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聖女商会 〜魔族の史上最強姉、妹系聖女として人里に降臨す〜  作者: こんブちゃ


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21 :命と引き換えに、知りたいこと

「ルールー様、折いってお願いがあるのですが」


 ルレバーンの首都メノスから商会の新人発掘会会場のソマンに移動する前夜、ニナッタは初めてルールーと出会った時からずっと、是非に聞いておきたかったことを切り出していた。


「何だ?急に、改まって」


「ルールー様の固有権能かと思われます、『なかったことにする』とは、どういう性質のもので、その権能の及ぶ範囲についてお教え願いたいのです」


「ほう。それがなにを、意味することか、承知で聞くか」


「誓言」

 ニナッタは自らに最大の制約をかける。

「わたくし・アンザリ ニナッタは本日に限らず聖女ルールー様から知り得たあらゆる知識の全てをわたくし一人のものとして、この世界・他者に漏らさず、仮にそれを違え・もしくは違えようとするもしくは、それを利用してルールー様への危害をなそうとすることが確定次第、自ら命を絶つことを約定いたします」


「はは、それは、驚きだ。そこまでしなく、とも、お前の掌握権能、ならばかなりの、ところは解って、いるのだろう?」


「はい。世界の因果を曲げて、個人や進行中の事象に対して結果を改変する権能…例えば、ルールー様が飛び抜けて長命でいらっしゃるのは数十年毎に((寿命の縛りを、なかったことに))されてきたからですね?」


「そうだ。そういう意味、では私は純粋な、魔族とは異なる」


「ただ、それだけでは貴女様が関わって来られたとされる歴史的事件の、落着といいますか、顛末のありように少々どころでは無い疑問が生まれます。少なくとも、…まだ僅かの時間しかご一緒出来て無い私ですが、見させていただいた貴女様なら((それを放置はしないだろう))と思われる状況がいくつも、史実として残り・伝わっております」


「その理由が、知りたいわけ、か」


「誓言」

 ルールーはニナッタに向き直り、

「アンザリ ニナッタの誓いが守られることを前提に、当人の掌握権能が私を識ることを許す」


 瞬間、物凄く膨大な((一人の人間が一千年単位で見聞き・体験してきたこと))の記憶が流れ込んできて、その負荷でニナッタは意識を手放しかけ、身体は拒絶反応から嘔吐しようとしてー


「その苦痛を、なかったことにする」


 おかげで、冷静に情報の取捨選択が出来るようになった。そうしてまずは、最も知りたかったこと〜『百七十年前の、人魔衝突の真実』に辿り着く。大聖女ティーリオの記憶と突き合わせて。


××××


「人類存亡の危機と、そんな程度のことが同列に語れるものだと思っているのか?聖女ティーリオ」


 大聖堂の聖座にだらしなく腰掛ける初老の男は、情のこもらぬ声で言い放つ。この頃の教団は『神聖聖人会』と称する、規模は世界的に大きいが一宗教団体である。


「はい。むしろ聖下におかれましては何故にどちらかに絶対の優位があると思し召されるのか、私には分かりかねますが」


 毅然とした返答に憮然とする聖下と呼ばれる男。何かを言い返そうとするが、


「人魔衝突と喧伝されているようですが、違いますよね?此度の騒乱は本来人類側だけで起きていたこと。わざわざ魔族を引き入れて責任を逃れようとした者が話を拗らせて拡大させている」


 聖人権能の一つ『事情掌握』は任意の人物の声色から背景事情を推定・把握できる能力で、使用者の格が高ければ高いほどその精度が上がっていく。相手からすれば((嘘が無意味になる))恐ろしい力だ。聖下と呼ばれた男は押し黙る。


 後に3609人魔衝突と称する、世界を三分する紛争状態が発生してから七ヶ月。だが元々はさらにその五年前に発生した人類の国家間戦争に原因がある。

 大陸中央のバチコウ地方は中小の国家がひしめき、時代によって統合・分裂を繰り返していたが、そこと大河で分たれるルレバーン王国は大国であり、また工業化によって繁栄していたものが公害問題をきっかけに王権が倒れる内乱状態に陥っていた。バチコウ地方で武力には秀でるが国力基盤の弱かったオントン・オンカン・ナルスィンの三国は同盟し、ルレバーンに侵略し国土や資源の簒奪を図る。


 結論からすれば、地力の差が大きく同盟三国は大敗し、ルレバーンの新政権派と旧王権派の両方から賠償と責任者の引き渡しを迫られる。ここで三国は責任逃れとして((魔族に唆された))という嘘をつき、バチコウ地方で最も((素性を明かして共存する))魔族の多いゼンデンを襲い占領し、殺害した魔族を雑に見繕い犯人としてルレバーンに運んだ。当然ながらこんな茶番が通じる筈もなく、同盟三国は一層窮地に陥る。


