王宮の影と、来訪者
静寂は、長くは続かなかった。
王宮秘匿記録を閉じたあとも、部屋の空気はどこか歪んだままだった。
まるで“何か”が、まだこの場に残っているかのように。
「……まだ、見られてる気がする」
リシェリアが小さく呟く。
ユイトは答えなかった。
否定できなかったからだ。
本は閉じた。影も消えた。
だが、“認識された”という事実だけは消えない。
「殿下」
「なに?」
「この部屋、安全ではありません」
「最初からよ」
即答だった。
ユイトは少しだけため息をつく。
「問題は、“どこから見られているか”です」
視線は一方向ではない。
本の中だけではない。
もっと広い範囲――王宮そのものに広がっている可能性がある。
「……つまり?」
「王宮の中に、“あれ”と繋がっている何かがある」
リシェリアの表情が引き締まる。
「内部に、敵がいるってこと?」
「断定はできませんが、その可能性は高いです」
沈黙。
重い現実が、二人の間に落ちる。
その時だった。
――コン、コン。
扉がノックされた。
二人の視線が同時に向く。
この塔に来客はない。
少なくとも、自由に出入りできる者はいないはずだ。
「……誰?」
リシェリアの声がわずかに低くなる。
外から返事があった。
「王宮魔術師団です。定期検査に参りました」
ユイトの眉が動く。
タイミングが良すぎる。
「定期、ですか」
「ええ。月に一度の」
リシェリアが小さく呟く。
「……今日はその日じゃない」
空気が張り詰めた。
外の声は落ち着いている。
だが、その“落ち着き”が逆に不自然だった。
「どうする?」
リシェリアが小声で聞く。
ユイトは即答しなかった。
考える。
ここで拒否すれば、逆に不自然だ。
だが、開ければ――
「……開けてください」
「本気?」
「はい。ただし、私が前に出ます」
「危ないわよ」
「司書なので」
「それ便利ね」
リシェリアは小さく笑い、扉へ向かう。
そして、ゆっくりと扉を開いた。
そこに立っていたのは、一人の男だった。
黒いローブ。
整った身なり。
穏やかな表情。
王宮魔術師団の証である紋章が胸に刻まれている。
「失礼いたします、王女殿下」
丁寧な礼。
完璧な所作。
だが――
ユイトは違和感を覚えた。
“綺麗すぎる”。
人間らしい揺らぎが、まるでない。
「予定より早いわね」
リシェリアが言う。
男は微笑んだ。
「少々、気になる報告がありまして」
「報告?」
「はい。禁書庫の一部で、異常な魔力反応が確認されました」
ユイトの心臓が一瞬だけ強く打つ。
やはり、繋がっている。
「それで、私を?」
「念のための確認です。殿下の安全のために」
男の視線が、ユイトへ向く。
「……そちらの方は?」
静かな問い。
だが、その奥に“探る意図”が見える。
ユイトは一歩前に出た。
「図書院の司書です。殿下の命で同行しています」
「ほう」
男の目が、わずかに細くなる。
「灰色……珍しいですね」
「よく言われます」
短い応答。
余計な情報は出さない。
男はしばらくユイトを見つめたあと、ゆっくりと視線を外した。
「では、失礼して」
そう言って、部屋へ一歩踏み込む。
その瞬間。
ユイトの背筋に、冷たいものが走った。
――違う。
この男、“普通じゃない”。
「……殿下、下がってください」
「え?」
ユイトの声が低くなる。
男の足が止まる。
「どうされました?」
変わらぬ笑顔。
だが、その裏側に――
“あれ”と同じ気配。
ユイトは確信した。
この男は、“見ている側”だ。
「あなた……何者ですか」
部屋の空気が、凍りつく。
男は、ゆっくりと首を傾げた。
そして。
笑った。
今までで一番、“人間らしくない笑い方”で。
「気づいてしまいましたか」
その声は。
あの本の中で聞いた声と、同じだった。
リシェリアの表情が一気に変わる。
「ユイト……!」
「下がってください」
ユイトは一歩前に出る。
逃げるという選択肢は、もうなかった。
男は静かに手を上げた。
黒い何かが、その指先に集まる。
「観測対象、確認」
淡々とした声。
感情のない言葉。
「灰の司書……予想外の存在ですね」
空気が歪む。
魔力が、部屋を満たす。
ユイトは小さく息を吸った。
そして――
「……読めます」
「……何を?」
「あなたを」
一瞬の沈黙。
男の動きが止まる。
ユイトの灰色の魔力が、静かに揺れる。
それは戦う力ではない。
だが――
“理解する力”だった。
「あなたは、本と同じだ」
ユイトは言う。
確信を持って。
「なら、読み解けます」
男の目が、わずかに揺れた。
それは初めて見せる、“反応”だった。
リシェリアが息を呑む。
空気が張り詰める。
そして――
戦いが、始まろうとしていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
第4話ではついに、“見ている存在”が人の姿で現れました。
王宮内部に潜む異質な存在――
そしてユイトがそれを「読める」と言った意味。
ここから物語は一気に緊張感が増していきます。
第5話では
・初の本格的な対峙
・灰の力の実戦での使い方
・ユイトとリシェリアの連携
が描かれます。
物語が大きく動く重要な回になりますので、ぜひ続きも読んでいただけると嬉しいです!
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