20:狼狽える者たち・2
この時代だとまだテレビの影響力は、絶大。
「はい。ありがたいことに創業からあちらこちらよりお引き立てお引き合いいただいておりまして、折角のご依頼お誘いをお断りすることがありますので、事業拡大を図っているというところでございます」
テレビ画面ではトーク番組のゲストに招かれたニナッタとルールーが司会の質問に答えている。いつものように答えるのはニナッタがメインだが、視聴者からの質問はルールーに向けたものの方が若干多いらしく、確かに元々教団聖女時代にある程度知られた存在であったニナッタよりも謎の多いルールーはどこに出かけても注目が集まる。ただ、
「(出身地は)ゾレントの、田舎」
「(甘党か辛党か)酸っぱめの、もの」
「(最近拘ってるもの)抱き枕の、質」
「(犬派?猫派?)だいたい、猫」
など、聖女全く関係ない。この種の状況に慣れているニナッタと違い、かなりの苦行であったところ、
「(聖女界最強の妹系。と呼ばれ始めていることにご感想を)」
という質問が飛んだ時にはほのかに気色ばんで被り気味に、
「私は、姉なので。どこからどう、見ても。みんな、頼りにすべき」
そこは譲れないと力説するが、視聴者には((精一杯背伸びしている少女))にしか見えず、より庇護欲をかきたてただけに終わったようだ。
××××
「不快。実に不快!」
「げに。悠久の歴史と格式を誇る我が聖女会がかかる裏切り者にここまで愚弄されるとは。斬鬼に絶えません」
フィリアド聖女会の本部ではここ数日、例の面々が聖女商会のルレバーン進出への憤懣を表していた。世界への影響力で言えば、本来取るに足りない・泡沫の組織であったはずの聖女商会は大国ルレバーンとの提携によって一気に存在感を増した。しかもー
「我が聖女会が企図しある席取りの祭祀開催直前のこの時期に、わざわざ、国境近くで独自に聖女選抜会など仕掛けてくるなど。常識や仁義といったものをなんと心得るのか。あの小娘どもは!」
「それは総会頭、流石にき奴らと同じ格に堕しかねない危うい言葉の強さでございます」
「ふん、それで?き奴らの聖女集めやらは如何ほどの規模で進んでおるのか?」
老人の不機嫌は収まる気配がない。
「公表されている応募者は十六名ほどとか。この半月で三百数十名を世界各地の予選で振るい落としてきている我が聖女会とは比べ物にもなりません」
「まあ、そうよの。やはり伝統と格式は聖女にとって最も重要で尊きものである」
居並ぶ幹部たちの中にはここにきてようやく((でももし商会の方に応募したその十六名の資質の方が高かったなら、目も当てられない))と考える者も出てきていたが、
「「「「げに。げに。」」」」
と、応じるしかなかった。
「それよりも総会頭。これは朗報なのですが、第二席が近頃〜」
××××
「〜なんですって」
「ええ、本当に」
「そういうことなら、こないだ打診された時に受けてればよかったなぁ」
教団本部の聖女寮の中庭で聖女用人たちが噂話に興じている。
「全く、姦しくていらっしゃること。貴女方たち、ご自分たちの仕える聖女へご不満でもおありなのかしら?どなたかのお話で大層盛り上がっておいでのようだけれど」
「はっ…!?これは次席様!?」
「し、失礼いたしました!!」
「お耳汚し、申し訳ありません!!」
不意に現れたナミーァに混乱する聖女用人たち。いつもではあるが侍女用人たちの振る舞いに厳しい彼女に見咎められたからにはしばらく叱責から逃れられそうにない…と覚悟を決めたその時、鐘楼から((聖女帰投))を告げる音が鳴り響いた。
「例の祭祀に合わせて今、そもそも出張ってる聖女は居ない筈では?…あ」
訝しむナミーァの目の前に侍従や用人を多数従えて門からこちらへと移動してきたのは、
「第二席!?」
