10:アンザリ姉妹
姐様 とかではなく、本当の姉妹。
「四日後に、ゾレント国に向かうことになったから。私とニナと、リカさんもね」
ニナッタとハァリカの居るテーブルにつくや否や、テマイラはそう切り出した。
「四日後…それは急ですね。そんなに重大な何かが起きているのですか?」
務めて平静にニナッタは問い返す。ハァリカは全く頭が整理できていない。
「ニナはまだ耳にしてないかな?『トルトの奇跡』と囁かれてる噂話を」
「ああ、いえ耳にしております。人類史上最悪の魔素汚染が一夜にして解除されて、以降毎年豊作の農地に変貌したとか」
「そう。そして私たちにはその奇跡を実見して、それを成し遂げた聖女を勧誘する使命を与えられた」
「ふぇ!?私もですか」
そこまで聞いて、ようやく話についていけたハァリカが頓狂な声を上げた。
「そう。もしこの奇跡が本当なのだとしたら対象の聖女は途轍もない能力の持ち主。生半可な聖女を連れていっては失礼にあたるからね」
「いえ、いえ!それは、それこそお連れするべきは第二席様とか、そういうことではないんですか!?」
「なんでそこで第二席が?」
「え?」
「え?」
何かが決定的に編み合わなかった。
××××
「姉様、とても楽しそう。もしかして、いよいよ大願が近づいているのですか?」
人払いをして二人きりになった第三席の私室で、改めてニナッタは実の姉に問いかける。テマイラはそれに答えることはしなかったが、ニナッタは「そう」だと確信した。
旧姓アンザリ ニナッタ。大商家に生まれた三姉妹の三女で四歳の時に早くも聖女の資質を発現し、長女のテマイラが世話をみる条件で六歳にて教団入りを果たした。固有の能力は土鎮めと掌握。教団入りして以降に獲得したのは快癒だがこの中では『掌握』が飛び抜けて強く、いわゆる(一を聞いて十を識る)ことに特化することから依頼のニュアンスのブレに的確に対応出来、顧客満足度の高さが群を抜くので、今日の第三席に昇格している。
「ならば、二度とこちらへは戻らない覚悟と支度が必要。ということですね」
物騒な響きの発言をしながらも、どこか楽しそうで、
「いざそうなると、今日までの聖女ごっこが案外短く感じます」
「貴女には余計な負担を強いて来ました。本当に感謝しています。それでもこれは私が『あらゆる生涯をかけても、果たさなければならないこと』なのです」
「わかっています。姉様の目論みを叶えることは、私にとっても叶えたい正義ですから」
思えば、四歳の誕生日に姉様の考えていることがわかってしまって以来、茶髪巻毛の少女は自分の人生のありようを姉様のそれと重ねて過ごしてきた。{本当なら、聖女の資質を最も濃厚に秘めるのは姉様の方であるはずなのに、常軌を逸した力でそれを抑え込んでいる}姉様の真の願いを叶えるために、私の人生はあるのだろう。それは案外、嫌なことではなかった。たとえそれが姉様の権能か何かで誘導されているのだとしても。
「それにしても、同道させる聖女が第二席様ではなかったというのは少し驚きです。リカ様の能力に疑念はないですが、第二席様はあれほど姉様を好いていらっしゃるのに」
少し素直な疑問をぶつけてみる。
「近頃意識して距離を置かれているのですか?そのせいか色々バレない程度の失態を第二席様は重ねておられるよう推察していますが」
「だからこそ、アレは連れていかない。というか、いざの時アレの権能は少し…いや、かなり邪魔にすらなるからね」
聞いてニナッタはああ、と理解してしまった。確かに『あの』権能は邪魔になる。なるほど愛情とは何か全てを解決するような、万能なものかと思ってもいたが、これは新たな知見を得た。と、ニナッタの掌握権能が伝えてくる。
「ニナッタもここに別れが惜しい者がいるなら、出立までにそれとなく会ってくるといい。もしも次に戻ってくる時には全員が敵になっているかもしれないから」
全てに自信に満ち溢れた姉様とも思えない、憂いの表情を初めて見せられて驚いたニナッタだったが、
「問題ないのです。私は大嫌いなので。ここに居る人たちと仕組み全てが」
満面の笑みで答えた。
××××
「ということで、急遽旅に出ることになってしまいました。先だって戻って来たばかりで一週間の非番に入ってるところを呼び出して、ごめんなさい」
ハァリカは自室前の侍従詰所で、専属警護用人のニーベに詫びを入れていた。
「出立したら、しばらくあなたとは会えないから、少しでも時間を一緒にしたくて…」
「私は連れて行ってはいただけないのですか?」
黙って話を聞いていたニーペが思いあまったように口を開いた。
「非番というのはあくまで通常のシフトにある時のものでしょう。貴女様が急遽の出立をされるということなのでありましたらば、当然私も急遽の帯同するべきものです」
「でも…それは」
「貴女が聖女の地位にあるかぎり、私の命と体は貴女のためにあるものです。もし置いていかれたらば、私の生涯の悔いになることでありましょう」
「うん…ありがとう」
そう言って頬を赤らめたのを見られたくなくてニーベから目を逸らしてしまったハァリカは、詰所の隅に大量に積まれた美麗な梱包の箱や花束の数々に気がついた。差し込まれている送り主のカードには幾つか見覚えがあって、日頃から「「貴女の十六歳の誕生日以降、聖女職に飽きたり、年季が明けたとされました際には、我が下に輿入れされますよう要望いたします。正妻の地位を開けておりますので」」などという文を送りつけて来ている中年貴族たちからのものであり、何度か直接応対した時のねぶりつけるような視線と握手しての手汗の感触まで思い出し、怖気が走ってくる。
聖女の序列は年単位で流動的で、前に現役が低年齢化しがちなのには理由がある〜と言ったのは、その原因の大半を占める引退がまさにこの、『有力者や王族・宗教関係者への嫁入りへの、教団による斡旋』によるものであり、既に婚姻可能な年齢に入ったハァリカにとってある意味実家が持ってくる婚姻話よりもタチが悪いと言えた。
「いえ、これは…得体の知れないゴミが溜まっていたので、焼却処分に回そうとしていたもので…」
しまったという顔でニーベが口から出まかせを言う。せっかくハァリカの目に届かないようにして来たのに、戻ってきてすぐに休みを取らされたので後回しにしてしまっていたのが祟ってー
「うん、ありがとう。わかってる。…それで、これは私からの、一生のお願いであるのだけど…」
ここにも一つの、大きな決断があった。