 ゼンデンはバチコウ地方西部で一番端にあり、西国境はグレンド帝国と接して帝国と魔族の橋渡しを永く続けてきていたため、今回の侵略・虐殺を受けて難民が大量にグレンド側に流れ込み、グレンド側もこれを積極的に受け入れ同盟三国を非難した。


 バチコウ地方の中でサブイボンは同盟三国よりも規模が大きく、資源が比較的出るため世界各国の大半に顔が効くが、三国はこれに調停役を期待し、にじりよった。当初ルレバーン侵略にも誘いをかけられた時には断ったサブイボンは、神聖聖人教会の本拠地にして反魔族思想の中心地であったため、無謀にも三国の肩を持つ決断をする。


「貴方が後押しを命じたから、こうなったのですよ聖下」

 ティーリオに断じられ顔を顰める聖下と呼ばれる男。


××××


「結局は人類など、そんなものですよ。信義とか理性とか、そういうものがいつまでも根付かない野生動物。いや、これは失礼。人類の統治者の一人であらせられる貴殿の前で吐く言葉ではありませなんだな」


「…」


 グレンド帝国の首都・トルトの王宮では帝王に魔族の使者が謁見し、今回領内に流入した魔族難民の扱いについて交渉中である。通例なら難民は速やかに魔郷に一度引き揚げて終わり・なのだが、今回はむしろ暫く帝国内に留め置いて欲しいと使者は言う。


「内輪の都合で恐縮ではありますが、現在我々魔族の王が御隠れあそばしまして、次代継承でゴタゴタしているところです。自賛ではありますが、魔族はそもそもの民度・知能が高く、お国に対して不利益になることは決して無い。むしろ発展にも役立ちうると確約できましょう」


「だがな、卿よ、我が国が魔族に理解があるとはいえ結局は人類の国である。影響力は薄いとはいえ、神聖聖人教会の大きな支部を抱える事情もある。みすみす外患を招き入れかねん現状は帝王として、見逃しには出来んよ」


「潰せばいいではありませんか。そんな教会。あれはだいたい、権能持ちを世界中から集めて殊更魔族との対決姿勢を煽っているクソ組織だ」

 魔族の使者は鼻で笑う。


 帝王は正しく千年単位の歴史を履修しているので理解している。世界を原始人レベルの生活から今日の文明に引き上げることに知能・金銭共に最も貢献したのは魔族であり、初期において人類側にまともな国家観を根付かせるために敢えて((共通の敵の役割))を担ってくれてきたことも。それは人類側それぞれの国家・機関で永劫に共有されていなければならない筈の約束事であった。


「貴殿らは子孫を残せぬ種族ゆえ、自らの文明・文化を創り継承することに頓着が無かった。だから人類に知恵を与えそれを担わせ、悪い言い方をすれば…成果の上前をハネて生活水準を維持向上させてきた。お互いがそうして利益を分け合っていくのはおそらくこれからの未来でも変わりはしまいよ。だが」


「いつの間にか、いくつかの国や責任者たちはこうした約束事を、自然にか意図的にかは解りませんが、蔑ろにしてきていますよねぇ。ましてや近年急激に((魔族はむしろ人類の発展を邪魔している根源悪))とまで吹聴・教育している始末」


「神聖聖人教会のように、な」


「父上、あれは私もよくない姿勢だと思っております。教団にはわが国も祭祀を依存しているから無碍に出来ないのはわかりますが」


 それまで黙って帝王の横に控えていた皇太子が発言する。六十歳に達した帝王は本来近々帝位を皇太子に譲るつもりでいたが、隣国地域で起きた政情不安や紛争を受けて、玉座にあり続けている。


「いっそ潰しませんか。これはいい機会です。そして我々魔族と人類が本来どんな約束をして今日を迎えてきたか、改めて知らせるのです。何千年か前と違って、人類ももうそれが何を意味しているか、さすがに理解できるお年頃でありましょう?」


「私も、そうするべき時代が来ていると思います。父上、これは時代が求めていることやもしれません」


「そのように、軽く決断できることではない」

「…例え、あれらの偽りの価値観歴史観であっても、既に何世代かが共有してしまった現実は重い。それを覆すためには、何かが一つ滅んだくらいでは到底足りんのだよ」


「…なるほど、貴殿の『看破』権能は大変に悲観的な結論をお出しのようだ。では、我々は我々で事に当たらせていただくとしましょう。いやなに、演じるだけですよ。((永年約束として担ってきた役割))を」


 魔族の使者は優雅に一礼して、退出していった。


××××


「それではお姉様ごきげんよう」


 艶のある赤髪の聖女とその一団が、ティーリオに出発の挨拶を告げる。神聖聖人教会としては魔族を擁護する態度のグレンド帝国への牽制として、首都トルトの教会支部を強化するために本部から人員を増派する事になり、ティーリオに次ぐ実力者数名が向かうことになったのだ。


