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聖女商会 〜魔族の史上最強姉、妹系聖女として人里に降臨す〜  作者: こんブちゃ


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24/33

22:そしてトルトは呪われる

胸糞展開があります。ご覚悟を。

「…あなたの犠牲は、無駄にはしません。魂の安らかならんことを」


 トルトの支部が帝国軍に包囲された晩から三日後、本部までの距離を全力で駆け戻り事態を伝えた一人の聖人は道中で何者かに襲撃され受けた傷が深刻で 、ティーリオの『快癒』権能を持ってしても助けることが出来なかった。即座に救援に向かいたいティーリオに対し教団幹部はのらりくらり返事を先延ばしにしていたが、一週間した頃に突然、((救援団を派遣する。団長はティーリオとして、バチコウ連合軍に帯同せよ))と指令が降った。


「グレンド帝国軍が国境での戦いに大敗?バチコウ連合軍に?連合軍はそのまま首都トルトに向けて進軍中?」


 俄には信じ難いが、自身の掌握権能は事実だと知らせてくる。ならば疑うよりもまずは支部に残った皆の救出を最優先に動くべきだ。


 救援団の編制は、順調には進まなかった。本部に残っていた聖人も聖女もティーリオとは違う派閥にあり協力的ではなかったし、ティーリオから見ても魔族との本格的な戦闘に耐えられるような実力は無い者たちばかりで、それならいっそ一人で向かった方が早いし、最終的にはそうする事にした。とにかく、ぐずぐずしている場合ではないのだ。


××××


 それから大急ぎで四日目にはゼンデンに到着し連合軍の後詰め部隊に合流。翌朝から再びトルトを目指すという軍議決定により、一晩休養に努めることとなった。


 「もう少しで満月なんですね。全く気にかけていませんでしたが、これだとトルト入りする頃にはー」


 ゼンデンの砦でティーリオのために特別に用意してもらった寝室のベランダに出てもう少しで真円になろうという月を眺めていると、不意に昔を思い出す。それは聖女の資質に目覚めた頃ー


 ティーリオ家は昔は地方領主だったこともある家柄だがとっくに没落して旧領の外れで庶民と混ざって生活していた。そういう血筋だからか容姿と知能に恵まれ、十六で成人する頃には近所で色々と知恵を頼られる存在になっていたし、将来を誓った青年との日々も充実していた。


 そんなある日、旧領が台風による水害被害を被り農地は荒れ果て町は流され人的被害も計り知れない事態に陥った。将来を誓った青年も重傷を負った一人で、彼の快癒を祈り続けた日々で奇跡が発現する。青年は元の生活に支障が無いまでに回復し、ついで荒れた耕作地に祈ることで農作物も全滅ではないくらいまでの改善が見られた。そしてその評判が、彼女の人生を捻じ曲げる。


 国によって強制的に首都に移住させられ国家聖女として働くことを迫られたティーリオは何度か脱走を図り、役目もボイコットするなど『不良聖女』の烙印を押され、晴れてお役御免となったが、帰郷してみると将来を誓ったはずの青年はティーリオと別れる条件で得た大金で故郷を離れ、移住地で妻帯しているという。故郷にはもう、彼女が何かを成したいものが何も無かった。


 失意のティーリオに手を差し伸べたのは神聖聖人教会。この世界で最も有能な聖人・聖女を集めて世界の安寧と五穀の豊穣を広めて回る団体で、スカウトにやってきた青年司祭の少し元婚約者に似たところにも惹かれて、再び首都に出ることにした。


 教団聖女となってからのティーリオは徐々に破格の才能を発揮し、過去に例を見ない数の権能に目覚め、男社会の教団内でも発言力を手にしていく。彼女を見出した功績で青年司祭も出世を重ね、幹部間抗争を

