絨毯爆撃の跡地
「二千枚以上の金片……いや、芽神の血、か。アメイ、お前みたいなやつがこれほどの大金を俺に注ぎ込んでくれるなんてな。
こいつのおかげで、マジで黄泉から引き返せたぜ」
腕を見つめてぼーっとしている千里を見て、アメイは呆れ返って白目を剥いた。
「エモい話はいいわよ。ちゃんと現金で返してよね!」
彼女は頭を抱え、悔しげに額を叩いた。
「はぁ、ホントに後悔……これ、起死回生の万能薬なんだから!
霧の中の状況が絶望的で、普通の毒消しが全然効かなかったから、焦って金片を解毒剤代わりに口に放り込んじゃったの。
そしたら確かに一瞬で毒が抜けたのに、一息ついた数秒後にはまた幻覚の中に逆戻りするなんて、
誰が思う!?たった数秒のシラフのために、何千枚もの金片が消えちゃったのよ!」
アメイは膝から崩れ落ち、地面を何度も叩きつけた。
「あーもうヤダ、この森ほんとに嫌い!
あんなバケモンどもの情報が偏りすぎたせいで、僕が巨額の損害を被るハメになるなんて!」
「やめとけ、道を破壊したら罰金だぜ」千里は彼女の前に顔を出し、へらへらと笑いながら手を差し出した。
「いつも金、金ってうるさいお前だけどよ、躊躇なく仲間に血を分けてくれたあの偉大な姿、まさに隊長としての威厳を感じたぜ」
「こ、コホン、分かればよろしい」アメイはその手を握って立ち上がると、少し照れくさそうに鼻の頭をこすり、腰から地図を取り出して広げた。
「でも、あんな状況で幻彩狼を全滅させるなんてね。でかしたぞ、千里」
「当然だろ」千里は得意げに顎を上げ、前髪を軽くかき上げた。
「俺が少し本気を出せば、こんなもんさ」
「あそこを見て!」アメイは少し先にある地形を指さした。
「あそこが今回確認する最後のポイントよ……
切り札の芽神金片も使い切っちゃったし、正直僕も心細いけど……あそこさえ確認できれば、今回の苦労も報われるわよ」
アメイは胸に手のひらを当て、深呼吸をした。
「もうわずかな油断も許されないわよ……呼吸を整えて。千里、この最後の一歩、最高の状態で決めるわよ」
千里も深く息を吸い込み、決意を込めた眼差しを向けた。
「ああ、行こうぜ……金に賛美を!」
▽▽▽
道中、千里は歩きながらアメイをじろじろと観察した。
「アメイさ、考えれば考えるほどおかしいと思うんだよな」
アメイは地面の小さな裂け目をまたぎ越え、振り返って千里を一瞥した。
「ん? 何がおかしいのよ?」
千里は手のひらの少し緩んだ包帯を、歯でくわえて引っ張って直した。
「いやさ……お前、あんな高威力の爆弾矢を平気で取り出すし、解毒剤も山ほど用意してて、おまけに金片だって結構持ってたわけだろ。
どう見ても、宿の依頼エリアでたった数枚の金片のために人にすがりついてたヤツには見えないんだよな。
お前、本当に依頼の報酬に困ってるのか? まさか、全財産を爆薬につぎ込んじゃって、それで仕方なく……」
アメイは懐のポケットに手を差し込み、金片を撫でた。
「僕をそんなバカだと思わないでよね。お金をかけて武装するのは生き残るためで、生き残るのはお金を使うためよ。
命と金が多すぎて文句言う奴なんているわけないでしょ?」
だが数秒後、アメイの声は急に弱々しくなり、小さくため息をついた。
「……そうね、確かにお金に困ってるからじゃないの。ただ、なんというか……このまま要塞にいたら……みんな、死んじゃう気がして」
千里は眉を跳ね上げ、怪訝な顔をしながら冗談交じりに聞き返した。
「へえ、それじゃまるで歩く死神じゃねえか。
人を救うために自ら出てきたってか? お前にそんな崇高な心がけがあったとは驚きだぜ……
いや待てよ……じゃあ代わりに命を狙われるのは俺ってことにならねえか!?」
アメイは唇を噛み、落ち込んだ様子で顔を背けた。
