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ワンダバラボの研究日誌 ~大阪空想科学大学 徳島極限環境実験キャンパス 時空構造境界工学研究室~  作者: 五平


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第2話:扉サイズ規格問題と最初の木工旋盤

徹夜の観測を終えた翌朝、徳島の空は雲ひとつない秋晴れだった。


しかし、第3境界実験棟の地下二階には、初夏の鮮烈な日差しが幅八百五十ミリの開口部から注ぎ込み続けていた。徳島の朝と、向こう側の昼。二つの異なる光源がコンクリートの床の上で奇妙な陰影を作り出している。


「先生、阿南のコメリとコーナン、どっちにします? 単管パイプの在庫ならバイパス沿いの方が確実っぽいですけど」


パイプ椅子で仮眠を取っていた佐伯が、寝癖のついた頭を掻きながら立ち上がった。手には大学の管理課から借りてきた古い軽トラックのキーが握られている。助手席のドアが歪んでいて、力任せに閉めないと半ドアの警告灯が消えない代物だ。


「両方回れ。観測機器を設置するための足場材だ。二間物の単管パイプを最低でも二十本、クランプは自在と直交を箱ごと、垂木止めクランプも要る。あと、床板にするコンパネと、ツーバイフォーの六フィート材を積めるだけ積んでこい」


蓮見は昨夜から一睡もしていないはずだが、充血した目で設計図面代わりのスケッチブックにサインペンを走らせていた。


「向こう側の地盤は表層が腐植土、その下が赤色粘土層だ。ドローンを地表に降ろしただけで水平が狂った。まずは扉の向こうに、機器を安定して置ける強固な木製デッキと計測フレームを組む」


「了解です。三橋さん、伝票と軍手持ちました? 出発しますよ」


「待って、今行く。研究室の公費カードの限度額、足りるかな……」


三橋が財布と大学の用度伝票をポーチに押し込み、佐伯の後に続いて実験室を出ていった。


二人が軽トラで国道五十五号線を南下し、ホームセンターをハシゴして資材を荷台いっぱいに積み込んで戻ってきたのは、昼を大きく回った午後二時過ぎだった。


そして、本当の地獄はそこから始まった。


「……重い。無理。腕がちぎれる」


実験棟の搬入口前で、三橋がアスファルトの上にへたり込んだ。


軽トラの荷台には、四メートルの単管パイプがぎっしりと積まれている。一本あたりの重量は約十キロ。二十本で二百キロ。それに加えて厚さ十二ミリのコンパネが十枚、ツーバイフォー材の束、金具の詰まった段ボール箱。


「三橋さん、へばるの早すぎですって。まだ荷台から下ろしただけですよ。ここから地下二階まで運ばなきゃならないんですから!」


佐伯が肩に単管パイプを二本担ぎ上げ、青筋を立てて叫んだ。


実験棟には一応、荷物用のエレベーターがある。しかし、それは昭和四十年代に作られた油圧式の旧型で、カゴの奥行きが二メートルに満たない。四メートルの単管パイプなど到底入るはずもなく、階段の踊り場を斜めに旋回させながら、手作業で地下二階まで降ろすしかなかった。


「よいしょ……っ、佐伯君、角! 壁にぶつけないで! コンクリート削れる!」


「わかってます! あーもう、なんで研究室にフォークリフトがないんだよ徳島キャンパス!」


「あるわけないでしょ! 早く下ろして、腕が限界!」


埃まみれの階段を何往復も登り降りし、ようやく地下二階の実験室前にすべての資材を運び終えた頃には、二人の作業着は汗と錆と泥で完全に色が変わっていた。呼吸は荒く、膝は笑い、佐伯の手のひらには豆が潰れた跡が赤く滲んでいた。


だが、最後の関門が待っていた。


カプセル室の、あの「扉」である。


「……通らない」


佐伯が虚ろな声で呟いた。


幅八百五十ミリ、高さ二千ミリ。人間が通るには十分なサイズだが、四メートルの単管パイプを水平に押し出そうとすると、手前の実験室に並ぶ計器ラックや液体窒素の配管に引っかかり、まっすぐ扉に進入させることができない。


パイプを斜めに傾け、天井の配線トレイを避け、ミリ単位で角度を調整しながら、ようやく一本を向こう側の草原へと突き出す。それを扉の向こうに回った人間が引っ張り、手前の人間が送り出す。