勝ち抜いた今日に至っては『聖下』と呼ばれる地位に上り詰めている。


「今では事実上、敵みたいなものだけどね」


 腐敗の象徴として糾弾されるのを極度に恐れ、誰からの進言も耳に届かなくなってしまった初老の男の姿には、もう何の恋慕も湧かない。


「そんなつもりで許したわけじゃ無いんだけどね。身体」


 …しっかり寝ておかないとね。明日のために。と思い直して寝室に戻る。


××××


「一体、何が起きているのかわからない。本当に現地の状況を把握している者はいないのか」


 メイフェリは決して怒ってはいない。だが発する言葉には失望の念がこれまでになく含まれていることはこの場に居合わせた者には嫌でも伝わっている。


「グレンドに出向いた我らからの使者という者な、そもそもそれは今どこに居るのか」


「…それが、そもそも誰が使者を務めたのか、わからない、と、言いますか…」


「わからない?いかに我々が人類と比べてまともな組織を作れない者の集まりとはいえ、そこまで出鱈目なことがあり得るのか?」


 ついに怒気を孕んだ言霊に一同は崩れ落ちる。


「調停に出る。ことが終わるまで誰も邪魔することは許さない。不満のある者は私が全てを終わらせた後で断罪に来い」


 部屋を、魔郷を出ていくメイフェリを誰も止めることは出来なかった。



 メイフェリは余りに特殊な権能・『因果地平』を持つことでその特性を活かし、魔族・人類間で起こる問題の調停役を担ってきた。おそらく全ての魔族を通じて最も永く生きてきているイレギュラーであり、((元々は人類であった))とも((天界から落ちてきたもの))とも同族から囁かれる。彼女と同じだけの年数を生きてきた者が存在しないため、正確に何歳なのかはわからないが、少なくとも千年単位の刻は歩んでいる筈である。その事実が全魔族から敬意を持って『大姐様』と呼ばれる所以である。


 『因果地平』は世界で発生するあらゆる事象に干渉し、既に出た・または出ようとしている結果を((なかったことに))して別の未来を導くことが出来る権能で、発動条件は自身に関わる事には無制限に重ねがけすら可能だが、他人・物体・事象に対しては個別にしか発動できず、複数の要素が同時進行中の状況に際してはどれか一つだけを選ぶ必要がある。また確定してしまった事態・状況に遡及しての発動は成功率が極度に下がる上、同時に進行中の他案件を救えなくなるため((やるだけ無駄))と考えられる。

(※例えば死者を生き返らせるよりも死因を書き換える方が現実的である)

 また、なかったことにしたい事象はそれを直に見ている必要もあるため、日頃大半の時間を魔郷で過ごす彼女が外界に出張るということは、魔族からしたら調停が始まっていることと同義と認識されている。

 

「今、確実に真実に近いところにいる者があるとしたら」


 メイフェリは目的地を思い浮かべる。そしてー


「マンドル城砦までの距離を、なかったことにする」


××××


「もういい、私は敵前に打って出る。皆、今日まで付いてきてくれてありがとう」


 グレンドの皇太子…事実上のグレンド新帝王は陥落寸前の砦で側近たちと最期の時を迎えようとしていた。絶え間なく轟く敵兵の鬨の声や打ち込まれ続ける砲弾の弾着音にかき消されそうになりながらも十日を耐えた。決して軍事立国では無く精兵でもない我らだったが、王朝の終わりとしては上出来なのかもしれない。皆泣いている。自分も泣いている。泣きはらしたら、門を開いて突撃しようー


 ー門が、静かに開いた。「破られたのか!?」身構える皇太子たちの眼前に立つのはただ一人。


「グレンドの、皇太子、か?」


 ー地面に着こうかという長く・うねった艶のある黒髪に隠れ気味の銀色の瞳。少し青く見えるほどに純白の肌。背丈は百七十に少し足りないが姿勢が良いのでひときわ大きく見え、黒紫のロングドレスを身に纏いー


 ー気がつくとあんなに喧騒に溢れていた砦の内外は不気味なまでの静寂。彼女越しに見える城門の向こうには夥しい敵兵の斃れた姿ー


「敵兵たちは全員、今より後の未来を、なかったことにした」


「調停の、魔女、さま」


 皇太子たちは、自分達が助かったことを知った。


××××


「侍従の一人が、いきなり父…帝王に刺突し殺めた後、私も斬りかかられ、かろうじてこれら供の者たちと脱出に成功しましたが、あれを普通に謀反と考えて良いのか、私にも釈然としないところがあります。喧伝されているらしい、((魔族が王権を乗っ取ろうとした))という解釈にも、大変失礼とは存じますが、信憑性を感じます」


「いや、私もそれは、否定しない。重要なのは、事態の収拾、のみである」


「畏れ多いことです」

 皇太子一同は涙が止まらない。


「ただ、この砦を囲んで、いた兵たちには、『支配』の、痕跡は無かった。ことは、伝えておく」


 ここではもう特に何かの情報は得られなそうだと判断したメイフェリは、次の行き先を思案する。


××××


「順調であれば、もう一両日中にはトルト市街地の制圧は叶うものとみておりますが、教団の支部周辺は無力化済みとのことで、間も無くご案内できるかと思われます」


「ご苦労様でございます。奮闘感謝いたします」


 指揮官とやり取りする間にもトルト市街地での爆音や噴煙は上がり続ける。ティーリオの権能ならば実際、戦闘中であっても突っ切って支部に到達可能なのだが、ここまで支部奪還のために流血してくれた将兵に敬意を示して辛抱している。ただ、まださらに時間がかかるようであればー


