自ら作る時機
「急所には当たってねえぞ!どっちかっていうと、いきなり頭を引っ叩かれて一瞬ボーッとしてるだけじゃねえか!」
「当たり前でしょ!」アメイはギリッと歯を食いしばり、千里の腕を引いて駆け出した。
「僕が城攻め用の爆薬でも持ち歩いてると思ったの!? あんなの、アイツを『イラつかせる』くらいしかできないわよ!」
だがほんの数秒で、地竜は我に返り、手がつけられないほど暴れ狂い始めた。
尻尾を振り回し、前爪を叩きつけ、巨体を転げ回らせる。もはや特定の獲物を狙っているわけではない。周囲の地面すべてを敵と見なして暴れ回っているのだ。
その無茶苦茶な破壊行動が凄まじい地震となって波及する。震動が土砂を何度も波打たせ、耐えきれなくなった木々が次々と根元から薙ぎ倒されていく。
二人の体はその揺れで宙に浮き上がり、足元をすくわれ、体勢を崩して無様に地面へ転がった。
「クソッ!」千里は素早く地面から這い上がり、咄嗟にアメイの右手を引っ掴んで走り続けた。
「なんだこのイカれた揺れは! 大波に真正面からぶち当たった時の甲板かよ!」
アメイは泥を吐き出し、涙と泥だらけの顔で悲鳴を上げた。
「うぇっ、ゲホッ! 早く逃げるわよぉぉっ!」
無我夢中で駆ける二人の背後から、不意に、鈍く響く低周波の震動が伝わってくる。
足元から伝わる痺れに、千里は驚愕して問い詰めた。
「おいアメイ! 足元のこの嫌な感覚はなんだ!? さらにヤバいモンが来る前兆じゃねえだろうな!」
しかし、その震動音を聞いて、アメイの顔に喜色が走った。
「地竜が地面の音を探り直してる! さっきの頭への爆破、無意味じゃなかったのよ。奴の感知が確実に一時的にぶっ壊れたのよ!」
「それに、今の僕にはまだ……!」アメイは興奮気味に、手元の小さな鞄へと手を突っ込んだ。
だが、その探っていた手が硬直した。顔が絶望に染まり、新たな涙がどっと溢れ出す。
「あと、二本しかない……」
言い終わるや否や、背後からすべてをすり潰すような地竜の狂暴な突進音が響き渡った。
千里は青ざめ、怒声を発した。
「二本でも何でもいいから! 黄泉への道連れ花火にでも取っとけ、とにかく今は逃げろってんだよ!」
死に物狂いで逃げる中、アメイは右手の木陰に石造りの輪郭を捉えた。
「右よ! 千里、あの石の廃墟に駆け込むわよ! 早く!」
アメイは腕を伸ばして千里の腕を掴むと、そのまま陰惨な遺跡の中へと真っ先に飛び込んでいった。
巨大な石柱がぽっきりと折れて無造作に転がり、崩れ落ちた分厚い壁が複雑に重なり合って、入り組んだ狭い通路を作り出している。
千里はその薄暗い入り口を見つめ、ごくりと唾を飲み込んだ。
「こんなボロボロの廃墟に潜り込むって、本気かよ? このガレキの山、いつ頭上から崩れ落ちてきてもおかしくないぜ」
アメイからの返事がないことに気づき、千里は顔を向けて彼女を見た。
「アメイ……?」
千里の目には、頭を抱え込んで、まるで魔が差したようにうわ言を繰り返すアメイの異常な姿が映っていた。
「無事に抜けられる。無事に抜けられる。無事に抜けられる」
千里がアメイを引っ張ろうとしたその時、背後に迫る地竜の動きが目に入った。
何か言おうと口を開きかけた瞬間、アメイが乱暴な手つきで千里の背中を押してきた。
「つべこべ言う暇はないわよ!生きたければ、さっさとこの石の隙間に入って!」
背中を押されてバランスを崩した千里は、突き出た石の角で腕を擦りむき、明らかな焦りを顔に浮かべた。
「ちょっ、押すな!隙間が狭すぎるし、上の石もすげえ揺れてる!これ以上押し込んだら潰れるぞ!」
アメイは背後からさらに彼を押し込んだ。
「崩れて埋まった方が、まだマシな死体で残れるわよ! とにかく急いで!」
千里は押されるがままに石の隙間を素早く通り抜け、外に出た途端に背後を振り返った。
「心臓に悪すぎるぜ、なんとか抜けられたけどよ。で、このボロ壁であのバケモンの突進を防ぎきれるのか?」
背後から地竜の凄まじい轟音が響き、それに伴って大地が揺れ動いた。
アメイは心臓をバクバクさせながら、なんとか揺れに耐えて足場を固め、何度も深く息を吸い込んだ。
「理屈から言えば、この石は土や樹木なんかよりよっぽど頑丈よ!
