12:聖女会襲来・前夜
「床、ツヤツヤ。窓、桟のホコリまで除去。ドアノブ、磨き上げた。照明…は切れてない電球を応接室に集中。カーテンも同じく状態の良いものを応接室に集め、柄が揃わないのは見ないこととする。椅子は形と数が揃わないので着座するのは三名だけにする。お茶はジデさんから提供してもらった高いやつで」
フィリアド聖女会の一団がトルト旧市街に入り宿泊し、翌日にもここに来るのは決定的になった夕刻、果たして『ルールーの事務所』はこれに備えての大掃除に明け暮れていた。元が廃墟なので今さら建物自体をどうこうというのは出来ないが、動画映像や大量に写真が撮られてしまう可能性を考えると最低限の見栄は張りたい。だって高位魔族なのだもの{言えないが}。
「くっ…魔郷であればこんな情けないやりくりしなくていいものを…まして大姐様の住まいなのに」
魔王副官であるモリンはこの辺り口惜しくて朝からずっとぼやいている。
「今さら」
「いいえ、ギリギリまで粘ります。まだまだやれることがあるはず」
ルールーは日頃のままで良いというが、これは譲れない。
「まぁ、思うようにやらせとくしかないですよぉ。今んとこあたしらにまで手伝えって言ってこないだけマシですしぃ」
レレはすごく久しぶりにガムを堪能している。今晩は贅沢にも二枚目も噛んでしまおうかななどと考えて包み紙に手を伸ばした時にー
来訪者ありのベルが鳴った。
××××
「〜というわけで、明日フィリアド聖女会の使節団の皆さんが現地の聖女活動ぶりを視察したいということで、わかりやすく事務所を構えてらっしゃる皆さんの所に訪問することが決まりまして」
いや、{決まりまして}ってなんだよ。聞かされてねえよ。
「聖女会として歴史的な行事でもありますので、後々広報素材にもするため一部始終を動画撮影することになりまして」
いや、{なりまして}じゃねえよ。同意してねえよ。
「つきましては撮影機材の設置とか絵面の向上とかの観点から、屋内を改装させていただきたいと思います」
え?{思います}って何、怖。マスコミってこんな勝手に話進めてくるような奴らなのか?
「さすがにそれは一方的すぎるのではありませんか?そもそも私たちは取材以前に、聖女会の訪問自体承諾した覚えはありませんし」
決めた。全部断ろう。
「当然急な話で皆さんの側に準備が無いのは教団側も百も承知でして。つきましては費用と資材は教団持ちで全て賄わせていただき、撮影終了後は持ち込んだ調度品などそのままご使用いただくか、売却などしていただいて構わない。と」
変わったな、風向きが。どうやら教団にはかなりデキる奴がいるらしい。人類のくせに生意気な。だがその心がけやヨシ。
「委細承知いたしました。ですが初見の屋内で一晩で改装など出来ますか?
「あ、その辺りはここの建物の創建時の設計図を入手してありまして、既に大枠で組んであるセットを持ち込み設置するだけになっております。
え、怖。じゃあセキュリティーとかゴミ状態だったんじゃん。そんなのあったんなら。レレとモリンに戦慄が走った。
映像放送局との詳細な詰めの結果、応接間での事前面談は開始前の記念撮影的なものに留めてマスコミは退出し、面談終了後に別室広間で決定事項のやり取りの再現シーンを動画撮影することになり、天気さえ良ければ屋外で共同スピーチする様子も撮影したいということになった。まあこれだけの聖女が居て「天気さえ良ければ」というのは失礼な寝言だが、まあ飲み込んでおこう。
××××
「眠れませんか?なら、私もそうなので、少し話し相手になってくださいませんか?」
面談の地から一キロほど離れた教団の宿のバルコニーに出てみたニナッタは、下の階のバルコニーに姉の姿を見かけ、声をかけた。高位聖女であるニナッタとハァリカは最上階の貴賓室に入るが、いち教団中堅幹部に過ぎないテマイラは中級の部屋に居る。明日にも教団から離反しようという晩になってもそのあたりのディテールを崩さないのは、謀反をするものとしては正しいが、姉妹としては少し寂しい。後々教団から離れても二人の距離感が劇的に変わる保証はないのだ。
「そうですね。柄にもなく、緊張しているようです。まだ何年も先だと思っていたことが、明日にも叶い、動き出すかもしれないと考えてしまうと」
案外に姉は正直に心の内を話してくれる。掌握の権能で他人の真意を理解できるとはいえ、実際に言葉にしてくれるのは常人よりも嬉しく感じるように思う。特に姉に対しては権能が及ばないことがよくあるので、全てが噛み合って聞こえてくる今晩のような刻は宝物のようだ。そして、
「明日、出会う奇跡の聖女様は」
そうであることに既に疑念はない。完全に全て、理解してしまった。
「姉様にとってのー」
××××
「よろしいのでしょうか…こんな…」
「よろしいのです。…これで…」
宿の最上階に貴賓室は四室あって、二人の聖女は両端の部屋に入っている。プライバシーの観点もあるが、万一の襲撃や火災などの事故があった際に全滅するのを防ぐ意図の方が強い。これは最後の人魔衝突があった数十年後に頻発した人類同士の諍いの結果、行われるようになった工夫である。それはそれとして、ハァリカは今宵、その恩恵を最大限活用しようと考えている。同じく緊張の面持ちで向かい合っているニーベに、
「わ、私、はっ、当然、ながら、は、じめてですっ、ので、その」
何か話さなければと考えるほどに言葉が滑らかに出てこない。室内は灯りを全て落とし、外の月は満月前夜の明るさを寝台の手前まで届けている。窓は厳重に閉ざした。侍女も全員遠ざけた。なんら心配は、無いはずだ。だが、生まれて初めて、というか物心ついて初めて同年代の男性の前で一糸まとわぬ姿で寝台の上で座り向かい合い、これからすることを考えると、いや、考えるどころではない緊張感で頭が弾けそうになってもう半刻。
「よろ、しくおね、がいしま」
「す」
唇は、優しくぎこちなく、塞がれた。
大人の時間は続かない。




