29:なかったことにするべきものは
「こんなところに百七十年も…」
一同は教団本部裏の隠し霊廟にやってきた。改めて来てみると、迷路のような道筋に灯りひとつ無い周囲の環境に、意図的な隠蔽を想像せざるを得ない。これまでの経緯からして、誰が何故そうしたのかを突き止めるのは難しそうだが。
「これが、大聖女様…本当に、まだ生きていらっしゃるみたい」
聖棺を覗いて、ニナッタは素直に感嘆の声を上げた。無意識にこの場でただ一人手を合わせている。その首には教団の事務棟から拝借してきたストロボ付きの大型写真機が下がっている。
ーぱしゃっ。
「本当に気持ちの悪いことをしたものよね。亡骸になったからといって、尊厳くらいはあるのに」
自分と認識出来るものとの百年単位振りの対面に表情もにがり切るテマイラの言葉に、
ーぱしゃっ。ぱしゃっ。
「ごめんなさい…私は…いろんなものを汚してしまって…」
そのテマイラに力なく寄りかかり支えられながらキノマレンは棺の中の切り刻まれた髪の毛や、乱れた着衣の有様を詫びた。
ぱしゃっ。ぱしゃっ。ぱしゃ。
「そうではなくて、ね。とっくの昔に片付けておいて欲しかったっていうこと」
この子の掌握がもう既に機能を停止してしまっていることを察し、優しく話しかけ、肩を抱き直す。
ぱしゃ…。
「証拠は、十分に、撮れたか。ならばー」
「調停者、たる私は選ば、なければ、ならない。今この時、この場にある、全ての事象は、この刹那、因果地平に、おいて全て、等価」
「この方は…」
焦点がずれてしっかりと姿を捉えられないながらも、ルールーの方を目で追うキノマレン。
「この救い難い、有様の何、を拾い何を、捨てるか。まず最初に、自ら呪い、を浴びて、自身を履き違、えた者を私は、救わない」
静かな断罪に、大罪人は力なく目を伏せる。
「次に、『あの晩』、同様これほど、までの人死にの、事実を隠す、ことに価値は、ない」
ニナッタは瞑目し口元を歪める。あの中には多少の気心の知れた、同僚の座席持ちや用人たちもいた筈で…。
「ここで、今晩果てた、数多の命は、『あの晩』果てた者たちと、同罪、だったか。否」
「では、今晩果てた、数多の命の、全て、が無実か。否」
「私は、かつて人の世、で未来に、大聖女が穢れた、存在として記憶、されることを、拒んだ」
「私は、大聖女の、ありようの全て、が穢されること、を拒んだ」
「その意図を、解しなかった者たちが、居たことを、失望し、許さない」
「無能どもが、呪詛のかかったまま、亡骸を遺した、ことを、許さない」
ここまで言って、ルールーは大きく息を継いで——
「よって、今晩のこの有様に至った筋立てのいくつかの要素に干渉しそれを、なかったことにする」
「なおこれは、呪いに自ら呑まれた者の救済を意味しない」
キノマレンは、子供の頃読んだ、故郷のお伽噺に出てくる、救国の魔族のことを、思い出した。故郷のマンドル王国が建国の時、城が囲まれて絶体絶命だった時に現れて、王を救うという判定をした魔族——
「調停の、魔女さま」
××××
「それでは、燃やしますので」
松明を聖棺の上にかざすニナッタは内心、煙たいのでとっとと中に放り込みたい。が、ことが事なので((それ))を決断出来る人物の声を待っている。
「お願い」
テマイラの一言を貰って、あえてゆっくりと、中のものの足下の方に松明を置く。
「では、皆さん、上がりましょう」
廟の外に出ると、芝の上に横たわったキノマレンと、横で膝を抱えて座り込んでいるナミーァが居る。キノマレンが今更逃亡を図る可能性は無かったが、意識を取り戻して混乱していたナミーァにあえて監視の役目を負わせる事で落ち着かせたのだが。
「それでは、火力を上げます。あれではまず燃え尽きませんので」
ニナッタが権能を込めると、明らかに廟の方からの熱気が増して扉の隙間からの煙も勢いよく噴き出していく。
「…貴女方、教団をお辞めになった筈でしてよね?何故ここにいらっしゃるのかしら。…それに、先ほどまで私、この方に殺されかかっていたのですけど…」
