級車で、フロント部分に何か紋章のようなものが大描きされている。
「神聖聖人教会、とは少し違う、のか。あれは」
「随分古い名前をご存知ですね。あれがフィリアド聖女会です。いわゆる『教団』と呼ばれて…って、聖女様なら当然ご存知か」
「フィリアド…、ティーリオフィリアド、か」
ルールーは当然知らなかった。かつてこの地で大聖女ティーリオと遭遇した時、彼女の所属は神聖聖人教会と言ったはず。紋章もその時見たものに似ているが、少し改変されているようだ。
「改名したんですよ。((終焉の魔女と戦い命を落としたとされるティーリオ様の遺徳を正当に継承するもの))としてのアピールで」
レレがさりげなくフォローしてくれたので、ルールーは大まかに事情を理解できた。なるほどそれで少しは同じ匂いがするのか。などと考えているうちに車列は出迎えた地元役人や農民たちの前で停車した。
「ようこそ。遠路はるばるお越しいただきましてありがとうございます」
トルト地区代官のモラキルが車列から降りてきた教団一行に丁寧に頭を下げる。居並ぶ農民たちも一様に頭を下げるので、この場に農民の格好で参列するルールーたちもなんとなく頭を下げた。
「いえいえ、わが教団の中興の祖にして史上最高の大聖女におわしましたティーリオフィリアドの慰霊の地たるトルトに派遣されるのは我らにとって崇高なことでございます。本日もより善き祭礼になりますことをお約束いたします」
三名並ぶ教団司祭の中で高位と思われる男が慇懃に返答する。その斜め後ろに瞑目して控える聖女の装束には、見覚えがある。
「なるほど、それは変わら、ないか」
「本日我らと同道いたしましたのは、教団第二席・聖女キノマレンにございます」
司祭に紹介されたキノマレンは軽く会釈する。第二席とあるが、フィリアド聖女会にとって第一席は永遠に大聖女ティーリオ フィリアドのものなので、現役としての第一位はキノマレンということになる。ちなみに、フィリアド聖女会所属の聖女は全員生来の姓を破棄し、フィリアドを加え名乗る。なので彼女のフルネームはキノマレンフィリアドだ。
容姿に触れておくと、漆黒の長髪に所々白金の髪を編み込んで一度後頭部で纏めた、典型的なフィリアド聖女の髪型が印象に残る。瞳は薄い茶で唇が厚ぼったい。
「第二席様!これはありがたいことでございます!なあみんな!ありがたいことだ!!」
代官モラキルは大仰に喜んで見せる。これはそういう段取りなのか…?とルールーは周囲を観察してみるが、農民たちには何か白けた空気が漂っていた。ともあれ一同は少し歩いて農園の一角に移動する。そこには既に教団指定の様式で祭壇が設けられている。
「それではこれより、年度定例のお鎮めの儀を行います」
教団司祭は祭壇の前で高らかに宣明した。
「よろしくお願い申し上げます」
同じく祭壇の前で地区代官のモラキルが応答を行う。型通りのやり取りを受けてその二人の間に割って入り祭壇の前に進み出る聖女キノマレン。
「ワレ、キノマレンフィリアド、ダイセイジョ・ティーリオニジョリョクヲネガイタテマツリ、コノチニヨドム、シガラミノケヲタチキリ、シズメハラワントホッス。カシコミ・カシコミ」
キノマレンの唱える祝詞に応じて参列した代官・農民たちも一斉に首を垂れる。農民たちに混じって参列しているルールーとレレもとりあえず倣って頭を下げておく。心なしか場の空気が暖かくなり、この地区独特の息苦しさが軽減されていく。参列者一同に怪しい安堵感のようなものが拡がって、明日から始まる種蒔きに備えた一連の儀式は無事に完了した。
午後からはその場で教団の関係者を交えた宴席が開かれ、これにも後学のためルールーとレレも農民の姿のままで参加した。教団は別に酒食に制限があるわけではないので、始まってさほどもしない内に痛飲しだらしなく姿勢を崩すものや前に出て踊り始めるものなど表れ、なんとも言えないカオス状態となった。
その中にあって聖女キノマレンは無表情のまま果実水と、ごくわずかの乾き物を口にする以外は上座から動かない。目は伏せがちで、たまに視線を上げた際には何かを探すかのように虚空を彷徨わせている。
「まぁアレ、それなりには力あるみたいですがねぇ?なんていいますかぁ…」
そのキノマレンを一瞥しつつレレが耳打ちしてきたが、
「さっきのは…あれはあの者の、全霊ではない、のだろう」
ルールーはそう判断している。確かに魔素の淀みは一瞬晴れたようには見えるが、恐らくはここの農民たちから聞いた例年のお鎮め後の気配には遠く及ばない。農民たちの中にも勘よくそれを察した者が居るようだが、教団に睨まれると後々不味いので口に出すことは無かった。
「理由は、わからないが、これでは…」
ルールーの危惧は、すぐに現実となる。




