26:第二席vs次席
「何事ですの?」
二度目の振動に教団次席・ナミーァは寝台を降りてカーディガンを羽織った。この界隈は比較的小規模な地震は起きがちなので、最初の振動には特に反応せず寝直していたのだが、この二度目は少し感じがおかしい。
「耳元で、紙袋を叩かれた、ような?」
枕元の水で少し口を湿らせて、ひと呼吸置いてから呼び鈴を振る。不寝番の侍女か警護の者に様子を聞いてみよう……だが、誰も部屋に入ってこない。こんなことは過去に無かったが一体どうしたのか。皆地震に怯えて引きこもっているのか?ナミーァは自ら扉を開けて廊下に出てみる。
「誰か………!?」
深夜とはいえ、あり得ないまでの静けさ。他の聖女たちの部屋も物一つ動く気配が無い。何か想像を超えることが起きている直感からしばし立ち尽くすが、思い切って廊下向かいの従者詰め部屋のドアノブに手を伸ばそうとしてー
「!!!!!」
扉の下から、明らかに血とわかるものが流れ出していることに気付いた。反射的に両隣の扉に視線を這わすが〜同じように、赤い液体が滲み出ている。((全員・お亡くなりに。このフロアの全員が・お亡くなりになっていらっしゃいましてよ))ナミーァの一番の権能・看破が、そう教えてくれる。
ナミーァは駆け出した。聖女宿舎から外に出るまでにはスリッパは脱げて裸足になっていた。そして宿舎の玄関を出てすぐのタイミングでもう一度、あの嫌な振動が来てー目の前に何かが落ちてきた。
「??????」
落ちてきたのは、血まみれの手首。ーそして、向こうから近づいてくる人影は、
「第二…席?」
間違いない。同僚で、いけ好かない競争相手の、
『私はティーリオ。ティーリオフィリアド』
耳の奥に声が直接響いた。((脳に直接聞かされていましてよ))と看破が教えてくれる。((これは『伝心』権能の力ですわ))だと。
「ティーリオフィリアドって…貴女、キノマレン(さん)でしょうに」
先に私を(さん)呼びしたのはあんたの方だ。やり返してもバチは当たるまい。と、精一杯の虚勢で呼びかける。
『『私はキノマレンを捨てティーリオフィリアドを代行する者』』
脳に直接言葉を聞かされるのがこんなにも不快なものなのかと苦悶しながら、ナミーァは眼前のおかしな存在に向かい合う。
「貴女は…今ご自身のこと、何とおっしゃいまして?」
『『私はティーリオフィリアドの遺志を宿し、その願いを叶えるもの。今の私にはティーリオの見たかったものが頭に浮かび、欲しかったものがわかる。そのために何をしなければならないかもわかる。全てはティーリオが教えてくれる。私の耳に囁いてくる』』
『『『教団を、神聖聖人協会と、それに恩恵を受ける全てのものと、かつて勝手な理屈で、卑しい計算で、私から大切なものを剥ぎ取っていった下衆どもを』』』
『『『『永遠の呪いで埋め尽くして、全てを失う苦痛を皆、等しく味わえるように』』』』
『『『『さあ、裁きの刻を、続けましょう!!』』』』
ナミーァは努めて冷静に、目の前の状況に思考を巡らせる。((私ではアレに敵いませんわ))と看破が教えてくれるが周りの状況を見るまでもなく、
「そんなことは理解っておりますのよ!この役立たずの糞権能おっ!!看破だっていうならせめてアレの弱点の一つ二つ入れ知恵して寄越しなさいな!」
声に出しても仕方がないが、声にでもしてないと恐ろしさに押し潰されそうだ。座席持ちの聖女の中で実は自分が一番聖女たる所以の資質『土鎮め』に関して劣っていることに自覚はある。それなのに次席で居られる最大の理由は対魔族の権能とそれの適切な使い方を示してくれる看破を持つからであった。