「『教団は大聖女の遺骸を悪用するため保管していて、第二席は長期にわたり能力向上の実験台とされていて、ついに限界を迎え暴走した。その結果、この周りに生存者が居ない程の被害を出した。私たちはこの災害を食い止めるために非常措置で介入したが、この悪事は世界に伝えなければならないし、大聖女の遺骸は、ここで浄化消滅させる』」
「ああ、なるほど理解できましたわ」
「(理解するんだ。今ので)」ニナッタはナミーァの方を見やり感心する。ルールーが『伝心』の見本((よくない))を見せてくれたわけだが、本当にこれは悪用されるとまずいものだなあと新たな知見を得た。
「それで、貴女には一つ頼まれて欲しいことがあるのだけど」
近づいてきたテマイラに、訝しむナミーァである。
××××
「フィリアド聖女会・次席聖女のナミーァフィリアドです。この放送をご覧の皆様にまず、私の名においてお詫びを申し上げ、重大なご報告をせねばなりません。」
まず、昨日まで教団の主催で連日開催しておりました『席取りの祭祀』でありますが、昨日まででの終了となりますことを発表いたします。以下、理由につきましてご説明いたします」
壇上の、あちこちに包帯を巻いた痛々しい次席聖女に報道各社のカメラがズームしていく。
「最大の理由といたしまして、昨夜、日にちを跨ぎまして一時を過ぎた頃に本部施設内で発生いたしました魔力爆発の事故で教団関係者及び所属聖女に甚大な被害があり、同祭祀を継続開催する要件を満たせなくなりました」
「第二に、その魔力爆発の性質が『濃縮状態にあった呪詛の暴発』で、これはかつてのトルトで起きた呪詛汚染の原因と同類のものでありまして、今回の汚染の程度がまだわからない以上、外部から不特定多数を招き入れるのは不適切という判断によります」
ここで写真機のストロボが一斉に明滅し、テレビカメラは次席聖女の次の一声をアップにして待つ。
「第三に、その爆発を起こした物件につきまして…大変遺憾なことでございますが、百七十年前に、トルトでただ一人収容されました大聖女・ティーリオフィリアドの遺骸であることが確実でありまして、そもそもなぜ遺骸が今日まで遺されていたのか、なぜそれは秘匿されていたのか、秘匿した裏で何が行われていたのか、全てが謎であり、この真相が解明されることが最優先と判断いたしました」
「なお、こうした教団内の事情から当地の呪詛汚染への対策といたしましては、偶然に近隣に滞在されておられた聖女商会のルールー様に緊急で依頼し、まだ限定的ではありますが、汚染解除を進めていただいておりますことも、ご報告いたしたいと存じます」
××××
「おっしゃる通りに会見して参りましたけど、あれでよろしくて?」
あちこちに巻いてある包帯を煩わしそうに幾つか緩めながらナミーァが向き直る。超回復で傷ひとつ残ってないのだから、包帯が煩わしいのは当然で、
「上々ですよナミさん。事件の説明として特段齟齬があるわけではありませんし、何より普段通りの落ち着いた物腰が視聴者の不安感をかなり払拭出来たかと思います」
「あ、ありがとうございます?」
教団用人時代には余り関わりが無かったテマイラに笑顔で労われ、少し頬を染めている。
「それで今後、どう、する。成りたての、魔族の子、よ」
そう問われびくりと震えるナミーァ。((この方にはとっくに露見しておりますわ。おとぼけも無意味ですの))看破が絶望的な現状を知らせてくる。「(この役立たずの糞権能っ!せめてそこはどうすれば良いかの知恵くらいお寄越しなさいな…)」と思ったところで、
「私も魔族、である。行き先、が無いなら一緒、に来るがいい」
「———!!!」
((このお方は、魔族でもとても高貴なお方でいらっしゃいますわね。おそらくは終焉の魔女クラスのー))糞権能がとんでもないことを言い出すので、ナミーァは自分が魔族になってしまったことと同等か、それ以上の衝撃に襲われた。




