半年ぶりの客
正体不明の肉を適当にかっこみ、千里はこの興ざめな店を後にした。
街を吹き抜ける風に当たりながら、千里は舌打ちする。
――肉と毒薬を売り物にする要塞のくせに、酒がないだと?
――『紡命巣都』の支配力も相当エグいな、こんな反人類的な禁酒令を徹底させるなんてよ。
――しかも連中の反応を見る限り、プラカードを掲げて抗議する奴すらいやしない。
「まったく、お先真っ暗だぜ」
六つ羽鳥の道案内を頼りに、千里はようやく目的地へとたどり着いた。それは一軒の服屋だった。
――酒の席でフラれたのなら、ファッションで取り返してやろう。
――見た目でマウント取られるような魔境なら、せめて外見だけは一丁前に取り繕っておかないと。
店へ足を踏み入れる。
――数百枚の金片を奮発して手に入れたロングコートに、俺のトレードマークになりそうな三角帽子。
――身に纏った途端、我ながらオーラが爆上がりしてやがるぜ。
勢いよく振り返り、鏡の中にいるミステリアスで、いかにも只者ではない自分の姿を見つめ、千里は自惚れに満ちた笑みを浮かべた。
「いい投資だったぜ。このオーラなら、ただ息をしてるだけでも、どこかの都市を滅ぼす計画を練っているように見えるぞ」
「あと、なんと言っても最高なのがこれだ!」千里が頭を左右に振ると、帽子は髪の毛にしっかりと吸い付いたまま微動だにしない。
「このくっつく力、魔法かよ。科学技術に万歳だぜ!本当に気が利いてやがる。
もう間抜け面して、片手で帽子を押さえながら走らなくて済むんだからな」
千里は暗い顔で服屋を出た。
――見た目は完璧にキマったが、代償はデカかった。残金、わずか九十八枚。
――こんなハシタ金じゃ、武器屋に行っても、サビたポンコツ一本握らされて追い出される気がするんだが。
「はぁ」とため息をつき、気鬱な顔で上を向いた。
すると意外なことに、あれほど頭上を埋め尽くしていた六つ羽鳥の群れが、いつの間にか一羽ぽつんと残るのみとなっていた。
――あんなにいた鳥が、もう一羽しか残ってねえ?飽きて飛んでったか? 当然だろうな。
――男の長ったらしい服選びなんて、鳥だって待ちくたびれて眠くもなるだろう。
千里は短く口笛を鳴らし、残された鳥に向かって手を振る。
「オラ、もう見るな。そんなに暇なら案内しろ。……なるべく俺の財布に優しい武器屋にな」
▽▽▽
六つ羽鳥の案内で要塞の深部へ足を踏み入れると、周りはどんどん寂れていき、代わりに低く響き続ける打撃音が徐々に近づいてきた。
千里は思わず肩をすくめ、愚痴をこぼす。
「真昼間から発狂したみたいに物を叩きまくってるのはどこのどいつだ? 少しは音量考えろっての。
こんな人気のない寂れた場所に、どんな店があるんだよ。
おい化け鳥、お前まさか俺を誰もいない場所に誘導して、おやつとして美味しくいただく気じゃないだろうな?」
やがて六つ羽鳥が降り立ったのは、黒煙を絶え間なく噴き出している小屋だった。掲げられた『凱旗の鉄と火』という看板が、打撃音と共振して震えている。
千里は顔を引きつらせた。
「うおっ、耳が! そりゃこんな外れに店を構えるわけだ。隣に住人がいたら、とっくに包丁持って殺し合いに発展してる騒ぎだぞ」
開け放たれた扉を通り抜け、中を覗き込んだ。
炉の傍らには、一対の角を生やした若い男がおり、顔が煤と汗にまみれていた。
その角の男が振り下ろす槌の一撃は異常なほど重く、弾けるような轟音が耳を劈き、千里はたまらず両耳を塞いだ。
「ぐあっ!耳がァァッ!」
――どうなってんだ!? 軽くひねれば折れそうな痩せギスな奴なのに、この忌々しい騒音は全部こいつの仕業なのか?
――なんでこんな凄まじい力が出せるんだ!