しかし現実には人魔衝突以来大規模な魔族の悪事は発生せず、もっぱら魔物や特定猛獣に対処するのが数少ない実戦となっていて、ナミーァも自身最大の難敵は魔素汚染のヒグマ二頭を同時に相手した時くらいしかない。まして魔力…権能持ちには模擬戦こそあるものの、この余りにも桁外れな存在を前にしては打開の術を見出せないでいる。そもそもー
「この辺りの、あらゆる人が皆死んでいるというなら、どうして私はこうして立っていられてますの?」
先ほど足元に落ちてきた手首…看破は((アレの何らかの権能で爆発的に四散してらっしゃいますわね))と知らせてくる。どうやら範囲内の人間はそうなってしまう何かを食らっているらしい。
「私には効かなかった?私を除外して攻撃した?」
看破は答えない。そのどちらでも無い。他に思いつくことというと…
「つっ…!?」
二の腕に鈍痛が走る。ここまでの何処かで怪我でもしていただろうか?あれ?痛い…今度は膝の上…いや脇腹・肘の先、耳の付け根・足首・首筋…何これ?何これ?全身あちこちに現れたり消えたりする鈍痛に、ようやく看破が返事を寄越す。
((先ほど就寝中に一度自身も爆ぜたことによりまして権能『全癒』が発芽いたしましたの。既にある『克己』との相乗効果で現在爆ぜる度に超回復中でしてよ))
「何、それ…何、それ…それってまるで魔ぞ…」
恐ろしい考えが頭に浮かぶ。人類と魔族は解剖学的にほとんど同じと解明されていながら権能に関してはほぼ真逆の特性を示し、『土鎮め』が魔族にほとんど発芽しないように『全癒』が人間に発芽した例はほとんど無い。それだけで言えば、ナミーァは魔族になったか、大変近しい状態にあるといえる。それだけでも聖女として薫陶を受けてきた身には地獄に思える。しかしナミーァはそれ以上に今、差し迫った別の恐怖にも襲われている。
「聖女なら、『全癒』の破り方を、知っている」
逃げた。ナミーァは、『克己』で気力を振り絞って、眼前の、元々聖女で、今は、大聖女の力を得た、何かから。
××××
「ナミーァ様!ご無事でしたか!?今本部のどことも連絡が付きませー
ぶしゃっ!と護衛兵士がすれ違う寸前で爆ぜた。ここまでにもう三人同じ状態になった。ナミーァは恐怖を『克己』でねじ伏せながら走り続ける。体力はもう限界にあるだろう。全身に鈍痛は次々現れて消える。
視線の先に集結しつつあった、おそらく門番であろう者たち数名が、爆ぜる。同時に、ナミーァも全身に裂けるような痛みを感じる。
「あ…あと、何回…猶予が、おあり…で」
「『全癒』などの超回復権能持ちの魔族と戦う羽目になった時、もしこちらに人数がいるなら手数で圧倒的にダメージを与え続けなさい。個体差はありますが、全損レベルからの連続回復回数には限度があって、それを超えたら自壊して死亡します」
昔、そう教えてくれたのは誰だったろうか。先輩聖女だったか、どこかの司祭だったか、あるいは、聖女用人のー…誰かの顔が浮かびかかる。それを浮かべて何か事態が好転するわけでも無いのに、何故かその顔を思い出したい。ああ、こんなことになるなら、もっと真面目にあの人の言うことに耳を傾けておけばよかったな。あの人の妹が妬ましすぎて、ここで浮いていた私に折角声をかけてくれた人に自分で壁を作って、遠ざけていた。こんな最期が迫ってる今になって、こんな最期が迫ってる今だから、あの人に一度だけでもお礼の言葉を———
背中から太腿裏にかけて痛みが走る。これまでに無い激痛は、肩にも、肘にも、足首にも、次々襲い掛かる。ああ、限度に達したんだと瞬時に理解する。((超回復の限度に達しましたわ))今更、この糞権能、最期の最後まで使えない…
「その一撃は、なかったことにする」
声が空から降ってきて、痛みの全てが消えた。
権能の口調は持ち主に似る。




