8:二年後・バチコウ連合国特別領フィリアド聖女会本部
世界最大の聖女組織の内側です。
「それで、どういうことになっているのかな?枢機卿」
居並ぶ幹部たちを前に、教団総会頭の老人は尋ねる。それは幹部たちにとって直近最も触れられたくない話題の一つであった。
「トルトからもう二季に渡って我らへの地鎮の依頼が途絶えている件でございますな」
枢機卿と呼ばれた壮年の男が、わざとらしく事案を説明口調で語る。幹部たちは露骨に動揺するが、姿勢は崩せない。
「詳細がゾレントの支部からまともに上がってきておりませんで、断片的なものだけかいつまんで申し上げますとー」
「二季前の地鎮の祭祀が大変不調に終わり、その原因の説明と予算の返納をゾレントの州知事名で要請されまして、まあこんな言いがかりには対応出来ませんので黙殺するところでありますが、その頃から市井で何やら気持ちの悪い噂が拡散しつつありまして」
「ほう?それは?」
これもわざとらしく教団総会頭の老人が追い討ちをかける。
「なんでも((あの))トルトの大地の浄化を成し遂げた者が現れただの、それは旅の聖女で、しかもまだ見習いの子供であるだのと」
幹部たちは吐きそうな顔色になってきている。
「枢機卿よ、これは異なことだ。あの大地の汚染が人類の手に負えないことは、この百七十年ばかりの、先人たちの苦闘で疑う余地も無かったのではないか?」
老人のわざとらしい素振りと語りは続く。
「げに(本当に)、もしそれを成し遂げる者があるとすれば、かの大聖女と同等な存在という見立てでございます」
「それほどの者が、現れた可能性が?」
「それを調べるように、ゾレントの支部に命じたのでありますが…あろうことか支部が動く前に、『教団関係者を騙る、素性不明の一団』がその聖女見習いの元に押しかけ諍いを起こしたとか。以後何度か支部の幹部直々に正式な訪問の要請を繰り返しても、完全に門前払いの扱いだそうで」
「ふむ、旅の聖女たちは元来独立心が強く、教団に限らず国家への仕官も拒む者が一定数居るとは聞くが…噂が本当ならば実に勿体無いことよのう」
「あくまで噂が本当ならば、ですが、勿体無いどころではありませんな」
老人たちの会話を聞きつつ、現実にトルトの穀倉地帯が二季続けて大豊作になっているらしいとの情報を掴んでいる幹部は、心底吐きそうになっている。
「それもさることながら、我々として最も看過出来ないこととしましてー」
枢機卿は話題を切り替えて、
「第二席聖女の、不振とされる事案でありますが」
うむ、と教団総会頭は椅子から身を乗り出す。野良聖女の噂に対してよりも熱を帯びた態度で枢機卿に話の続きを促す。
「それを申し出ているのは先ほどのゾレント州知事だけでありまして、その他の出仕での不手際などは一切報告がなく、各地からは感謝の声しか届いておりません」
居並ぶ幹部たちはようやく人心地ついて、顔色が戻ってきた。
「故に、ゾレントからの申し出は、地鎮の祭祀の経費の莫大なるを疎んで、その縮小を目論む駆け引きの一つと理解して良いのではないかと結論いたします」
「まあ、そうよの。全く、祓えるはずもない穢れの地を抱える苦衷は察せぬではないが、その穢れの因果からは逃れられる筈も無いのに下世話な金銭の交渉に訴えるなどと、ほとほと見下げ果てざるをえぬ」
「それは総会頭、流石にき奴らと同じ格に堕しかねない危うい言葉の強さでございます」
「まあ、そうよの。我らはこの世界で最もつよき聖女たちを預かり、この世界のありように責任を持たねばならぬ使命を持つもの」
「つまらぬ誹謗にあった第二席は当然心を痛めているであろう。枢機卿、その辺りは十分に手当してやってくれ」
「げに、なんとなれば、『かの者』にその辺りを一任したいと考えております」
「ああ、『聖女誑し』な。それが良い」
「「「げに。げに。」」」
××××
「まだ、戻らないのかしら?」
もう何度目かの、全く同じ問いの繰り返しに専属侍女は壊れた機械のように、
「テマどのですね、お忙しい方ですので、おそらくはまだしばらくお戻りになれないかと」
同じ返答を繰り返す。
ここはフィリアド聖女会本部・第二席聖女の私室。下手な宮廷を凌駕する美麗な室内は通常、聖女それぞれの趣味で飾り立てられているが第二席の部屋は少し趣が違い、自らの趣味ではなく他者に依頼して仕立てられている。
第二席聖女・キノマレン。当代全世界のあらゆる聖女としても第一位を取るといわれる上に、世間的にも人気のアイドル的聖女である彼女の出自はそれほど優越ではない。百七十年前の人魔衝突で分裂消滅した大帝国グレンドのゾレントでは無い方の小規模王国・マンドルの子爵家の末の令嬢であった彼女は八歳にして膨大な聖力に目覚め、『土鎮め』と『快癒』を既に備えていたところ翌年フィリアド聖女会のスカウトに見出され、以降十年の内に『伝心』と『掌握』の権能も会得して教団内トップに昇りつめた。
努力家といえるキノマレンは実は他人との折衝が不得手であり、それをも努力で表に見せないようにしているが内心では相当のストレスに苛まれている。これを耐える心の支えとして、自らを聖女として見出してくれたスカウトに、さらにいえばその日スカウトに同道してやって来た少女の一言に惹かれ、支えとして激しい聖女同士の軋轢を乗り越えて来たのである。その少女の名がテマ…
「確かテマどの、今頃は第八席様と同道されて北辺に地鎮とスカウトを兼ねて遠征中と聞き及んでおりますし」
「第八?」
侍女の何気ない喋りを受けて、聖女の眉に険が宿る。「ああ、あの鈍臭いブ…」危険な言葉が口をつきそうになったが、なんとか全てを呑み込んだ。筆頭格の聖女として、何があろうと口にしてはいけない言葉だ。全くなんということであろうか。『彼女』に見出されて教団に属して以来、心身共に鍛え研ぎ澄ましてきた聖女としての誇りを、たった一人を前にしてではあるといえ吐き捨てかねないところだった。大丈夫・私はまだこんなに自分を律していられる。
「……」
侍女は絶句していた。キノマレンが何とか一切口にせず済んだと思っている先ほどの呪詛の言葉は、伝心によってニュアンス含めて完全に侍女に届いていたのだ。
「お、お茶を!淹れ直して参りますね」
「そう?よろしくね」
慌てて部屋を飛び出していく侍女を怪訝な表情で見送りながらも、すぐにキノマレンは心にただ一人の姿を思い浮かべ目を瞑る。
「早く帰ってきて、テマ。私の、テマ」




