16:三年後・狼狽える者たち
「それで、どういうことになっているのかな?枢機卿」
居並ぶ幹部たちを前に、教団総会頭の老人は尋ねる。それは幹部たちにとって直近最も触れられたくない話題の筆頭であった。
「…トルトに派遣した聖女二名がわが教団を離れ、あろうことか現地の聖女と結託し、聖女を生業とする起業を行い帰参しないという事案でございますな」
枢機卿が、わざとらしく事件を説明口調で語る。幹部たちは露骨に動揺し、整列が乱れる。
「神聖なる聖女職で金儲けを目論むなど、教団で指導を受けたものとしてあってはならない卑しい所業でありますし、それも座席持ちが二名同時というのはまさに前代未聞」
「そもそも離脱というが、決まり事として本人らが希望したとて、手続きを経ねば叶うことがあるまいが?なんとなれば破門として、一切の公的活動を出来なくすることも出来るのだぞ?」
幹部たちは吐きそうな顔色になっている。
「それが、確認しましたところ、所定の手続きの全てが整えられておりまして、内規的に何を咎めることも出来ない状態にありまして」
「なに?」
「それを知らぬまま危うく破門状を用意しつつあり、こちらが笑いものになりかねない有様でした」
「ぬ…」
「また、事務方の、教団内部で相当深い事情に通じた用人からも何人か辞職・移籍していることも判明し、これらによって現在業務に多大な支障をきたしております」
確かに、居並ぶ幹部たちにははっきり憔悴が伺える。何人かの立ち位置に抜けがあるのは、ここに参集しているどころではない者がいるのだろう。
「黒幕は、あの女狐か…」
「はい。あの聖女誑しが、全て何ヶ月か、いや何年かかけて進めていたとしか考えられません」
「許せぬ…教団を、古の大聖女をコケにし泥を塗るものに平穏など無いこと、思い知らさねばならぬ。このわしの余生の全てを費やしてでも」
幹部たちに、怪しい感動が湧き上がる。そうだ、小娘共に舐められてはいけないのだ。
「それで今、座席の序列はどうなっているのか」
「はい。第二席と次席が健在で、抜けたのは三席・八席に止まりますので順次繰上げでもよろしかったのですが、現在何人か結構な年増が混ざっていることでもあり、この際大々的に『席取りの祭祀』を開催して世間の関心と教団・聖女の求心力を煽ろうという案が上がってきております」
「ふむ、良いな。聖女はあまねくみずみずしく、清廉であるのが良い」
「げに。では直ちに詳細の詰めと、外部への宣伝を進めてまいります」
「「「げに。げに。」」」
××××
「あり得ない」
第二席聖女の私室は荒れ果てている。それを片付け、整頓する役割の侍女・用人は姿を見せない。何せこの半年で目まぐるしく辞職による交代を繰り返して申し送りもままならないし、直近配置された用人もなんだかんだ理由をつけてもう三日出仕していない。しかし原因は全て第二席のキノマレン自身にあった。
『『テマ…私のテマ、どうして私を置いていったの?教えてくれてたら、何があっても着いて行くのに』』
「ひっ!?」
廊下を歩いていた第四席侍女は突然頭に入り込んできた声に怯んだ。それは声を通り越して耳鳴りが止まらず、押していたワゴンを支えにかろうじて踏みとどまっている。
『『『第二席だの、聖女だの、こんなもの、どうだっていいのに!』』』
「ひ、ひぁ…」
二度目はさらに脳を揺さぶられる衝撃を受けて痙攣した侍女は、ついにワゴンごと横転する。これが、『伝心』権能の負の側面である。一般に知られる伝心権能は「思考を相手に直接伝え、意思共有を大きく手助けする」もので、悪用すると洗脳効果があるかもくらいの使い所が難しい能力。という認識であるが、思考をコントロールできない者が使用すると思考がダダ漏れ状態になったり、今のように相手の脳にダメージを与え行動不能にすらできる、実は魔族側によく発現する権能であった。そして残念なことにキノマレンはそのことを識らない。
「?」
ワゴンと人一人倒れた物音に思考を中断したキノマレンは、何事かと扉を開け、廊下にワゴンごと散らばった茶道具と用人の姿を見つけ、慌てて駆け寄る。
「いかがしました?しっかりなさって!」
騒ぎを聞きつけて他の部屋や詰所から人が集まり始める。その中には倒れた侍女の主人で第四席・クラデも居て、誰より先に気つけと快癒をかけていく。
「キノ様、最初に駆けつけてくださってありがとうございます。ここからは私が様子を見ますので、周りの皆様も、それぞれ持ち場にお戻りになって」
とその場を落ち着かせる。キノマレン的にはこれ以上何をすることも出来ず廊下に立ち尽くしていたが、それは不自然な姿だと思い直し、自室に引き上げた。
自室で落ち着いてみると、なんという部屋の惨状なのか。せっかく『あの人』の趣味に合わせて整えてもらった室内と調度品が、書架からは大小の本が床に崩れ落ち、花瓶の水は替えられず異臭を放ち花は枯れ落ちている。照明は切れた電球の交換がされず、壁紙も何箇所か破れ、寝台も永らく整えられた様子がない。聖女装束も整えられているものは後何着と無く、思い返して見れば最近のお務めはどうやっていたのだったか。
キノマレンは、ここにきて一気に不安に苛まれた。一体自分はどうしてしまったのか?これは一体いつ頃からこうなのか?元から強い人間で無いことは解っていた。それをずっと、弱いところをずっと、◯◯に、援けてもらっていたから〜
◯◯? ◯◯って誰だっけ?
私は…何をしに、こんなところに居る…?
大きな鏡台を支える机の引き出しを開けて中の豪奢な化粧箱を開く。そこには美しく白金色に輝く三十センチほどに切り揃えて幾つかの房に束ねられた頭髪が収められている。大聖女の遺髪と言われるこれは、席次に応じて房を増やしつつ与えられて、お務めの際に自らの頭髪に編み込んで使う。つまるところ大聖女にあやかって力を借りよう・外部に対して我々は正統である。と示すための形骸に過ぎないのだが…
「そうだ。私は…ティーリオにならなくちゃいけないんだ」
「ティーリオの、願いを果たさなくちゃ、いけないんだ」
彼女の掌握権能は、壊れつつある。