「教団支部にご案内できるとの事です!」


 日没近くに聞こえてきた伝令の声に、途轍もない嫌な予感がした。


××××


「………」


 教団支部内部は不自然に整えられていた。正面ホールは天井や祭壇・周囲の壁に無数の弾痕こそ見られるものの、それ以外は殊更に異変など無かったかのように。いや?そんなことはない。むしろ幾つかあったはずのものが無い。そしてそういう場所のあちらこちらには血を消した・消そうとした痕跡があるではないか。何よりここ全体から漂う嫌な気配ー


 地下の広間に、彼女たちは、彼らは教団旗にくるまれ整然と並べられていた。生存者はいないということは、とっくに掌握権能が教えてくれていた。この時ほどこの権能を疎ましく思ったことはなかった。


「私が一緒にいたなら、こんなことにはならなかったのに…」


 既に物言わぬレモイラの頬に手を伸ばしてーティーリオは違和感を覚える。


「これは、遺体が新しすぎる…少なくとも、昨夜までは生きていた。しかも死因は」


 服毒死だ。激しい動悸がティーリオを支配する。最悪の、考えうる限り最悪の予感が打ち消しても打ち消しても頭に浮かび、よぎっていく。身体に掛けられた教団旗を剥がして見る。着衣はしている。余りにきっちりと。二週間近く籠城していて、そんなことがあり得るわけがないのに。


「誰が、そう、した?」


 そもそも、籠城状態は二日と持たなかったのであろう。ならば、ここで行われたことはー


 ーしかし、その思考は天井の隅に引っかかった小さな紙風船を見つけたことで、中断した。二人の間だけの、見覚えのある権能遊びであったそれを手に取り、耳に当て破ってみると、


「ヘヘっ…姉様、しくじっちゃいました。できる限りのことはしたんですけど」


 聞き慣れた、もう一度聞きたかったレモイラの声がたったそれだけ流れて、消えた。そして、それだけで全てを識るには十分だった。


××××


「姉様、愛おしいアド姉様。終わりがきたようですので、簡潔に伝えられるだけ伝えます。敵は、真の敵は連合軍と、それに癒着して勢力拡大しか考えてない教団です。私たちは最初から生贄としてこの支部に送られ、クーデターの日に支部を包囲したグレンド軍と思われたものは、偽装した連合軍でした。彼らは私たちを安心させ支部に引き入れさせた後、全員を軟禁し、男女別室に分けて監視していました。男性たちがどうなったかはわかりません。私たちは…まあお察しください。ああ、こんなことになるなら、もっと真面目に掌握を訓練しておけばよかったな。今は悔しいというよりは、無力感のまま終わりを迎えることが現実感無すぎて笑うしかないです。いや、姉様には笑顔の私を見ててもらいたいから、それでいいのか。では、今から毒をあおりますが、苦いでしょうが、頑張って笑顔で行きます。それでは、またいつか」




××××


「余は…わしは許せなかっただけだ。敬愛する帝王が、皇太子があろうことか魔族と通じて国を好き勝手にしていた事実を知って…正そうとしただけのことだ」


 トルト宮殿の玉座に拘束された元帝王の侍従長だった男の顔には生気はなく、自白も機械のように抑揚なくだらだら喋っている。自白している相手はー


「それで得た御璽で、全軍を、皇太子追討と連合軍相手に、ぶつけたか。で、その入れ知恵、は誰がした?」


 冷たい声で問いただすメイフェリ。侍従から((黙秘の意志をなかったことに))して洗いざらい経緯を白状させている。


「魔族だ。王宮には使者としてきたとか言っていた、あいつが。…え?なんでわしは魔族の入れ知恵などを」


「『支配』だ。ようやく見つけた。たった五人だけに掛けていたか。それが誰かはお前からは引き出せそうにない、な」

 もう気遣ってやる必要がなくなったので、加減せずに喋り侍従たちを失神させる。しかしたった数名に掛けられた支配でここまでのことになってしまうとは、グレンド帝国も結構体制に歪みがきていたとみえる。まあ皇太子と側近は健在なのだから、国を立て直すことは可能であろうしこいつらの処分は皇太子に委ねた方が良いのだろう。では次はどうしようか。市街地に入り込み戦闘状態にある両軍をどう片付ける?順序としては外国の軍勢は排除しなければ始まらないだろうが…


 などと思案していると、凄まじい霊力の衝撃波に宮殿が軋み、振動した。それは最高位の魔族であるメイフェリをもってしてもそうそう味わったことのない、極上極悪なものだった。