ついてきた六つ羽鳥も驚いて、そのまま千里の頭上に墜落してきた。
打撃音が途切れた。
ガラン。
鍛冶屋は槌を放り出し、顔の煤を無造作に拭うと、血走った両眼を海辺千里の纏う上等な装いへと向けた。
次の瞬間、鍛冶屋は神経質そうな笑い声を上げ、両手を大きく広げた。
「おお! 待ちわびたぞ! 紡命巣都に栄光あれ、金に祝福あれ!」
あまりに唐突な狂喜乱舞に、財布の軽い千里はすっかり気圧され、誤魔化すように一つ咳払いをした。
「あー、刃物が一本欲しい。だが今日は急いで出たもんでな、予算はざっと百枚ってところだ。適当に見繕ってくれ」
「急いで出た? 予算が百?」先ほどの熱狂ぶりから一転、鍛冶屋の声には深い疲労感が滲んでいた。
「金片なんて一万枚重ねたところで爪一枚分の厚さだ。
全財産を身につけてない奴がどこにいる。てめえ、金がないだけだろうが」
千里は無言で帽子のつばを下げ、暗い影で慌てた顔を隠した。
すると鍛冶屋は、千里の頭上の六つ羽鳥を恨めしげに睨みつけ、指を突きつけて不満を爆発させた。
「この恩知らずの『伝鳥』め!
俺の最後の飯を盗み食いしやがって! 火箸で挟み上げて、品のいい客を連れて来いって誓わせたのに! この状況は何の嫌がらせだ!
こちとら半年も品物が一つも売れなくて、明日には身ぐるみ剥がされる寸前なんだぞ!」
伝鳥は羽で頭を抱え、ついに我慢の限界に達したのか、奇妙な鳴き声を残して飛び去っていった。
鍛冶屋は語れば語るほど悲哀に暮れ、力なく金床に寄りかかった。
「俺の打った品、どれ一つとして八百、九百を下るものはないってのによ。
なのに、包丁しか扱えねえような唐変木どもには、この価値が微塵もわからねえんだ。
おまけにあの阿呆鳥まで俺をコケにしやがって……」
情緒不安定な鍛冶屋を前にして、千里はごくりと唾を呑み込んだ。
――八百、九百だァ!? あのクソ鳥、武器を買いに連れてきたんじゃなくて、俺を借りのカタに差し出しにきやがったな!
――こいつこんなイカれた様子じゃ……これ以上ここにいたら、今度は俺が金床に押し付けられて材料代わりに叩かれかねん。
「……ふむ、どうやら話し合いの余地はねえみたいだな。そういうことなら、お前がこの工房を弔う最後の時間を邪魔するのも悪い。」
「じゃあ俺はこれで」千里は身を翻し、早足で店を出ようとする。
千里が片足を敷居の外へ踏み出した、まさにその時。
鍛冶屋が唐突に飛びかかってきて戸口に立ち塞がり、またしてもあの不自然な笑みを顔に貼り付けた。
「いやいや、兄弟! 量産品のガラクタを並べてるような店が、俺の腕と比べ物になるわけねえだろう!
せっかく来たんだ、これも何かの縁、伝鳥……いや、天目巡行の御意志だろうよ。
お前からは大物になる匂いがするぜ。どうだ、ツケ払いを許してやろうじゃねえか。
九百の極上品が、たった一割の頭金で持ち出せるんだぞ!」
千里は胡乱な目で男を瞥見し、慎重に鍛冶屋の脇をすり抜けようとした。
「いいか、角の兄弟。お前の飯の件は気の毒だとは思うがな、
だが、そういう高利貸しの手口なんざ、俺のいた故郷じゃもう見飽きたんだぜ」
鍛冶屋は重いため息をひとつこぼし、傍らに立てかけられた歩兵用軍刀に手を伸ばした。そして、低く沈んだ声で口を開く。
「そんな百枚のガラクタ刀じゃ、お前の命を縮めるだけだぞ」
千里は足を止め、半身を向けて片眉を吊り上げた。
「お前の言う極上品を買ったところで、今度は財布が干上がって餓死するんだから、
結局命を縮めることには変わりねえだろ? で、今度は何を言い出す気だ?」




