流星の正体
アメイを乗せて並走していた女性兵士は、やれやれといった様子でため息をついた。
「くだらない冗談よ。私たちがこの速度を保っているのは戦術的な判断。余計な心配は無用ね」
千里は呆れたように目を剥いてから安堵の息を吐き、脱力して男性兵士の背甲に額を預けた。
「はぁー……ありがとう、お姉さん。あんたは絶対あいつらに近づかないほうがいいぜ、悪さがうつるからな」
すると突然、千里の耳に弱々しい笑い声が届いた。
フフ……フフフ……
音のした方へ顔を向けると、ずっと一言も発していなかった触角の女の異変に気づいた。
その様子は明らかに正常の範疇を越え切っていた。
血走った瞳が痙攣するように震え、額にはびっしりと冷や汗が浮かんでいる。
彼女は頭を垂れたまま、禍々しい長弓をわななく手で握りしめ、空いた手でロベルトの鎧の端をきつく握り締めていた。
今にも精神が崩壊しそうな有様だった。
千里は心配そうに身を乗り出した。
「あいつ、どうしたんだ? かなりヤバい状態に見えるぞ……食堂の毒薬工房の空気を吸い込みすぎたのか?」
その時、不気味なうわ言が響き渡った。
「まだチャンスは……きっとまだチャンスはあるはず……」
千里はゾッと身震いした。
「おい! 声が……あの禍々しい長弓から、すげえ気味の悪い声が聞こえたぞ!」
「彼女が持っているのは『生命武器』よ」アメイは疲弊しきった様子で鞍に寄りかかった。
「あれは寿命が短くて、放っておけば枯渇して死んでしまう兵器……芽神の血で命を繋ぐしかない贅沢品なの。
中には曖昧な意識が残っていてね。起動するには、直接名前を呼んで刺激を与えないと『協力』してくれないのよ。
でも厄介なことに、起動した武器は狂気に満ちたうわ言を絶え間なく吐き出し続ける。持ち主まで、その発狂した感情に引きずり込んでしまうの。
端から聞いていればただ気味が悪いだけだけど、彼女にしてみれば、まさに身をもって体験しているような状態でしょうね。
でもその分、威力は桁違いよ! 推測するまでもないわね、さっき地竜を貫いたあの流星は、間違いなくその弓の仕業ね!」
触角の女は荒い息を数回吐き出し、眼底の充血を次第に引かせていった。彼女は青ざめた顔を上げ、アメイを見つめる。
「まさか、そこまで詳しいなんてね」
「生命武器は一つ一つ特性が全く異なる。この後すぐに発狂した地竜と正面からぶつかり合うんだから、
私の手札ははっきりさせておくべきね。この弓は、弦を張って引き絞る動作を自律的に行ってくれるから、
私が全力を振り絞る必要はまったくない。だけど、私の力とこいつの力を合わせれば、さっきみたいな破壊力を持った矢を放てる。
ただ、短時間に撃てるのはせいぜい二、三発が限度ね。私がもたないんじゃなくて、こいつの力が尽きるのよね」
千里は目を大きく見開き、信じられないといった様子でその弓を見つめた。
「武器が疲れるっていうのか?」
「ええ」触角の女は頷いた。
「こいつがストライキを始めたら、こっちでやり過ごすしかないね」
彼女は苦労して腕を上げ、鞍の横に引っ掛けられたごく普通の鉄弓を軽く叩いた。
千里は数秒黙り込み、禍々しい長弓と触角の女の間で視線を往復させた。
「なあ……一応確認させてくれ。そいつが『生命』で、疲れるし喋るってことは、つまり……」
「黙れ、それ以上言うな!」アメイが陰鬱な顔で遮る。
千里はそっぽを向きながらも、無理やり言葉を捻り出した。
「クソするのか?」
アメイは顔を両手で覆い、深く頭を抱え込んだ。
女性兵士はとっさに激しく咳き込み、突発性の難聴にでもなって何も聞こえなかったふりを装う。
男性兵士は酷く不自然な動作で顔を横に向け、まるでこの陰気な森の景色が突然重要になったかのように見つめ始めた。
「なんて素晴らしい景色なんだ」
ロベルトは口を動かしたが、結局は言葉を飲み込んだ。
千里は片方の眉を上げ、その一部始終をじっと観察していた。
――へっ、この兵士ども、俺を止めようとしなかったってことは、本当は心の底で答えが気になってたってことじゃねえか?