「十日もの長旅、道中気をつけて行ってらっしゃい」


「むしろ、私たちはアド姉様の方が心配です。こう言ってはアレですが、今回派遣されるのはアド姉様の親派ばかり。私たちの留守中、妙なことを上が企んでなければ良いのですが」


 一歩前に出てティーリオに耳打ちする赤髪の聖女に、

「大丈夫よ?私は強いからね。レモイラさん、貴女は十分に皆を纏めてね。万一のことも起きないように」


 レモイラは災害孤児であったのを救護所で見かけたティーリオがスカウトして、今ではティーリオに迫ると言われるまでに成長した聖女だ。これまで当人ごとの素質と努力だけが頼りであった聖人の権能伸長はティーリオの革新的な指導によって、人為的に大幅に引き上げることが可能であることがわかってきた。


 ティーリオは((聖人権能は身体的女性の方が男性よりも伸長させやすい))というものを指導する過程で実感し、近頃はそれを踏まえて聖女の待遇を向上させる必要性を教団内外に訴えている。当然それはこの時代的にも、教団の方針的にも受け入れ難いものである。特に教団は聖女を((コスト低く、都合よく使える補助要員))として運用しているから、ティーリオとの確執は増す一方である。


 そしてレモイラたちが出発した後、教団本部に一人残ったティーリオは案の定、孤立無援となり、高位の幹部に直接苦言・進言するくらいしか出来ることが無くなった。


××××


「ゼンデンで襲撃されたという魔族の、魔郷預かりが進んでいないのはどういうことか。グレンドの国民にはかなり負担がかかっているだろうに」


 自室でよく冷めた食事を摂りながらメイフェリは呼んだラーラスに事情を尋ねていた。ラーラスはどうにもこうにも、という仕草で、


「交渉に派遣した者によると、グレンド帝王自身が魔族を領内に留め置くことを希望しているそうで。何か目論むところがあるのでしょう」


「あるのか?目論みが。聞く限りグレンドに国として得になる要素は何も無いように思う。人類側のいくつかの国や組織が今般の揉め事全ての原因が魔族によると宣伝している中ではグレンドが元凶に祭り上げられかねないのに」


 メイフェリは危惧している。古の魔族と人類の共依存による発展を志向した約束から随分経ち、人の側で今でも律儀にそれを守っているのはごく僅かになってしまった中でもグレンド帝国は最大の国家であり、ここが機能している内は世界はまともに発展していけると思う。だがそれが倒れたならー


「すまない。長く語り過ぎたな。『伝心』で事足りるのに」


「…いえ。いいえ…。問題ありません。水を刺したようになり申し訳ありません」

 ラーラスはこめかみに手を当てて圧力に耐えている。


 メイフェリが発する言葉は自動的に『感化』の権能を持ち、周囲の者を無力化する。一度の語りの長さが長い程効果が上がり、先ほどので人類ならば失神してしまう。ラーラスは高位の魔族なので憔悴する程度で済んだが…


「大姐様にそれほどまではっきりと言の葉を紡がせてしまった私の落ち度です。直ちに事態の確認と精査をいたします」


 部屋を辞するラーラスを見送りながら、メイフェリは死んだ前魔王の鷹揚でどっちつかずな態度を思い返す。


「人類側の責任者たちとの定期的な細かな認識の擦り合わせを面倒くさがるから。信頼していた訳でもないくせに」


 後継の魔王がなかなか決まらない事にも憂いが募る。誰も彼も立候補しては取り下げるを繰り返し、誰かを選ぶ以前の段階で堂々巡りをしていた。


「このままでは少し、手遅れになるのではないか?」


 もう永い間忘れていた((焦る))という感情を思いおこされている実感があった。


××××


「まさか、それは本当ですか?情報の出どころは確かなのですか?」


 レモイラたちがグレンド帝国の教団支部に到着して翌日、王宮からの伝令を名乗る者がとんでもない知らせを運んで来た。


『グレンド帝王、暗殺により崩御。犯行は魔族によるもので皇太子は城を脱出しマンドル県の支城に落ち延び籠城中』


「では、今あのトルトの王宮は?」


「魔族に占拠され、帝王になりすました魔族は帝国軍を掌握し、これまでの報復としてバチコウ地方への侵略準備に入ったとみられます!」


 レモイラは優れた聖女だが、残念なことにこの日までに『掌握』権能は発芽しなかった。一緒にトルト支部に来た聖人・聖女たちも同様であり、なのでこの伝令の伝えることが正しいのかどうか判断できない。なので支部で出来る最善手を打つしかない。そう思い直して本堂の窓から外を見やるとー


 支部は既に、帝国軍の軍旗に完全包囲されていた。


「このまま支部に籠城します。誰か一人、隠し出口から抜け出して本部に…アド姉様にこれを伝えてください」


 王宮からの伝令に聞こえないよう、同僚聖人たちに提案する。

珍しいメイフェリの饒舌な語りが見られる前後編。

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