一本通すだけで、五分以上の格闘を要した。


「……先生」


二十本目のパイプを泥の上に放り出した佐伯が、草原の草の上に大の字に倒れ込みながら呻いた。


「これ、頭おかしくなりますよ。僕たち、何をやってるんですか……?」


蓮見は作業台の脇で腕を組み、冷え切った缶コーヒーを握りしめたまま、その様子をじっと見つめていた。


「向こうを見てみろ、佐伯」


蓮見が指差した先――幅八百五十ミリの枠組みの向こうには、どこまでも広がる原生林が見えていた。幹の太さが優に一メートルを超える巨木が、整然と、無尽蔵に立ち並んでいる。


「向こうには、構造材に使えそうな木が、山ひとつ分どころか地平線の彼方まで生い茂っている」


「……はい」


「なのにわれわれは、日本のホームセンターへ軽トラを走らせ、大学の細い研究費を削って規格品の木材とパイプを買い、狭い階段を手作業で降ろし、幅八百五十ミリの隙間に汗だくになって一本ずつねじ込んでいる」


蓮見は首を横に振り、自嘲気味に吐き捨てた。


「滑稽だな。兵站の完全な敗北だ」


「先生が買ってこいって言ったんじゃないですか!」


三橋が床に座り込んだまま抗議の声を上げた。


「買ってみて初めて、この扉の物理的ボトルネックが骨身に染みたということだ。この開口部寸法――幅八百五十ミリ、高さ二千ミリは、われわれにとって絶対的な物理定数だ。これを越える部材は、地球側からは二度と持ち込めない」


蓮見は開口部の敷居を靴底でコツコツと叩いた。


「方針を変更する。向こう側で使う構造材、足場、作業台、シェルターの骨組みは、すべて向こうの木材を現地調達して加工する。地球から持ち込むのは、加工するための『道具』と『規格』だけだ」


「現地調達……って、先生、伐採するんですか?」


佐伯が起き上がった。


「そうだ。三橋、材料研の資材置き場へ行け。あそこの屋外試験場を整備するために買ったきり、放置されている大型のエンジンチェーンソーがあるはずだ。混合ガソリンの携行缶と一緒に借りてこい。『未知木材試料の切断試験に使う』と伝えておけ。竹田には俺から後で連絡を入れておく」


「わかりました、すぐ行ってきます」


三橋が立ち上がり、埃を払いながら地上へと小走りで向かった。


三十分後、実験室の床には、ずっしりと重いスチール社製の大型チェーンソーと、予備のソーチェーン、目立て用の丸ヤスリ、そして十リッターの携行缶が並べられた。


「よし、佐伯。保護メガネと防振手袋を着けろ。倒木処理の経験はあるか?」


「実家が長野の山奥なんで、薪割りくらいなら手伝わされてましたけど……」


「なら基礎は分かるな。向こうの境界から十五メートル地点にある、幹回り三十センチほどの直立した木を狙う。倒す方向を決め、受け口と追い口を正確に切れ。絶対に扉の側に倒すなよ、電線とテザーケーブルが千切れる」


蓮見と佐伯が、工具箱を抱えて扉の向こうへと足を踏み出そうとした。


佐伯が、泥だらけになった安全スニーカーで敷居を跨ぎ、向こう側の赤土に足を下ろそうとした、その瞬間だった。


「――待て!」


背後から、雷のような怒声が飛んだ。


蓮見の声だった。普段の冷徹なトーンとは違う、鼓膜が痛むほど鋭く切迫した叫びだった。


佐伯は足を宙に浮かせたまま、凍りついたように静止した。


「せ、先生……? なんですか急に……」


「足を戻せ。そのまま動くな」


蓮見は佐伯の肩を掴み、乱暴に地下室側へと引き戻した。そして自らも一歩後退し、床に置かれたドローンの着陸脚を、目を細めて凝視した。


「……昨夜、ドローンを回収した時、誰が触った?」


「え? あ、僕ですけど……定点観測が終わったあと、テザーケーブルを手で手繰り寄せて、脚を持って作業台の上に置きました」


「その手袋はどこへやった?」


「えっと……そこらへんにポイッと……」


「三橋、昨夜のドローンのログを開け。大気データではなく、粒子状物質のカウントログだ」


蓮見のただならぬ気迫に呑まれ、三橋は慌ててモニターに向かった。


「り、粒子カウント……? ええと、光学式ダストカウンターの数値……あ、境界を越えた直後から、微粒子数が地球側の十倍以上に跳ね上がってます。粒径分布から見ると、花粉や胞子サイズの粒子も大量に含まれています。ただし正体は未確認です」


