マヌケな方向転換
地竜の咆哮とともに、大地を揺るがすような突進音が背後から猛スピードで迫ってくる。
石塔を通り過ぎようとしたその瞬間、千里は体ごとアメイにぶつかり、塔の裏側へ転がり込んだ。
その直後、荒れ狂う爆風がすぐ傍らで炸裂する。地竜の尋常ではない推進力が、石塔の端を大きく砕き散らしたのだ。
アメイは土埃で咳き込みながら這い上がる。
「あいつ、引っかかってる! 今のうちに動くわよ!」
アメイは地竜を一瞥するなり、地面の千里を引っ張り起こして再び走り出した。
「石に頭ぶつけて、俺たちのこと忘れてくんねえかな……」千里は疲労困憊でこぼした。
「あんな執念深い畜生が、忘れるわけないでしょ」アメイは歯を食いしばった。
だが走る途中、千里が前を見ずに背後の地竜ばかりを気にしていたせいで、彼を引いていたアメイまで足をもつれさせ、危うく転びそうになった。
「何よ!あんた……もしかして血を流しすぎてついに限界なの? ここで死ぬ気……?」アメイは泣きじゃくりそうな声で、絶望の表情を浮かべた。
対する千里は、ただ力強く彼女の手首を握り返しただけだった。
「なぁ、気づいたか?」
アメイは絶望に染まった顔を天に向ける。
「来年の今日が、僕の命日になるってことしか分かんないわよ……」
「そっちじゃねえ!」千里は顎をしゃくって地竜を指し示した。
「あいつを見ろ、すげえマヌケな方向転換をしてやがるぜ」
アメイは呆気に取られ、千里の視線に釣られて振り返った。
地竜はまだあの石塔のところでモタモタと向きを修正していた。その巨大な躯体を揺らし、ずいぶんと時間をかけてから、ようやく塔を回り込んだのだ。
「大体十四……いや、十六秒か?」千里は笑い声を漏らした。
「あいつ、方向転換がクソ遅えんだぜ!」
千里はそのまま、呆然としているアメイをぐいっと引っ張った。
「また突っ込んでくるぞ。いいか、地竜がへばりついてるこの石塔に沿って動くんだ。
常に奴の対角をキープすれば、俺たちにはぶつからねえぜ!」
アメイは瞬時に理解し、強く頷く。
「……わかった、あいつと円を描いて回るのよ、行くわよ!」
二人は石塔の湾曲に沿って全力で駆け抜けていった。
塔の向こう側から巨大な激突音が響いたが、塔を隔てた地竜がそのまま突っ込んでくることはなかった。
アメイが目をやると、地竜はまたしてもあの鈍くさい旋回を繰り返し、ゆっくりと回り込もうとしていた。
「最高、大成功よ! あいつ、本当に頭が悪いんだから!」
アメイは歓喜のあまり千里の手をきつく握り、そのまま先へ進もうとした。
「うぐっ……」千里は転びそうになり、慌てて左手でアメイを引っぱり留めた。
「俺の腕をもぎ取る気かよ! この手が通用するならずっとこれでいくぞ。
あいつが回り込んできたら、また反対側に移動するんだ!」
だが次の瞬間、地竜は狂乱の咆哮を上げ、石塔に向かって激突した。
二人の間に立ち塞がっていた塔が、一撃で粉砕される。
千里は絶望に顔を引きつらせ、大きく目を見開いた。
「終わったな。どうやらあいつ、俺たちが用意したルートがお気に召さなかったらしいぜ!」
「早く別の手を考えないと、ペシャンコにされるわよ!」アメイはパニックに陥り叫んだ。
飛び散る瓦礫の中、地竜は折れた塔を踏み台にし、後脚で猛然と大地を蹴り上げた。その巨大な体躯が、そのまま宙へと跳ね上がる。
千里は青ざめ、目尻を激しく痙攣させた。
「土に潜れるくせに空まで飛べるなんて、どういう理屈だよ! 早く逃げろッ!」
「嫌あああっ! もう影が被さってるわよ!」アメイは恐怖のあまり絶叫した。
二人は死に物狂いで駆け出した。だが、地竜が彼らの目の前に落下し、凄まじい轟音とともに大地が激しく揺れ動いた。
二人は同時に足を止めた。
アメイは絶望し、目を閉じた。
――目の前にあるのは、一瞬にして出来上がった絶望的な構図だ……
――前方は地竜に完全に塞がれて、逃げ道なんてどこにもない。
――あいつが少しでも動けば、僕たちはあっという間に挽肉になっちゃう。
アメイはわずかに首を巡らせ、背後を見た。
――そして後ろには、すべての退路を断つ塔のガレキの山……
「これで最後……」アメイはポーチの中のダイナマイトを握りしめたが、恐怖で指の震えが止まらなかった。
アメイは深く息を吸い込み、最後の爆薬を取り出した。指先を弾くと、導火線に火が点く。
「いいこと……」アメイはふっと苦笑した。
あれほど顔を歪ませていた恐怖は、すでに決死の覚悟へとすり替わっている。
「三つ数えたら、別々の方向へ逃げるのよ。生き延びた方が賞金を独り占めする。いいわね……?」
「……分かった」千里はやり切れないような視線をアメイへ向けた。
アメイは堪えきれずにまた涙をこぼし、力いっぱい首を横に振った。
「ううん……もし僕が死んで、もし転生があるなら、今回の惨劇を勝利に変えるんだ。いいわね……!」
千里は一瞬呆気に取られ、やがて喉の奥でふっと低く笑った。
「お前ってやつは……死に際のセリフがずいぶんと詩的だな」
吐き気を催すほどの強烈な生臭い風を巻き起こし、地竜が大地を震わせる足取りで、ついに眼の前にまで迫り来る!
アメイは渾身の力で爆薬を放り投げた。
「三! 早く走ってええっ!!」
その爆薬は地竜の頭部で正確に炸裂し、火光と黒煙が猛然と巻き上がった。
地竜は怒りに満ちた低い咆哮を上げた。感知を潰されたことで、奴は再び暴走し始めた。
尻尾や前爪を手当たり次第に地面へ打ちつけ、周囲一帯に壊滅的な震動を発生させる。
千里は無理やり足を動かし、駆け出した。
視界がふっと暗転し、世界がぐらぐらと揺れ始める。
「早く……早く行け……!」
千里は決死の思いで踏ん張ったが、数歩進んだだけでいきなり血を吐き、一瞬にして体勢を崩し、激しい揺れに足元をすくわれて地面に叩きつけられる。
――体がまったく言うこと聞かねえ……死ぬわけにはいかないんだ、まだここでくたばりたくない……!
地竜の発狂を示すその凄まじい地震が止み、あの鈍い低周波の震動が再び響き始めるまで、千里はどうしても立ち上がることができなかった。
――なんて情けねえ姿だ……せめて押し潰される時くらい、あまり無様な悲鳴を上げないといいんだが……
――はぁ……まあ、少しはアメイが逃げるための時間を稼げただろう……
どんよりとした土埃がようやく晴れた時、千里の目に飛び込んできたのは、前方の地面に倒れ込み、こちらを振り返っているアメイの姿だった。
覚悟を決めていたはずの彼女の瞳は焦点を失い、再びボロボロと涙が溢れ出している。
「えっ……てめぇ……なんでここにいるのよ!」
千里は口を開いたが、声は出なかった。ただ、涙だけが伝い落ちる。
地竜の喉の奥で鳴る低周波の震動が、さらに激しさを増していった。




