4:先の数日後・メイフェリの私室
「〜とまあ、そういう方針で行ければなと思うんですがぁ、それでよろしいでしょうか?」
初顔合わせから今日まで、レレはメイフェリとの間でずっと人里に降りるための?登るための?方針に関する打ち合わせを続けていた。がさつと言えるレレの口調をメイフェリが許してくれたため、敬語は最小限しか使っていない。そのことに耐えられなくなったラーラスは「あとはよろしくお願いします」とだけ言い残して魔王の下に戻っていった。モリンも本当は耐えられないので中座したいのだが、ラーラスに打合せの内容を報告する義務を負わされてしまったので、嫌々同席し続けている。
「大姐様のやりたいことを怪しまれずに実行するにはぁ、やっぱ『聖女のフリ』して過ごすのが一番手っ取り早いし、ボロも出ないと思うんですよぉ」
「そうか」
「それに、日々の生活費ってのも必要ですしぃ。魔郷じゃお金とか持たないし、使わないんでしょ?」
「うん」
魔族にも蓄財の意欲や願望が無いわけでは無いが、大抵人類の嗜好とはかけ離れるし、高位魔族の持つ宝玉や金品は人類のレートから逸脱した高価なモノなので、持ち出しても意味が無い。
「魔族によっちゃ、聖なる者〜とか名乗るのは虫唾が走るって奴も多いんでしょうが、アタシは楽して稼げるんでちょくちょくなりすましてますね。野良聖女って感じで」
余りの妄言の数々を聞きながらモリンはメイフェリの方を怖くて見られない。大姐様はひょっとして不敬罪のポイントを貯めさせるためにレレの妄言暴挙を見逃し続けているだけではないのか?だとしたらそろそろ粛清がーー
「面白そうだ。野良聖女」
「でっしょ〜♪面白いんっすよ。野良聖女ぉ」
モリンは意識が飛びかけた。
××××
「で、ここからは具体的な戦術の話になるんですがぁ」
モリンはもう動じない。彼女の目の前には取り寄せた灰色の聖女装束を前に和気藹々と聖女特有の素振りの稽古に興じるレレとメイフェリの姿がある。
「流石に今のお姿のまんまじゃ、見習いの野良聖女ですぅ〜っていうの、無理があると思うんですよぉ」
言われてモリンは大姐メイフェリを眺め、確かにと思う。大姐様はとにかく美しい。漆黒のウエーブのかかった御髪も銀色の輝く瞳も、贅肉なく均整のとれた肉体の輪郭、音を発せば周囲を魅了して止まない形の良い唇、あらゆる人種には存在しない純白の肌。
「完璧すぎる…」
思わず口走って、その不敬に焦るモリン。だがもう手遅れー
「ありがとう」
礼を言われるのは、さらに意外で高揚感からモリンは涙が止まらなくなってしまった。レレは余計なやり取りに気を削がれたりはしたが、ここはグッと堪えて話を元に戻す。
「もし出来るなら、見た目の特徴を真逆に見せれないかなって。ほら、百何十年前って、いうほど昔じゃないじゃないですかぁ。今ほど写真が手軽じゃなくても似顔絵の精度とか案外馬鹿に出来なくてぇ。意外に似ちゃいるんですよぉ。世間に出回ってる『終焉の魔女』の姿絵」
「ふむ」
「なので、((御髪は白・灰色か銀寄りに))((瞳は黄金色に))((肌には血の気を通わせて))((背丈は私よりもずっと低いくらいに))((いっそ年の頃もずっと子供に))ー」
「こう、か?」
レレが言い終わらない内に、メイフェリの姿は十歳かそこらの子供の姿に変容していた。
「言われた容姿になるよう、元の自分の姿をなかったことにした」
レレとモリンは固まったまま動かない。さすがのメイフェリも不安に駆られた。
「私は、間違えた、か?」
しかし両者から返ってきた言葉は、
「「か、可愛い!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」
さすがのメイフェリも不安に駆られた。
××××
それから更に一週間程の打ち合わせを経て、二人の人里での設定はメイフェリはレレと各地を旅して回る聖女見習いということになり、あえて稚拙な聖女仕草や祝詞口上を練習したりした。そしていよいよ出発の機は熟した…という頃になって、レレは肝心なことに気がつく。
「大姐様の人里用のお名前はどうしましょうねぇ。まさか真名を名乗るわけにはいかないですしぃ…」
「ふむ、特にこだわりは、無いが」
「いっそ知り合いとかぁ、そういうのの拝借でもいいかと思いますけど」
「ルールー」
「え!?」
変な声を出したのはモリン。「?」となって向き直るレレに向かって、
「流石に飛び蜥蜴の名前は、ちょっと…その」
「飛び蜥蜴ぇ?」
魔郷固有種で最大でも手乗りサイズにしかならない、他より知能の高めなワイバーンのことである。
「懐いて、いた。三百年くらい昔いつも、こう肩に、乗って。ルールーと、名付けていた」
「ああ、ペット的な。うん、いーんじゃ無いですかね。思い入れのある方がうっかり忘れることもないですしぃ」
モリンは納得いってないようだが、二人の中ではもう確定事項になってしまっている。ところで、レレはそのモリンに関して重大な情報を確認する機会を逃そうとしている。メイフェリが昔飼っていた動物の名を知っていた…ということは、少なくともモリンは三百歳よりずっと上で…
××××
「魔郷から船で十二日間、鉄道駅のある町までの歩きに一週間、鉄道で大陸横断するのに三日間。ノバーン州からトルト地区入り口まで歩いて二日。というのがだいたいの旅程になりますがぁ」
「ルールー様は永らく魔郷にお籠りでいらっしゃったんですよね?今言った中で知らない乗り物とかありますかぁ?」
新名に慣れるために雑談からルールーと呼ぶことにしたレレが、二人分の荷造りをしながら尋ねる。
「いや、だいたい、わかる。てつどうは、煙を頭から、吐くうるさいやつ、だな?」
「あー、それは結構昔の奴ですねぇ。今は油を使って走るのがほとんどで、都会じゃ電気で走るのもあってー」
「でんき、とは?」
「ああ、そこからですかねぇ。う〜ん…あたしも仕組みはよくわからないんですけど、煙は全く出ないんです。船とかも多分、大姐様がご存じのとは大きさとか全然違うんじゃないかなぁ」
「ほう?それは、早く、見たい」
思わぬ食いつきにレレは不意をつかれて苦笑する。目を輝かせるメイフェリは今の見た目の通り、十歳そこらの子供そのものに見えたから。
果たして実際に大きな客船を、規模が明らかに大きくなった人里の港を、行き交う人間たちの身なりの変化を、興味津々で目を見張るルールーの姿は誰から見ても可愛らしい聖女見習いであり、国境近くの田舎の出身という設定にも信憑性があった。
万能な権能・「なかったことにする」決して作者が楽をしたくて設定したわけではありません(迫真)