「見ろ」


蓮見はドローンの着陸脚を指差した。


アルミフレームのスキッドの隙間に、昨夜の露を吸った黒い湿った土と、未知の植物の繊維が、乾燥してこびりついていた。


「われわれは昨日、この泥を無防備に手で触り、その手でこの実験室のドアノブを触り、階段の手すりを触って地上へ上がった。そして今、佐伯は土足の安全靴で向こうの土を踏み、そのまま日本のホームセンターで買ってきた泥を向こうへ擦り付けようとした」


蓮見の言葉に、佐伯の顔から血の気が引いていった。


「あ……」


「われわれが相手にしているのは、既知の地球環境ではない。未知の大陸、あるいは未知の惑星、異世界だ。培養も顕微鏡観察もしていない。向こうの土壌にどんな菌や胞子、寄生性生物がいるか、われわれは何一つ分かっていないんだ。逆に、地球側のインフルエンザウイルスや、日本の雑草の種、シロアリを向こうへ持ち込んだらどうなる?」


「生態系が……汚染される……」


「双方向のコンタミネーションだ。もし向こうの未知の胞子がキャンパスの通風孔を通って地上へ漏れ出し、阿南の農家にカビの大被害を出してみろ。あるいは、向こうの土壌細菌で誰かが原因不明の急性感染症を発症してみろ。この研究室は即座にバイオセーフティ違反で閉鎖、われわれ全員が隔離病棟送りだ」


蓮見は自分の額を手のひらで乱暴に叩いた。


「不覚だった。大気組成が地球と同じだったことで、無意識に警戒を緩めていた。物理屋の悪癖だ……目に見える電圧や圧力ばかり気にして、目に見えない生物学的リスクを後回しにしていた」


「先生、じゃあ……向こうへ行くのは中止ですか?」


三橋がおそるおそる尋ねた。


「中止するわけがないだろう。対策を打つんだ。入退出のプロトコルを今すぐ確立する」


「でも、クリーンベンチや本格的なエアシャワーなんて、新品で買ったら数百万円しますよ! 研究室の今年度の残予算、軽トラの資材代でもう十万円切ってます!」


「新品を買う馬鹿がどこにいる」


蓮見は即座に踵を返した。


「キャンパスの第2倉庫へ行くぞ。佐伯、台車を押してこい」


二十分後、三人は第2倉庫の薄暗いホコリの海の中にいた。


ここは、キャンパス内で使われなくなった什器や、廃棄待ちの実験機材が山積みになっている墓場のような場所だ。その奥、カビ臭いブルーシートを剥がすと、蓮見の狙い通りの山が現れた。


「……うわぁ、懐かしい」


佐伯が声を漏らした。


そこに積み上げられていたのは、数年前のパンデミック期に、大学が一括購入して全講義室や事務窓口に配備したものの、流行の収束とともに不要となって引き取られてきたアクリル製の透明パーティションの山だった。その脇には、事務棟の受付で使われていた厚手のビニールカーテンのロール、足踏み式のアルコール消毒スタンド、非接触式の検温器、そして講義室の換気対策として導入されたきり忘れ去られていた小型のシロッコファンとダクトホースが、埃を被って転がっていた。


「環境省のガイドラインでも、不要になったパーティションや衛生機材は保管だけでなくリユースや再資源化が推奨されている。管財課には『実験棟の粉塵隔離用ブースの部材として再活用する』と伝票を書いておけ。文句は出ん」


蓮見はアクリル板の束を躊躇なく台車に載せ始めた。


「佐伯、ビニールカーテンを全部積め。三橋、消毒スタンドとアルコールボトルの在庫をあるだけ確保しろ。あと、余っている単管パイプの端材も全部持っていくぞ」


実験室に戻った三人は、猛烈な勢いで「手作りの衛生前室」の設営を開始した。


カプセル室の防火扉の手前、幅三メートル、奥行き二メートルの空間を、単管パイプで組んだ骨組みで四角く囲い込む。その外側に、倉庫から回収してきた透明ビニールカーテンを何重にも巻き付け、工業用ダクトテープで隙間なく目張りした。