千里の目尻が二度痙攣し、ゴクリと唾を呑み込む。
「おい、アメイ? 黙って下を向くってどういう意味だよ? まさか……俺の冗談がうますぎてよ、笑いこらえてるのか?」
ちょうどその時、カーブを抜けた二人の目の前に、無残に抉られた地面とへし折られた倒木が道を塞ぐように現れた。
二人は同時に足を止めた。
千里は元の面影もなくなった泥だらけの惨状を指さした。
「うわ、ここどうやって進むんだ? この先の道路整備はこれでいいのか? まるで絨毯爆撃でも受けたような有様だな」
アメイはゴクリと唾を飲み込んだ。
「違う、これは自然に壊れたものじゃない……何か巨大なものが、ついさっきここを蹂躙して行ったのよ」
千里は手の中の軍刀と、目の前の光景を交互に見比べ、思わず笑い声を漏らした。
「ってことは……こんな真似ができる巨大なバケモンがここにいるってか? この規模、この破壊力……
俺たちのちっぽけな体じゃ絶対受け止めきれねえぞ。そいつは……まだ近くにいるのか?」
アメイは胸元を押さえ、荒ぶる呼吸をなだめた。
「ここにはいないわよ。こんな巨大なバケモンなら、ちょっと動いただけで相当な音がするはずよ。
今はこんなに静かだし、姿を消す能力でもない限り、とっくに立ち去ってる……
聞いて、この情報だけでも十分すぎる収穫よ。報告にはこれで十分だから、早く戻りましょう!」
アメイはくるりと背を向け、足早に立ち去ろうとした。
千里は突然手を伸ばしてアメイを制止し、険しい顔つきを見せた。
「俺だって帰りたいが、まずはあっちを見てみろ。見ろよ、アメイ。あの茂みから……手が突き出てる」
アメイは一瞬固まり、千里の指さす方向へ、抉れた路面から傍らの茂みへと視線を移した。
確かに、生い茂る葉っぱの隙間から、泥だらけの腕がぐったりと垂れ下がっている。
その直後、風が吹き抜け、強烈な生臭さが顔を打った。
「おえっ……ひどい生臭さ……」アメイは口元を押さえ、青ざめた。
「千里、放っておいて!あの人はもう絶対助からないから、早く逃げるわよ!」
「ダメだ、万が一まだ息のあるツイてないヤツだったらどうする……」千里はそう口にしつつも、すでに冷や汗をにじませていた。
「一目だけでも、確認しねえと」
千里は慎重に近づき、行く手を阻む鬱蒼とした茂みをゆっくりと掻き分けた。
だが、枝葉を退けた瞬間、その腕は茂みの揺れに合わせて地面に転げ落ちた。
「うわっ!これ、切断された人間の腕だ!」千里はビクッとして大きく後退した。
続いて、茂みの奥の光景が完全に露わになり、千里は驚愕のあまり目を見開いた。
「どうしたの!」アメイが慌てて駆け寄ってきた。
「何叫んでるのよ?」
そのまま千里の視線の先へと目を向けた途端、二人は言葉を失った。
奥の森も同じように穴だらけに破壊されており、その不気味な泥穴や折れた木々の間には、バラバラになった手足や胴体が散乱し、大地を赤黒い血で染め上げていた。
アメイは身をかがめ、地面に落ちていた重装甲の破片を拾い上げた。
千里は露骨に嫌そうな顔をして鼻をつまむ。
「お前ホント……よく死人の物に触れるな。何か見つけたのか?」
アメイは冷や汗を流し、破片を握る手を小刻みに震わせていた。
「この装甲のデザイン……宿の依頼エリアで僕の加入を断ったあのパーティーのものよ……
まさか全滅するなんて……あの人たち、かなりのベテランだったのに」
千里はサッと手を伸ばし、アメイの肩を掴んだ。
「もういい、今すぐここを離れるぞ」
その直後、地面が微かに揺れた。
「地震?」千里は思わず声を漏らした。
アメイは慌てて二歩後ずさった。
「こんなにタイミングのいい地震なんてあるわけないでしょ……この地獄絵図を作り出したバケモンが、帰ってきたのよ」




