30:選ばれた未来
「まさか、あの人とまた同僚になってしまうとは、夢にも思いませんでした」
自分の執務室で、ハァリカは独り言のように呟いた。いつものように室内にはニーベが、付き人として控えている。
「しかも、魔族ですよ?魔族になってしまうなんて、あるんですか?聖女だったのに」
教団崩壊の晩、ただ一人((無傷で))救助された次席聖女ナミーァは、その後思うところあって教団を辞して聖女商会に入社した。世間が驚いたのは、聖女としてではなく裏方〜事務職としての就職だったことである。
「こんな姿になって、どの面下げて聖女を続けられるとでもおっしゃるのかしら。しかも、権能が何一つ聖女向きで無いままで」
との当人談だが、
「え?それってルールーやあたしを揶揄ってますぅ?魔族でも頑張って聖女仕事やってるってのにぃ」
「こんな姿…って、特にまだ外見に変わりもないし気にしすぎじゃない?まああと200年もしたら角の一つ二つくらいは生えるかもしれないけど」
新人歓迎パーティーの支度をしながら、その魔族新人に魔族先輩二名が突っ込みをを入れる。そうか、モリンの頭の猫耳みたいなのはやはりそういうアレなのか。というか、人間からでも魔族になってしまったら、寿命もそういうことになるのかと新たな知見を得てニナッタは朝から満足している。
「(そういったことのあれこれは、異世界の人たちになら教えても構わないかもしれませんね。誓言の抜け道的に)」
口に出来ないことが増えるはけ口に、そんな妄想に耽ってみる。それにしてもここしばらくはルールーが商会に不在で抱きぐるみ分の不足感が半端でなく、とにかく早く帰ってきて欲しいと切に願う。
××××
「ごめんなさいね、キノ。本当に少しでも長く一緒に居てあげたいのだけど」
「大丈夫よ、テマ。私のせいで教団が大変なことになってるのを、支えてくれているのよね?それは、とっても大事なことだわ」
ようやく仮設スタンドが撤去されて元の広さと解放感を取り戻した教団本部の前庭を、車椅子生活になってしまったキノマレンと教団臨時顧問になっているテマイラが散歩している。今回の惨事の核心的位置にあり捜査対象のキノマレンは本部聖女宿舎に監視付きで留め置かれているが、「重度の呪詛中毒により、余命一ヶ月」と診断された上に既に全ての権能を喪失して、今ではもう短期記憶もおぼつかず取り調べは捗っていないが、テマイラと会話することで精神の安定は保たれている。
『生まれ変わり』という現象自体を経験則から否定しているルールーも、彼女らの様子を眺めながらふと、思ってみることがある。
かつての聖女ティーリオフィリアドは自らが発掘し、大切にしていた一番弟子の無惨な最期を目の当たりにして、世界を終わらせかねない呪詛を撒き散らした。その彼女はしかし、調停者の前で自分個人の怨恨の完遂よりも世界の継続と自分や、一番弟子のような末路を迎える者が、少しずつでも減っていく未来を望んで去っていった。
それから時が過ぎて、ティーリオが残した『記憶の言霊』はテマイラという器を得てその希望を叶えようとしたが、そこにあの愛する一番弟子はいなかった。テマイラの中のティーリオは常にそれを捜して各地でスカウトを繰り返していたのではなかったか。
そしてテマイラの中のティーリオにとって最もそれに近しい姿で現れたのがキノマレン。だからこそティーリオは過保護にもなり、逆にまた失うことを恐れて突き放し、とうとう噛み合わないまま今日に至ってしまったのかなと。
「いっそ、本当に生まれ変わりがあってくれた方が、誰も回り道しなくてよいのだろうにな」
もちろん、魔族であり千年単位を既に生きてしまっているルールーは、そういうことも経験則の組み合わせの結果として、思ってみるだけである。
××××
さて、教団の後始末について触れておかなければいけないだろう。今回、教団では一夜にして聖女の座席持ち三名と一般聖女五十名・祭祀イベント参加聖女・候補七十二名。教団幹部・職員九百十八名が死亡し、生存二名の座席持ち聖女の一人は重症(嘘)から勤務不能として・もう一人はこの事態の実行犯としてリタイアした。つまり、本来ここ・本部に勤めていた者は誰も居なくなってしまった。また祭祀イべントに参加して巻き込まれた聖女たちは世界各地の支部のエース級であったし、大きい支部ほど多くの優秀な聖女を派遣していたため、今や祭祀業務はどこも依頼をまともにこなせていない。
また、呪詛汚染している大聖女の遺体を不適切・非公表で保存していたという事実は教団への決定的な不信感を世界中に、あらゆる民衆に印象付けてしまったことで、ここからの対処を誤ることは組織としての存続すら左右すると見られている。
テマイラが臨時顧問になったのはそのためで、かつての本部経験者として存命の最高位にあったから今後の教団のありように関して模索する各支部長たちに助言を与えている。上手く運べは、ティーリオの望んだ仕組みに変えていけるのかもしれない。結果論だが。
〜そしてもうすぐでひと月。
世界中の大規模祭祀が滞り、機能不全になった事で、残り僅かの高位聖女のほとんどが所属する聖女商会は存在感が高まり、引き合いも評価も鰻登りになっているが、そのことへの不満や妬みも一部で高まってきているようで、身辺に危害が及ばないよう警戒が必要になってしまっているため、当初掲げた
『案外身近な高位聖女たち』
の宣伝文句を下ろすかどうかの瀬戸際にあり、「お二人の帰社後最優先の議題となります」と、ニナッタから電信が届いた。
「いっそ、なかったことにするか。一切合切」
無理して悪い顔を作ってみるが、世間に出回っている終焉の魔女の顔には似ても似つかず、ルールーは苦笑した。
次回で、締めとなります。