カーテンの合わせ目にはファスナーを取り付け、内部を外気から遮断する。


床にはブルーシートを敷き詰め、その上に『土足厳禁』のトラテープを貼った。


「よし、これで簡易的なエアロックの原型ができた」


蓮見は息を弾ませながら、完成したビニール張りの小部屋を見渡した。


「運用ルールを定める。ここを『準備区画』とする。向こう側へ入る者は、まず手前で靴を脱ぎ、実験室専用の白長靴に履き替える。不織布の防護キャップで髪を覆い、防塵マスクと保護メガネ、ゴム手袋を着用しろ。入室前には足踏みスタンドで手指をアルコール消毒すること」


「向こうから戻る時はどうします?」


「逆の手順を踏む。扉を閉めた後、この前室の中で靴底の泥を完全にブラシで落とし、次亜塩素酸ナトリウムの希釈液を染み込ませたウエスで長靴を拭き上げる。着ていたヤッケと手袋は前室内の密閉ペール缶に脱ぎ捨て、紫外線殺菌灯を当てる。……完璧とは言えんが、靴底の土や大型の胞子を地下室に持ち込ませないための一次障壁にはなる」


「……なんか、急に本格的なバイオ実験室っぽくなってきましたね」


佐伯が白長靴に足を通し、不織布のキャップを被りながら言った。


「本格的ではない。単なる手作りの応急処置だ。だが、この一手間を惜しむ奴は研究者失格だ。佐伯、チェーンソーの準備をしろ。伐採を再開する」


簡易前室をくぐり、防火扉を開けて、二人は再び向こう側の世界へと足を踏み出した。


今度は、二人とも白長靴とヤッケ、防塵マスクに身を包んでいる。


乾いた草原の風が、ヤッケのナイロン生地をバタバタと揺らした。


蓮見がチェーンソーのスターターロープを勢いよく引く。


ブォォォンッ! という二ストロークエンジンのけたたましい咆哮が、静まり返っていた異世界の森に轟いた。青白い排気ガスが、未知の草原の空気の中へと吸い込まれていく。


対象としたのは、境界から十メートルほどの位置に生えていた、高さ八メートルほどの直立した広葉樹だ。樹皮は白く、一見すると地球のシラカバに似ているが、葉の形状が肉厚で、かすかに柑橘類のような爽やかな芳香を放っている。


「佐伯、周囲を警戒しろ。倒すぞ!」


蓮見がガイドバーを幹の根元に当て、スロットルを握り込んだ。


目立てされたソーチェーンが高速で回転し、白い木肌へと食い込んでいく。けたたましい切削音とともに、きめ細かい白い木屑が豪快に吹き飛んだ。


受け口を作り、反対側から追い口を入れる。


パキパキ……と内部の繊維が裂ける不気味な軋み音が響いた。


「倒れるぞ! 退避!」


蓮見がチェーンソーを止め、後ろへ飛び退いた。


メキメキメキッ! という轟音とともに、白い巨木がゆっくりと傾き、草原の赤土の上に地響きを立てて横倒しになった。バサササッ、と驚いた小鳥のような影が、遠くの森の梢から一斉に飛び立っていく。


「……すげぇ、本当に倒した」


佐伯が感嘆の声を上げた。


「呆けてないで枝を払え。現地で粗加工まで済ませるぞ」


蓮見は丸太をそのまま運ぼうとはしなかった。


「この丸太をそのまま地下室に持ち込むな。重すぎるし、樹皮にどんな虫や菌がついているか分からん。現地でチェーンソーを使って、作業台の脚にする部材を粗木取りする」


蓮見は手際よくガイドバーを走らせ、幹から長さ八百ミリ前後、断面百二十ミリ角ほどの角材状のブロックを四本切り出した。さらに天板用の厚板を数枚、木挽きのように挽き割っていく。


切り出した部材の表面の泥と木屑をワイヤーブラシで丁寧に擦り落とし、前室へ運び込む。


前室内で外皮を消毒用アルコールを含ませたウエスで念入りに清拭し、厚手の養生ビニールで厳重にパッキングした上で、実験室の片隅に設けた「木材加工区画」へと引き入れた。


「完全な滅菌には程遠いが、泥や外皮の持ち込みを制限する応急処置としてはこれが限界だ。加工はこの区画内だけで行い、削り屑はすべて回収して密閉廃棄するぞ」


「了解です! 先生、旋盤持ってきました!」


佐伯が共用棟から運び込んできたのは、卓上型の小型木工旋盤だった。ベッド長が一メートル弱、チャックの最大振りも百五十ミリ程度のコンパクトな機械だが、長さ八百ミリ、太さ百ミリ程度の部材を咥えさせるには十分なサイズだ。