触角の女は手元の長弓を見下ろし、不意にプッと吹き出した。
その笑い声はもはや収拾がつかなくなり、千里が眉をひそめるほど長く続いた。
――この話題、そんなに面白いか? なんでいつまでも笑ってられるんだよ。
ひとしきり笑った後、彼女はようやく目尻の涙を拭って口を開いた。
「こいつは消化や排泄はしないよ、そういう器官がないから」
千里は頷き、何か考えるように顎を撫でた。
「ああ、そりゃよかった。出かけるたびに弓のクソ拾いをさせられるなんて、悲惨すぎるからな」
触角の女は再びプッと吹き出した。
騎獣が小走りで進む中、触角の女はさらにしばらく笑い続け、やがて徐々に息を整えた。
アメイは頭を抱え、絶望に暮れていた。
「あんたのせいで、僕の隊の品格と格調も地に落ちたわよ!」
千里は気にも留めない様子で言い返した。
「こちとら危機管理をしてるんだ。万が一、肝心な時にこいつが急にクソを漏らして、誰かが踏んですっ転んだらどうすんだよ?」
触角の女は大爆笑し、肩を震わせた。
アメイは冷や汗を流しながら彼女を凝視した。
「この人、一体どうしちゃったのよ! もしかして呪いのせいなの!?」
ロベルトは気の抜けたあくびを一つした。
「違う違う、こいつは生まれつき笑い上戸で、ツボが異常に浅いだけさ。
ノリがいいもんだから、俺みたいな真面目な人間まで冗談好きになっちまった。
俺はもう、こいつの笑い声を環境音として聞き流すことに慣れっこだけどな」
触角の女は虚脱したように腹を押さえ、どうにか呼吸を整えた。
「ごめんなさい、あまりにも面白くて……どうしても堪えきれなかったよ」
「そうだ」ロベルトは二人の方を向いた。
「正式に自己紹介しておこう。俺はロベルト。
自分で言うのもなんだが、かなり穏やかな性格の持ち主だ。誰かに牛肉を横取りされた時を除けばな」
触角の女も笑みを浮かべて名乗った。
「私は菊江。頭の触角で周りの状況を探れるんだ。
笑い始めるとちょっと止まらなくなっちゃうけど、肝心な時、私は絶対しくじるような真似はしない」
「んっ……」アメイは背筋を正した。
「僕はアメイ。さっきの戦術的な牽制、ルート誘導、それに最後の爆薬の判断も、基本的には全部僕が号令をかけていたのよ。
こいつは僕の副手。品格はないけど、まあ仕事はそれなりにこなすわね」
千里はその場でくるりと首を向け、アメイを見て瞬きをした。
「号令をかけていた? 俺が思い出す限り、あんたの言う号令って……
まさか『うわああ助けて!』とか『もう死ぬうう!』みたいな単語のことじゃないよな?」
アメイは怒りであからさまに全身を震わせ、引きつった笑いでどうにか取り繕った。
「ふふふ……あんたって人は……またそうやって。後でどんな事後報復を受けるか、せいぜい気をつけておくことね!」
千里はアメイの態度を見て、居心地が悪そうに頭を掻いた。
「いやいや、冗談に決まってるだろ。アメイの爆薬を使う判断は飛び抜けて優秀だったぜ!
でなきゃ、俺たちは今頃とっくに死体になってるからな」
プッ、と再び菊江の口から笑い声が吹き出し、またしても笑いが止まらなくなってしまった。
千里は首をすくめた。
「あー、その、つまり俺が言いたいのは……俺の名前は海辺千里だ。千里と呼んでくれ。
さっきは危うく黄泉路を散歩するところだったからな」
「……待てよ。君、前に俺と話した時、『黄泉海路』って名乗ってなかったか?」