おまけにここは、デカい生物には最悪の地形なんだから。
あいつが手当たり次第にぶつかってきたところで、自分が痛い目を見るだけよ!」
「そいつを聞いて安心したぜ」千里の瞳は微かに震え、青ざめた顔に冷や汗をにじませたまま、擦りむいた腕を揉みながら前へ歩き出した。
「あいつが頭をぶち割って、痛い目を見て諦めてくれるといいんだがな。
あーあ、俺、もう二度と依頼なんて受けねえぞ。小銭稼ぐために命まで張るなんて冗談じゃねえ」
アメイは恐怖のあまりいまだに身体が微かに痙攣していた。彼女はへたり込みそうな脚を気力だけで動かしていた。
「フフッ……ハァ……そうね、本当にその通り。もし帰れたら、あの報酬であんたも半生は遊んで暮らせるわよ。
最高じゃない。怯えずに済む感覚なんて、僕には一生縁がないだろうからね……
実はね……僕だって、こんなのもうウンザリだったのよ」
千里は訳が分からないという顔で頭を掻いた。
「えっ……なんで急に感傷的になってんだ? 遺言みたいなこと言うなよな、背筋が凍るような嫌な予感がするぜ」
二人が前に十歩も進まないうちに、背後で凄まじい爆音が弾け飛んだ。
アメイが豪語していた頑丈な防壁は、地竜の頭突き一発で粉々に打ち砕かれた。
もうもうと舞い上がる粉塵の中、砕けた石の破片がまるで弾雨のように激しく降り注いでくる。
「危ねえッ!」千里は身を翻し、アメイのフードごと引っ掴んで自分の懐へと引きずり込んだ。
そのまま身を屈め、自身の背中を盾にして石の暴雨に立ち向かった。
破壊的な衝撃が背中に降り注ぐ。恐ろしい運動エネルギーを伴った石の礫は、千里の着ている服を引き裂くことこそなかったが、その重い衝撃だけで彼に血を吐かせた。
拳大の石が右肩に直撃する。鈍い骨の砕ける音が響き、あっという間に鮮血が服を濡らしていった。
アメイは血塗れになった彼の肩を見て、恐怖に顔をひきつらせた。
「千里、あんた……血が、すごい血が出てる!」
千里は大きく息を吸い込み、立ち上がった。
「かすり傷だ。立ち止まってる暇はねえ、今すぐズラかるぞ!」
だが、半歩踏み出したその時、死の影が完全に二人を覆い尽くした。凄まじい暴風を引き連れ、地竜が目の前まで突っ込んできたのだ!
迫り来る地竜を前に、千里は顔面を蒼白にし、思わず半歩後ずさった。
「近すぎる! 今から火をつけたんじゃ間に合わねえ! それに間違いなく俺らも巻き込まれるぞ!」
「ううん、時機は自分で作るものよ!」アメイは目に涙を浮かべながらもダイナマイトを取り出し、そのまま口へ運ぶと、歯で導火線を噛みちぎって一気に短くした。
特製グローブをはめた右手で導火線をつまみ、指の腹を強く擦り合わせて指を鳴らす。瞬間、指先から火花が弾け飛び、導火線に火をつけた。
アメイは流れるような素早い動作でダイナマイトを放り投げた。
直後、地竜の背後で大爆発が轟く。
――巻き込まれるのを避けるために、感知を崩すための爆撃は最初から諦めてた!
――あいつをビビらせて足を止められれば、それだけでも最善の結果よ!
「早く走れえっ!」アメイの悲鳴を合図に、二人は同時に駆け出し、前方にある朽ちた石塔へと向かって猛ダッシュした。
「石塔よ!早くあの塔の後ろに!」