チャックに角材状の粗削り材を芯出しして固定する。


スイッチを入れると、モーターが唸りを上げて木材が回転を始めた。


蓮見が保護メガネの奥の目を鋭く光らせ、平バイトを慎重に当てる。


シュルシュルシュル……と、均一な厚みのリボン状の削り屑が宙を舞い散った。


「佐伯、脚の円柱加工が終わったら、端部に直径五十ミリ、長さ六十ミリの丸ホゾ(雄側)を挽き出せ。旋盤の役目はそこまでだ」


「わかりました! 天板と貫(ぬき)のホゾ穴(雌側)はどうします?」


「ルーターとノミで手彫りする。穴加工まで旋盤でできると思うな」


実験室の中が、焼きたてのパンとハーブが混ざり合ったような、未知の木材特有の濃密な香りで満たされていく。


「……先生、比重測定の結果が出ました」


三橋が分析データをプリントアウトして持ってきた。


「気乾比重、零点六八。日本のブナやナラに極めて近い数値です。含水率は約四十パーセントとやや高めですね」


「一次評価としてはかなり有望だな。乾燥後の収縮率と曲げ強度は追加試験が必要だが、仮設の作業台や機器フレームの骨組みとして使う分には十分な剛性が出そうだ」


蓮見はバイトを止め、回転の止まった木材の表面をノギスで測った。


見事な円柱形に成形され、端部には正確な段付きホゾが削り出されている。美しい淡黄色の木目が蛍光灯の光を柔らかく反射していた。


三人は夜遅くまで作業を続けた。


天板用の厚板を電気カンナで均し、ドリルとルーターで正確なホゾ穴を彫り込み、旋盤で削り出した四本の脚を組み込んでいく。


日付が変わる前、ついに一台の無骨な作業台が完成した。


幅一千八百ミリ、奥行き九百ミリ、高さ八百ミリ。


四本の太い円柱脚がしっかりと床を捉え、天板には厚さ五十ミリの未知の木材が隙間なく組み合わされている。大の大人が三人上に乗っても、キシリとも言わない圧倒的な剛性だった。


「……できた」


佐伯が油と木屑にまみれた手で額の汗を拭い、作業台の天板をバンバンと叩いた。


「これ、全部向こうの木ですよ! ボルトも釘もほとんど使ってないのに、ビクともしない!」


「ああ。これでようやく、向こう側に観測機器を置くための強固な足場ができた」


蓮見は完成した作業台を見つめ、満足げに頷いた。


しかし、その視線が、作業台からカプセル室の防火扉へと移った瞬間、蓮見の表情がピキリと凍りついた。


「……佐伯」


「はい?」


「この作業台の寸法を言ってみろ」


「え? 幅一千八百ミリ、奥行き九百ミリ、高さ八百ミリですけど……」


「そして、あの扉の有効開口寸法は?」


「幅八百五十ミリ……あ」


佐伯の口から、間抜けな声が漏れた。


「……入らない」


「斜めにすれば通るかと思ったが、手前に組んだ前室のビニールカーテンの奥行きが足りん。脚を組んだままでは、前室の中で旋回させるスペースがない」


「せ、先生……! あんなに苦労してホゾ組みしたのに、またバラすんですか!?」


「バラすのではない。『最初から分割して搬入し、向こう側で組み立てられるモジュール構造』に設計し直すんだ」


蓮見は作業台の天板をペン先で叩き、平然と言い放った。


「いい教訓になったな。幅八百五十ミリという制約は、単に『通るか通らないか』ではない。搬入動線、前室の旋回半径、そして組み立て工程のすべてを規定する絶対的な設計限界だ。……おい佐伯、ノコギリを持て。ノックダウン用の金物継ぎ手に設計変更するぞ」


「うわあああ! もう深夜一時ですよ先生えええ!」


佐伯の悲鳴が、静まり返った地下の実験棟に木霊した。


その実験室の片隅、単管パイプとビニールカーテンで組まれた手作りの簡易衛生前室の中では、回収されたドローンの着陸脚から採取された土壌サンプルが、共用棟から借りてきた古い培養器の中で、静かに青白いパイロットランプを点滅させていた。


徳島の山あいの夜は深く、彼らの戦いは、まだ始まったばかりだった。


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