 一瞬遅れて、玉座の老人が、その両隣に座らせていた元侍従たちが、文字通り、爆ぜた。


××××


 その街は音も無く、既に死に絶えていた。せっかくの満月は血のように赤く、ああ、それで濡れた地面が赤く見えるのか。足元に腕の一部だったものとか、足の一部だったものとか散らばっているが、それが人同士で招いた惨事とは思いたくもない。私は間に合わなかった。全ては私の迷いのせいだ。


 後少しだけ、動き出すのが早ければ、あと少しだけ非情であったなら、もう少しは明日を迎えられる人たちも居たのだろうに。全ては手遅れだ。


 おそらく私の目の前に立ち尽くし、今なお桁外れの呪詛を撒き散らしている『あれ』は、噂に聞いたことのある聖女・ティーリオフィリアドなのだろう。残念だ。彼女とは一度語り合ってみたかった。これほどのことができる彼女ならば、私と同じようなものになれたかもしれなかった。私の永い退屈に付き合ってもらえるかもしれなかった。


 ーああ、これらも全てなかったことに出来るなら。どんなに心が救われるだろうか。


 ーそれが叶わないから、私は、目の前にいる『あれ』を滅しよう。


 「どのような形であれ、お前と出会えたのは幸いであった。ティーリオフィリアド。私は魔族のメイフェリと名乗る者」


 返り血に塗れ、正気の消え失せた目でメイフェリを捉えたティーリオは『陵断』権能の見えない刃を撒き散らしてくる。メイフェリはそれらが身体に当たる度に損傷をなかったことにしながら近づきーティーリオを抱き留める。


「調停者たる私は選ばなければならない。この歪み切った状況と、お前の呪いと、お前の希望と、お前の命はこの刹那、因果地平において、全て等価」


 ティーリオは『障壁』権能で振り払おうとするが、二人の距離をなかったことにするメイフェリの腕と拘束を解くことが出来ない。


「私は、お前が今後の人の世で穢れた存在として記憶されることを許容できない。故にここで、お前の生涯を終わらせる」


 一瞬、びくりとして動きを止めた後、より激しく拘束を振り払おうとするティーリオに僅かに隙間を与えそうになるメイフェリ。


「その代わりに、お前は選ぶといい。お前はこの世界に、呪いと、希望と、どちらかを言葉として遺すといい。それは上手くいけば、百何十年かのちには誰かが引き継ぐこともあるだろう。それに私は干渉するつもりはない」


「この地は当分はお前の呪詛により汚染されたままにせざるを得ないが、まあ土地に関わることであるから、いつか頃合いを見て浄化くらいはしてもいい。だからお前が遺すのは二つの感情のどちらかだ」


 ティーリオは動きを、抵抗を止めた。メイフェリは腕を離し、拘束を解く。ティーリオは握りしめた拳をゆっくり開く。握られていたのは小さな紙風船。破れて潰れていたそれに何事か語りかけると手のひらの上で修復され、膨らみ元の形に戻っていきー


 ーふわり、と風に流されて何処かに飛んで行きー


「ありがとう。どのような形であれ、貴女と最後に出会えたのは幸いでした。メイフェリ。未来のいつの日にか、『私』を、よろしく」





××××


 翌日、『王都トルトで紛争当事者たちと介入してきた高位魔族による凄惨な決戦があり、聖女ティーリオと弟子の聖女たちの献身的な犠牲により人類側が勝利した』という知らせが世界中を駆け巡った。


 教団はこの勝利を最大級に讃えるためにティーリオに大聖女の称号と永久に序列第一席の座を与え、以後教団名称も名を借りてフィリアド聖女会と改め彼女の神格化に努めることになる。


 連合軍はその後細かな内紛を繰り返した後、バチコウ地区全体で連合国家として再出発し、フィリアド聖女会の本部はサブイボンから独立し国扱いの特別領の地位を手にした。


 グレンド帝国は崩壊し、皇太子はマンドルに王都を移し新王国を興し、それ以外の領土はゾレント国として共和制の国となった。


 ルレバーンはこの紛争の裏で王権が正式に倒れ、バチコウの国家群とは不信感から距離を取る政策を進めていくことになる。



「今回のことは、大変残念でした。大姐様。貴女が自ら課した手続きを踏まず勝手に調停に臨み、しかして実際には何も解決せず、しかも魔族の評価を下げるだけして戻ってこられるなど。私は新たな魔王として、こうした暴挙失態を見逃しにはできません。よって貴女には、私が改めて調停をお願いするか私の代が終わるかするまでお部屋から出ることを禁じます」


 どこかの地下空間で不揃いな鎖に拘束されたメイフェリは無言で頷き、魔王の玉座の前から去っていく。

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