キノマレン。ついこないだまで((体調不良))として出仕を控えていた筈の彼女は、ナミーァを視界の端に入れるや立ち止まり、それは優雅な仕草で
「これはナミーァさん、ごきげんよう。お変わりのなきご様子で、何より」
会釈して去っていく。
「な、何あれ」
少なくとも普段ナミーァが識るキノマレンはあんな堂々と私の前に立たないし、自分から声をかけてくるなどしない。しかも、
「ナミーァ((さん))って何よ。見下し?」
席持ちは序列を便宜的なものとして、格の上下を付け合わないということで伝統的に互いに((様))呼びをしてきたのでは無かったか?唯一それから外れて許されるのはー
「大聖女にでも、なったおつもり?」
××××
「皆様も、今日はご苦労様でした。当番の方以外はしっかり身体を休めてくださいね。それではまた明日」
本部に戻ってすぐに浴室で汗を流し平時服に着替えさせて貰った後、侍女や警護の用人たちが私室から出ていくのを見送り、後ろ手でドアに鍵をかける。まだ入浴の余韻で上気した肌にはうっすらと汗が滲む。いや、上気しているのは湯のせいだけではない。ここ数日の彼女は、自らの働きに迷いが消えて過去一番自信に満ち溢れている。
ーそれもこれも、
「今日も一日ありがとうございました大聖女様。貴女様のご助力によりまして私は高みに至れます」
降ろされた頭髪に結えられていた白金の髪束を一つ一つ、ゆっくりと外していく。規定通りならば髪束は全部で八つ。そこへさらに一つ・二つ・三つ・四つ。合計十二の束を鏡台の卓上に置き、それを撫でながら恍惚とするキノマレン。それは、明らかに規定に外れた行為〜いや、恍惚とすることの方ではなく、多量の髪束を結える行為が、である。しかも、どうやら余分の髪束は、何か色味が通常のものとは違って見える。
「貴女様に、本当にお会いできましたことで、私は自らのなすべきことを初めて理解出来たのでございます」
キノマレンは、変わった。一年以上続いたお務めでの不振は過去のもの、特に土鎮めの儀では席次制を採用してからの歴代聖女最高の奇跡を発揮し続けて諸外国からの引き合いも過去最大数に到達したし、ここしばらくは侍女用人たちからの評判も凄ぶる良い。
ー彼女を変えたのは、一体何か、
深夜の教団本部の裏手、旧神殿跡につながる廊下を一人、衣擦れの音のみを立てながら歩むキノマレン。今夜は新月、明かりもない廊下は漆黒の闇であるが明かりも持たず迷いもなく進む。その手には大きな裁ち鋏が握られ不自然極まりないが、あろうことか私室を出るところから今の今まで十五分ばかり、全く誰にも見咎められることなく歩いている。
やがて、一つの小さな小屋〜扉が一つあるだけの地下への入り口を保護する施設〜にたどり着くと、鍵を外し、中に入っていく。
地下に安置してあるのは一つの棺。地下室は霊廟だったのだ。ここまでの道のりとは打って変わって廟内は光に溢れ、棺の至る所に施された彫刻はより陰影を強め浮き上がって見える。キノマレンは棺に近づくと、あろうことかその蓋に手をかけ、ずらし中を覗き込む。
ーそこに収められているのはー
「大聖女様ごきげんよう。一昨日罷り越しましたばかりのところ、辛抱たまらずまたお目汚しいたしますこと、お赦しくださいませ。今の私は貴女様にお逢いすることこそ無上の幸せ」
大聖女・ティーリオの聖遺骸だ。百七十年前に没した彼女の遺骸は霊的処理をされ、まるで生きているかのような姿で誰にも知らされず保存されていた。キノマレンは近頃何らかの成り行きでここの存在にたどり着いてからは頻繁にここを訪れて、
「本日も、御髪をひと房、頂戴しとうございます」
そう言って持参した裁ち鋏を遺体の頭髪に、差し入れた。先ほどの質の違う髪束の正体は、『本物の、聖遺髪』だったのだ。
ー当然・これは重大なる禁忌行為であるー
やらかすキノマレン。




